【連載】ヒューマン・ライツ紀行(前田朗)

第1回 差別犯罪としてのウトロ放火事件――ヘイト・クライムを許さないために

前田朗

・ヘイト・クライムを許さない

こうした経過を辿る中、ウトロが注目を集め、インターネット上ではレイシストによるウトロ攻撃が続いた。08年頃からヘイト集団による差別街宣が始まり、これまで13回に渡ってヘイト集団が押し寄せ、朝鮮人に対する差別と排除を叫んできた。ウトロの隣には陸上自衛隊大久保駐屯地があるが、ヘイト集団は自衛隊に向けて「ウトロを銃撃してください」などと叫んだ。インターネット上にはその動画がアップされ、誹謗中傷の書き込みが続いた。

放火容疑で逮捕されたAは「日本人の注目を集めたくて火を付けた」という趣旨の供述をしているという。ウトロへの注目を集めようとしたという意味であれば、差別と排除の動機に基づいた放火であったと言える。まさにヘイト・クライムである。

ヘイト・クライムとは、1980年代に、アメリカにおける人種差別に基づく暴力犯罪を指して用いられるようになった言葉だが、今日では世界中で用いられている。人種・民族、皮膚の色、言語、性別、性的アイデンティティ、世系などに基づいて、集団に対する差別と排除を惹き起こし、自ら実践するために行われる犯罪である。単なる暴力犯罪ではなく、差別と排除のメッセージを発する暴力である。被害者集団に対して「ここはお前たちのいるべき場所ではない。出て行け」というメッセージを送ると同時に、社会の公衆に向けて「みんなで差別しよう。奴らを追い出せ」と呼びかける二重のメッセージ犯罪である。

ジャーナリストの中村一成はウトロ放火事件に象徴される差別と排外主義によるヘイト・クライムに着目して次のように述べる。

「この事件についても検察は、外形的な『非現住建造物放火』に籠城するのでなく、動機を徹底解明し、差別性が立証されたなら裁判所は『国際公約』を果たすべきだ。それを契機に裁量任せの刑事規制の在り方を見直す必要もある。当事者が多大な負担のかかる民事訴訟に訴えてようやく差別が認定される現状は、克服されるべき日本社会の課題である。」(中村一成「京都・ウトロ地区放火事件――問われる『ヘイト犯罪』への対応」『世界』953号、22年)。

ヘイト・クライムが起きた時にはカウンター・メッセージを発することが重要である。新型コロナ禍の下でアジア系住民に対するヘイト・クライムが起き、バイデン大統領が反ヘイトを訴えたように、欧米諸国では大統領や首相が反ヘイト声明を出してきた。松村淳子宇治市長は同事件について「何があっても許すべきでない」と述べたが(朝日新聞22年1月10日)、岸田首相は沈黙している。

差別とヘイトを許さないために、ヘイト・スピーチ解消法では不十分である。包括的な差別禁止法を制定し、ヘイト・クライムを刑事規制する必要がある。

*以上、原稿執筆:2022年2月28日

*NHKによるウトロ事件報道(2022年2月24日)に際して筆者もコメントを寄せた。
「宇治 ウトロ地区放火事件 背景に差別意識か “対策強化を”」

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前田朗 前田朗

(一社)独立言論フォーラム・理事。東京造形大学名誉教授、日本民主法律家協会理事、救援連絡センター運営委員。著書『メディアと市民』『旅する平和学』(以上彩流社)『軍隊のない国家』(日本評論社)非国民シリーズ『非国民がやってきた!』『国民を殺す国家』『パロディのパロディ――井上ひさし再入門』(以上耕文社)『ヘイト・スピーチ法研究要綱』『憲法9条再入門』(以上三一書房)『500冊の死刑』(インパクト出版会)等。

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