【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第7回 ゴミとして捨てたティッシュを対照試料にDNA型鑑定

梶山天

さて、この辺で足利事件捜査に話題を戻そう。捜査本部は①血液型がB型の分泌型の男性、②性的異常者、③幼児に興味がある、④土地勘がある、とする犯人像を打ち出した。

この犯人像に合致するのが、自転車で自宅まで15分足らずで、真実ちゃんの遺体発見現場近くの借家に土、日曜日だけ住んでいる菅家さん(当時44)であった。90年12月3日から手塚一郎警部補と前田直哉巡査の2人の専従捜査員がつき、朝から夜まで監視するいわゆる尾行が、ずっと続けられていた。

尾行が始まって7カ月目に入った91年6月23日(日曜日)朝のことだった。それは、警察庁の国松刑事局長による先の参院決算委員会でのDNA型鑑定導入答弁から1カ月足らずのことである。

足利市家富町の実家に菅家さんがいないことを確認した手塚警部補ら捜査員2人は、約3㌔離れた同市福居町の借家へ捜査車両で移動した。そこで借家の電力量計が動いているのを見て在宅を確認し、近くに車を止めて、行動確認を始めた。

間もなくして、捜査員2人は借家から出てきた菅家さんの光景に息をのんだ。時計の針は、午前9時50分。菅家さんは、右手に白色ビニール袋を提げて歩き出したのだ。捜査員は尾行する。10分後には菅家さんは、市道右側にあるゴミ集積場にビニール袋を投棄する。

手塚警部補は上司に連絡し、指示を仰いだ。菅家さんの姿が見えなくなった午前10時10分ごろに手塚警部補は、ビニール袋を令状なしで持ち去り、押収した。

この日の手塚警部補の報告書によると、そのビニール袋には、コーヒーの空き缶、菓子の空き袋、煙草の空き箱、山清フードセンターのレシート、チラシなどの記載の他にこう記されてあった。「5枚(精液臭がし、うち2枚に陰毛付着)」。

捜査本部はこのティッシュペーパーをさっそく科捜研に送った。このティッシュペーパーに付着していた精子の検査結果が91年7月2日に出た。対照試料が手に入った科捜研の福島康敏技官は、科警研の向山明孝技官に3度目の電話を同月に行い事情を説明した。

しかし、実際にティッシュペーパーと半袖下着の嘱託鑑定が科警研の向山、坂井活子両技官によって始まったのは、同年8月27日からだった。

この嘱託鑑定に科警研が応じるまでになぜ、約2カ月も時間を要したのか、この間に栃木県警捜査本部、科捜研と科警研の間で鑑定をするか、しないのか、激しいバトルが繰り広げたことは余り知られていない。

普通であれば栃木県警科捜研と科警研の協議で済むはずだが、捜査現場の人間が科警研に押しかけていたのだ。捜査現場からは、せっかく真実ちゃんの半袖肌着と対照できる精液が付着したティッシュペーパーを手に入れた。しかも菅家さんが一人で住む借家から外に出てゴミとして出したものを捜査員が採取したので菅家さん本人の精液であるとした。

この10年余りにわたってDNA型鑑定の実態を取材してきた梶山は、足利事件当時、科警研の内部において、米国・ユタ大学のハワード・ヒューズ医学研究所から笠井賢太郎技官が習得して持ち帰ったDNA型鑑定「MCT118」法の運用にまだ幾分かの不安材料があったのではないかと推察したのである。完璧な出来ではないと……。

それならば、なぜ科警研が動いたのか、という疑問が新たに浮上してくる。実は警察庁はこの夏、92年度から4カ年でDNA型鑑定を全国の警察に導入するとことを決め、92年度予算の概算要求に鑑定機器費用1億600万円を概算要求に盛り込んだ(91年8月29日付『朝日新聞』朝刊)。ところが92年度予算の大蔵省原案は、同要求を退けたのである。

このDNA型鑑定導入は、警察庁内で全幅の信頼がある当時の国松刑事局長が次世代の新たな犯罪特定の捜査の切り札として導入を自ら推進した。

1908年に司法省が監獄に指紋押印を実施訓令し、日本の行政制度に指紋法が導入された。その後犯罪捜査にも利用されるようになり、指紋検出の技術や指紋判別のシステムなど進化させてきたが、欧米ではその指紋に代わる遺伝子を利用したDNA型鑑定が主流になってくる。国松刑事局長はより高度で万全な捜査体制を作るためにもDNA型鑑定の導入を夢見たと思われる。

だからこそ、一日も早くDNA型鑑定導入を急ごうとした矢先に大蔵省が警察庁の概算要求にゼロ回答。警察庁内部では足利事件を米国から持ち帰ったDNA型鑑定で犯人を割り出し、その威力をアピールすることで大蔵省からの予算獲得を狙ったのではないだろうか。

しかし、菅家さんの有罪を証明し、全国の科捜研にDNA型鑑定導入のための機器購入の予算獲得を狙った鑑定が実は型判定できるようなまともな鑑定ではなかったことが2009年12月の再審の法廷で発覚し、科警研の技官たちがDNAの抽出量なども偽証していたことが明るみに出た。DNA型鑑定の導入のために人一人の人生を奪ってしまったのだ。科警研が犯した罪はとても大きい。

国松刑事局長が夢見たDNA型鑑定導入は、まさか犯罪を特定するためではなく、都合のいい犯人にするために利用されているとは思ってもみなかっただろう。

 

連載「鑑定漂流-DNA型鑑定独占は冤罪の罠-」(毎週火曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】鑑定漂流ーdna型鑑定独占は冤罪の罠ー(/

(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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