【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

制裁をめぐる補論:『復讐としてのウクライナ戦争』で書き足りなかったこと〈上〉

塩原俊彦

「私的制裁」への一般のアメリカ人の見方

紹介した論文「私的制裁」では、オンライン企業(Respondi)を通じて、米国人口の代表サンプルを調査した結果から、アメリカ人の「私的制裁」に対する反応を統計的に推定している。調査は2022年5月10日から6月1日にかけて実施された。

生の回答数は4239件。Respondiは、注意力テストに失敗した1324人の回答者を自動的に除外し、最終的に2915人の観測サンプルを作成した。約3000人の回答者は、3つの異なる「ステークホルダー」処理にランダムに割り当てられ、回答者は、ロシアにさらされた仮想の企業の従業員、顧客、株主として自分を考えることとされた。この仮想企業はロシアでの事業を閉鎖することを拒否しており、参加者はどのような反応を示すかを調査している。その結果、次のようなことがわかった。

Management – Stakeholders

 

第一に、ステークホルダーは、ひいきにしている企業に立場を明確にしてほしいと願っている。ロシアからの離脱は純粋なビジネス上の決断であり、経済的コストと利益を天秤にかけて解決するのが最善だと考えている人は37%にすぎない。

これは、企業の愛用者が顧客であろうと、従業員であろうと、株主であろうと同じことである。政府だけが制裁を加えるべきだという人は30%にすぎない。

ステークホルダーは、企業がロシアに制裁を加えることに大賛成である。61%が「ロシアでビジネスをすることは戦争の共犯者になるようなものだ」と考え、「企業はどんな結果になろうとロシアとの関係を断つべきだ」と考えている。このように、”the business of business is business “というミルトン・フリードマンの格言に賛同する回答者は少数派であるという。

第二に、大多数のステークホルダーは、ロシアの事業を停止することを拒否する企業を罰することを望んでいる。株主であれば株を売る、従業員であれば仕事を辞める、消費者であれば製品をボイコットする、という選択肢が提供されると、彼らの「罰する意志」は、彼らが支払う個人的コストに強く影響される。

企業を罰することが個人的コストを伴わない場合、回答者の66%がロシアから撤退しない企業を罰することを望んでいる。ボイコットのコストが100ドルであれば、53%がボイコットに前向きであった。コストが500ドルになると、ボイコットに前向きな回答者の割合は43%に低下した。このコストに対する感度は非常に大きく、参加者が道徳的義務とコストを交換していることを示唆しているという。

第三に、制裁を加えようとする意志は、道徳的価値観と非常に関係が深く、社会的属性とはあまり関係がないことが分かった。慈悲と権威のスコアが高く、純粋さと忠誠のスコアが低い参加者は、「不道徳な」会社を罰することをより望んでいる。

興味深いことに、処罰の意志は年齢にも強く影響される。高年齢層は若年層よりも、ロシアから撤退しない企業を処罰する意志がはるかに強い。これは、冷戦時代に育った年配の参加者がロシアに対してより否定的な見方を持っているという特定のトピックによって説明できるかもしれない。

これらの要因を考慮しても、リベラル派は保守派よりも制裁に積極的であるが、政治的傾向の説明力は小さいといえるとしている。

最後に、ステークホルダーの制裁意欲に大きな役割を果たすのは、感情的な共感であり、これは制裁がもたらす結果とは無関係である。したがって、戦略としての「私的制裁」が成功するかどうかは、これらの側面に大きく依存することになる。

この「感情的な共感」こそ、テレビなどのマスメディアによってもたらされる。だが、そのマスメディアの情報が大きく歪んでいることは、私の書いた「ウクライナ戦争3部作」を読んでもらえばわかるだろう(因みに、2023年春には、『君たちはどうだまされてきたのか』という本も上梓される予定だ)。

「私的制裁」は、国家および国家と結託したマスメディアによって、国家に都合のいい偏った方向に向かう可能性が高いと指摘しなければならない。

ロシア側の「私的制裁」への対応

対ロ公的制裁に対して、ロシア政府は敵対国への「公的制裁」を科している。問題は、ここで紹介した「私的制裁」に対する対応だ。すでに指摘したように、ロシアに進出している個別の外国企業の対応が「私的制裁」にあたるかどうかを判断するのは簡単ではない。

 

ここでは、興味深い事例を紹介したい。それは、2022年4月12日に下院に提出された外国企業の外部管理に関する法案のその後の経過についてである。拙著『プーチン3.0』(149~150頁)に詳述したように、この法案では、2022年2月24日以降、「明白な経済的根拠がない場合」に、裁判所の命令によりロシアでの事業を停止すると宣言した企業に対して、外部管理の導入や「非友好的」外国人の資産の信託譲渡を認めている。この前提条件は、「非友好的」な外国人が会社の25%以上を所有していることと規定されている。

オークションでの売却も可能だが、その場合は国営企業VEB.RFまたは他の組織がその機能を果たす外部管理機関となる。オークションに先立ち、旧会社をベースに新会社を設立し、利害関係のある投資家、または投資家がいない場合は国に最低価格で売却されることになる。

もう少し具体的に紹介すると、①2月24日以降、権限を移譲することなく経営から離れ、「明白な経済的根拠がない場合」に活動の終了を宣言した、②スタッフを3分の1以上減らした、③3カ月間の売上高を昨年同四半期と比較して減らした、③その行為や不作為によって脅威を与えたり、消費者のコストを増加させたりする恐れがある――といった場合、ロシアの法人に外部管理が導入されるという仕組みになっている。

つまり、ロシア側が考える「私的制裁」の条件がこうしたものといえる。そのうえで、「私的制裁」に対する制裁、報復として、ロシア側は法案によって外国人の資産を外部管理したり、信託譲渡したりできるようにしようとしたわけだ。

だが、この法案は5月24日に下院第一読会を通過したものの、2022年末現在、下院を通過していない。審議は継続しているが、法案成立の見込みは判然としない。

おそらくこの法案が成立・施行されれば、外国人投資家からの猛反発を受けるだけでなく、海外にあるロシア人投資家の資産の押収・凍結・没収といった議論にも影響を与えかねない。このため、ロシア側も慎重な姿勢をとっているように思われる。

このように、「私的制裁」は、国家による「公的制裁」とは異なる微妙な問題として確かに存在していることになる。だからこそ、無視できない問題であり、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』の補論として書き留めておきたいと思った次第である。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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