シリーズ日本の冤罪㉛ 飯塚事件:冤罪処刑疑惑が広まるもなお知られざる闇の奥

片岡健

・曖昧にされてきた鑑定資料の実態

飯塚事件のDNA型鑑定には、もう一つ隠れた問題がある。DNA型鑑定の対象となった鑑定資料がどのようなものかが曖昧にされ、ごまかされてきたという問題だ。

一連の報道では、それは「被害女児などに付着した血液」「現場で採取された血液」などと表現されてきたが、実際には次のようなものだった。

①下半身が裸にされた状態で峠道沿いの草むらに遺棄されていた被害女児二人の遺体の膣内容物。
②同・膣周辺の付着物。
③二人の遺体の周辺にあった木の枝に付着していた血痕様のもの。

筆者がなぜ、このことを指摘するかというと、飯塚事件について「冤罪ということにしたくない」と考える人たちが次のようなデマを広めているからだ。

「飯塚事件は足利事件とは異なり、DNA型鑑定だけで有罪・無罪が決まったわけではない。したがって、DNA型鑑定が覆ろうとも有罪認定は揺るがない」。

この言説がデマであることについては、飯塚事件のDNA型鑑定で対象とされた鑑定資料が①②③のようなものだと示せば、それだけで説明が足りるだろう。

一般論としては、犯罪捜査で行なわれるDNA型鑑定では、事件現場や被害者の遺体から採取された鑑定資料と容疑者のDNA型が一致したとしても、必ずしも有罪の証拠になるわけではない。容疑者が事件前に現場に足を運んでいたり、被害者と接触したりした際にDNAを遺留させた可能性もあるからだ。

しかし、①②③の鑑定資料は、どう考えても飯塚事件の犯人のものでしかありえない。それはつまり、これらの鑑定資料と久間さんのDNA型が一致すれば「久間さんはクロ」であり、一致しなければ「久間さんはシロ」であることが、それぞれ動かしがたいということだ。

その点、前述したように飯塚事件のDNA型鑑定は足利事件のDNA型鑑定の結果と、偶然というにはあまりに不自然な一致をしていることから、鑑定結果が誤っていることは明白だ。これだけでも本来、久間さんは裁判で無罪を言い渡されるべきだった。

メディアが飯塚事件のDNA型鑑定の資料がどういうものかを曖昧にしか報じないのは、被害者が「性被害」に遭っていることに、なるべく触れずにおきたいからだろう。そのような配慮も決して不要ではないだろうが、冤罪処刑という国家の重大な過ちがごまかされてよいはずがない。

メディアは、飯塚事件のDNA型鑑定の資料がどんなものだったかを明瞭に報じるべきだろう。

・すでに別の真犯人が目撃されていた可能性

久間さんの遺族と弁護団が福岡地裁に行った第2次再審請求では、「真犯人らしき男が被害者らしき女の子2人を車に乗せていたのを見た」という男性の証言が無罪の新証拠として提出されている。

筆者は第2次再審請求がなされた当日、弁護団の記者会見に出席し、同席していたこの目撃証言の男性の話を直接聞いたが、信頼性は高いと思えた。

男性は事件発生まもない時期にも警察に名乗り出て、現在とまったく同じ内容の証言をしていたうえ、会見での話し方も自然で、理路整然としていたからだ。この男性の証言について、有力な無罪の新証拠であるように採り上げた報道をよく見かけたが、それも当然だと思われる。

だが実を言うと、この事件には、この男性の証言が飛び出す以前から「久間さん以外の真犯人」を目撃した可能性をうかがわせる重要な証言が存在した。

それは、事件当日、被害者の遺留品が遺棄されたあたりの峠道に停車していた「不審な車」と「不審な人物」を目撃したという男性A氏の証言だ。

不審な車と人物が目撃された遺留品発見現場

 

久間さんの裁判では、A氏の証言に基づき、事件当日、久間さんの車と酷似した「不審な車」が遺留品発見現場に停車していたように認定されている。しかし実際には、この目撃証言のうち、「不審な車」に関する部分はあまりに証言内容が詳細すぎ、捜査官に誘導された疑いが根強く指摘されている。

一方でA氏証言のうち、車の横にいた「不審な人物」に関する部分については、証言内容もいたって自然であり、無下に否定しがたい内容だった。

その証言内容を判決文から抜粋すると、以下の通りだ。A氏は車を運転し、八丁峠を下に向かって走らせながら、この場面を目撃したという。

〈八丁苑キャンプ場事務所の手前約200メートル付近の反対車線の道路上に紺ワンボックスタイプの自動車が対向して停車しており、その助手席横付近の路肩から車の前の方に中年の男が歩いてくるのをその約61.3メートル手前で発見した。その瞬間、男は路肩で足を滑らせたように前のめりに倒れて両手を前についた。右自動車の停車していた場所がカーブであったことや、男の様子を見て、「何をしているのだろう、変だな」という気持ちで、停車している車のほうを見ながらその横を通り過ぎ、さらに振り返って見たところ、車の前に出ようとしていたはずの男が車の左後ろ付近の路肩で道路側に背を向けて立っているのが見えた。男は、40代の中年くらいで、カッターシャツに茶色のベストを着ており、髪の毛は長めで前のほうが禿げているようだった〉(久間さんに対する福岡地裁の確定死刑判決より。一部表記を改めた)。

久間さんは事件発生当時50代で、頭髪はフサフサであり、禿げてなどいなかった。つまり、この証人が目撃した「40代の中年くらいで、カッターシャツに茶色のベストを着ており、髪の毛は長めで前のほうが禿げているようだった」人物とは、久間さんは似ても似つかない。となると、これは久間さんとは別の真犯人である可能性を検証されるべきだろう。

実際、筆者は現場の八丁峠に何度も足を運んだが、カーブがいくつも続く片道一車線の急勾配の峠道であり、何の用もない人間が路上に車を停めているところなど一度も見かけたことがない。その点からも目撃された人物が真犯人である可能性は低くないと思われる。

このように冤罪処刑の疑惑が広まってきた飯塚事件だが、その闇はなお深い。再審請求の審理でこの事件の闇の奥の様子が少しずつでも解明されれば、再審開始も現実味を帯びてくるはずだ。

(月刊「紙の爆弾」2022年11月号より)

 

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片岡健 片岡健

ジャーナリスト、出版社リミアンドテッド代表。主な著書に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』(鹿砦社)など。

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