【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(5) ―セイモア・ハーシュの暴露記事とウクライナ戦争の本質(下)―  

成澤宗男

なぜ今になって爆破事件が報道されたのか

しかしながら、ハーシュ氏の記事がいかに特筆すべき衝撃的内容を伴っていたとしても、インターネットのブログに掲載された一記事にすぎない。MSMが一斉に無視したのだから、バイデン政権は「否定声明」だけで十分逃げ切れたのではないかという疑問が浮かぶ。

実際、カリフォルニア州のシンクタンク「テロリズムと情報研究センター」(CETIS)の上級研究員で、米国の多くはない優れたロシア研究者の1人であるゴードン・ハーン氏は、「米国のマスメディアの腐敗」等により「国民が外の世界と、自国が国際的に果たしている悪質な役割についてますます無頓着になっている」現状から、「ハーシュ氏の記事は、国内世論に何の影響も与えないだろう」(注9)との悲観論を述べている。

少なくとも3月7日まで、指摘通りの状態であったのは否めない。いかに怪しげでも、あえて昨年9月のノルド・ストリーム爆破事件を蒸し返す必要性は乏しかったはずだ。

これについては、ノルド・ストリーム建設に出費しながら自国の産業インフラを破壊された被害側のドイツと、パイプラインに直接の利害関係はない米国を分けて考える必要があるだろう。

ドイツではハーシュの記事が発表された2月8日以降、「左派の『左翼党』(Die Linke)と右派の『ドイツのための選択』(AfD)の議員がそれぞれ調査委員会を設置するよう求めている。この極めて深刻な疑惑が事実であると判明した場合、数週間前に支持率が与党『緑の党』を上回り史上最高を記録したAfD(注=2月初旬で17%)は、米軍の撤退を要求している」(注10)という。

ドイツ連邦議会の736議席中、AfDは82、Die Linkeは39の議席しか占めておらず、調査委員会が設置される見込みは乏しい。それでも2月25日にベルリンで開かれた「平和のために立ち上がる」集会に5万人が参加し、ウクライナへの武器供与即時中止と和平交渉再開を要求。

さらに、今やドイツの反戦運動の「顔」とでもいうべきDie Linkeのザーラ・ヴァーゲンクネヒト連邦議員らが2月初旬に発表した武器供与反対の「平和のためのマニフェスト」に著名な知識人や政治家を含む50万人以上の署名が集まっているが、こうした動きが、ドイツ政府にとって米国の要求に沿ったウクライナ軍事支援を不可能にしかねない真相究明要求と結びつきかねない。

そうなると、際立った好戦的姿勢で知られる「緑の党」のアンナレーナ・ベアボック外相に象徴される米・NATO追随の社会民主党を中心とした連立政権にとって、時間の経過とともに「爆破事件を調査せよ」という要求は無視しにくくなるはずだ。

当のオラフ・ショルツ首相は、「親ウクライナ派」の記事がMSMに出回る4日前の3月3日に記者団の同行もなく訪米し、ジョー・バイデン大統領と会見。そこでは昨年2月とは異なって共同記者会見はなく、2人だけで何が話し合われたのかという具体的情報も一切不明という謎めいた異例の会談となった。

3月3日の、ホワイトハウスでのバイデン大統領とショルツ首相の会見。公表されていない会談内容は、MSMを使ったノルド・ストリーム爆破事件の記事についてだったのか。

 

これについて、ハーシュ自身が興味深い解説をしている。

「私は外交情報にアクセスできる人物から、(バイデン大統領とショルツ首相の間で)パイプライン事件の暴露について議論があり、その結果、CIAのある部局がドイツの諜報機関と協力し、ノルド・ストリーム破壊に関する代替バージョンを米独のマスメディアに提供するため、虚偽の筋書き(cover story)を準備するよう依頼された、と聞いた」

「『米諜報機関による完全なでっち上げで、ドイツに伝えられ、あなたの記事の信用を失墜させるのが目的だった』と、私は諜報機関の関係者から聞かされた」(注11)。

これが事実であれば、『ニューヨーク・タイムズ』や『ディー・ツァイト』に「諜報機関」が持ち込んだ記事の「情報」は、極めて短期間で急ごしらえされたことになる。

最初から「質」など度外視されたのだろうが、この時期にあえてショルツ首相がワシントンに飛ばねばならなかった理由は、「協調的な誤報キャンペーン」の必要性以外に見出し難いのも事実だ。7日のドイツ側の記事が米国のそれと比較して妙により詳細だったのは、ドイツの事情が今回優先されたのを暗示しているのかもしれない。

それでも、バイデン政権の責任問題に関心を集中させないことに米独共通の利害があるのは間違いないにせよ、なぜ「ウクライナ」が浮上したのか。米独がどうせ怪しげな情報をMSMにリークするのであれば、昨年9月の爆破事件直後、『ワシントン・ポスト』を筆頭に流された荒唐無稽の「ロシア犯人疑惑」の二番煎じ程度でもよかったのではないか。

