【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ロシアのウクライナ侵攻 -問題の所在と解決の道筋-

浅井基文

これに対して、ロシアは外交攻勢で局面の打開を図ろうとした。すなわち、1月27日及び28日、ラブロフ外相はロシア・メディアの質問に答える形で、ロシアがアメリカとNATOに対して思い切った外交的アプローチを行ったことを明らかにした。

まずラブロフは、21年12月にロシアがアメリカとNATOに対してロ米間及びロシア・NATO間の安全保障に関する条約・協定案を提示し、これに対するアメリカ及びNATOからの回答を受け取ったという事実を明らかにするとともに、その回答に対するロシア側の立場を明らかにしたのだ。その立場とは次の2点である。

第一、西側がウクライナについて取ろうとしている行動は、アメリカ大統領を含むOSCE諸国首脳が署名した1999年イスタンブール首脳宣言及び2010年アスタナ首脳宣言に盛り込まれた「不可分の安全保障原則」に反するものであり、ロシアは西側がこの原則を遵守することを改めて要求する。

ちなみに、「不可分の安全保障原則」とは、各国は「安全保障取り決め(同盟条約を含む)を選択する固有の権利」を持つが、「他国の安全保障を犠牲にする形で安全保障を強化しない」(アスタナ宣言第3項)ことを言う。簡単に言えば、自国の安全と他国の安全は不可分に結びついていることを認め、他国の安全を犠牲にする形で自国の安全を追求してはならない、ということだ。

第二、ロシアとしては、首脳宣言での約束すら守らない西側に対して、条約・協定という法的拘束力ある文書で「不可分の安全保障原則」遵守を迫る。具体的には、①西側はウクライナのNATO加盟を認めない、②西側はウクライナに軍事力を駐留させず、攻撃型のミサイルも配備しない、以上2点を条約・協定に明記する。

ラブロフは、ロシアがアメリカに提案した条約案に以下の規定が置かれていることも明らかにした。

〇第1条 締約国は、相手国の安全保障に影響を及ぼす行動を取ってはならず、また、そうした行動に参加し、もしくはこれを支援してはならない。また、相手国の核心的な安全保障上の利益を損なう安全保障上の措置を実行してはならない。
〇第3条 締約国は、相手国に対する武力攻撃または相手国の核心的な安全保障上の利益に影響を及ぼすその他の行動を準備し、遂行するために他国の領域を使用してはならない。
〇第4条 アメリカは、NATOのさらなる東方拡大を防止すること及び旧ソ連邦諸国のNATOへの加盟を拒否することを約束する。アメリカは、NATO加盟国ではない旧ソ連邦諸国の領土に軍事基地を設置してはならず、軍事行動のためにこれら諸国のインフラを使用することも、これら諸国との軍事協力を発展することもしてはならない。
〇第5条 締約国は、相手国が自国の国家安全保障に対する脅威と認識するような形で軍事力を展開することを控えなければならない。

このようなロシア側の外交攻勢に対しても、アメリカとNATOはまともに向き合うことを拒み続けた。これに業を煮やしたロシアは、ウクライナ南東部2州の独立を承認し、次いでウクライナに対する軍事侵攻に踏み切ったということだ。ウクライナ侵攻の目的について、プーチン(及びラブロフ)は「ウクライナの中立化と非軍事化」に関するウクライナの同意を取り付けない限り、軍事作戦を止めないことをくり返し明言している。

 

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浅井基文 浅井基文

1941年7月 愛知県生まれ、1963年3月 東京大学法学部中退、1963年4月 外務省入省 国内勤務:アジア局、条約局など、国際協定課長(78年~80年)、中国課長(83年~85年)、地域政策課長(85年~86年) 外国勤務:オーストラリア(71年~73年)、ソ連(73年~75年)、中国(80年~83年)、イギリス(86年~87年) 1988年4月 文部省出向(東京大学教養学部教授)、1990年3月 外務省辞職、1990年4月 日本大学法学部教授、1992年4月 明治学院大学国際学部教授、2005年4月 広島市立大学広島平和研究所所長(2011年3月31日退職)、2015年4月 大阪経法大学客員教授

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