「ウクライナ」に疑惑が印象付けられた理由

この疑問については、2つの解釈が考えられよう。その一つは、以下だ。

「ウクライナの犯行の可能性に注意を向けることで、米国の諜報機関は一挙両得だ。米国から非難をそらし、米国が経済制裁や情報戦、代理戦争を通じロシアの弱体化と政府転覆を図る冒険に投資したものの、すべてが失敗した後にウクライナを見捨てるための準備をしているからだ」。

「欧米の指導者たちの間では、ウクライナでの対ロシア戦争は敗北したというコンセンサスが形成されつつある。したがってワシントンがこうした方針転換を実行するには、面目を保つ必要がある。ウクライナが同盟国ドイツのパイプラインを爆破したのだとほのめかせば、米国はウクライナを支持する強硬な立場から降りることができよう」。

「ウクライナをドイツのパイプラインを爆破した不相応なパートナーとして描くことで、(仮にウクライナが不利な形でロシアとの停戦に応じたら)欧米の屈辱を最小限に留めることができるかもしれない」(注12)。

こうした見解は、ドンバスで激戦地となっているバフムートの戦況を反映している。

この戦略的要衝では、民間軍事組織ワグネルを中心とするロシア側の包囲戦が本格化した1月以降、完全な陥落が近いとされる現在まで、凄まじい人的損害と武器・弾薬の枯渇をウクライナ軍に強い続けており、仮に今後、米国やNATOが「ウクライナを見捨てる」までの事態に発展したなら、その最大要因となるはずだ。

そのため「ウクライナ疑惑」報道が、ウクライナ不利の戦況から生じた後退又は撤退策の一環だとする解釈が成立する余地はあるかもしれない。

ただ一方で米政権内ではウクライナに関し、そうした観測とは逆の動きが見られるのも事実だ。前出のアーロン・マテ氏と並び、現在の米国ジャーナリズムを担う一人のマックス・ブルメンソール氏は、「バイデン大統領の周辺にはクリミアでの攻防を望み、核のエスカレーションまで推し進めようとする本当に危険な者たちがいる」(注13)と警告している。

ブルメンソール氏は名前を特定してはいないが、ヴィクトリア・ヌーランド国務次官を「本当に危険な者たち」から除外するのは無理筋のはずだ。

2014年2月のウクライナクーデターの現場で、オバマ政権の国務次官補としてネオナチらと連絡を取りながら大統領だったヴィクトル・ヤヌコビッチ氏の追放を画策したヌーランド国務次官は、バイデン政権の対ウクライナ政策を所管する最大のキーパーソンだ(注14)。

この2月16日にカーネギー財団が主催したオンラインディスカッションで、「ロシアはクリミアを巨大な軍事基地にしている。それらは正当な目標であり、ウクライナは攻撃している」(注15)などと発言し、予想されるウクライナのクリミア攻撃を公然と支持した。

実際、3月初旬段階で以下のような現地情報もある。

「NATOは急速に軍備を増強している。3月4日、米国籍の車両運搬船『リバティープライド』がギリシャのアレクサンドルーポリス港に入港し、NATO軍向けの軍備を積んだ。他の何隻の米軍艦船が現在、海上にいるかあるいは他の港に到着しているかまだ分かっていない。だが分かっているのは、NATOはウクライナの攻勢がこれから始まれば、その波及に備えるということだ」。

「ウクライナの春期攻勢は、クリミアと南部にいるロシア軍への攻撃が主な焦点となりそうだ。その目的はロシア軍を切り離し、(ケルソン地域からザフォリツィアまで)組織的に破壊することにあり、その後クリミアに攻め入る。米国はこの攻撃のため、膨大な量の軍需物資を供給している」(注16)。

バイデン政権内の「分裂」が始まった

これ以外にも、ウクライナ軍の「攻勢」準備と米軍・NATOの支援強化は確認されるが、少なくともこうした動きは、「ウクライナを見捨てるための準備」や「ウクライナでの対ロシア戦争は敗北したというコンセンサス」の形成といった観測と一致し難いように見える。

そのため、モスクワを拠点に執筆活動を続けている米国の国際問題アナリストのアンドリュー・コリブコ氏はハーシュ氏の記事を擁護しつつ、「ウクライナを見捨てる」という前提に立っての、ノルド・ストリームの破壊疑惑をウクライナに投影させているという解釈を、以下のように退けている。

「キエフにとって得られる限りの軍事援助が必要としているこの戦争の軍事戦略上の微妙な時期に、NATOの主要同盟国のパイプラインを爆破したのをウクライナのせいにする陰謀めいた筋書きを、米国が押し付けるはずがない。……軍事援助の大幅な縮小を前に、キエフを陥れるために報道されたという可能性は、確信を持って排除できる」。

つまりコリブコ氏によれば報道に信憑性が乏しくとも、逆に「ウクライナは『憎い』ノルド・ストリームに致命的打撃を与えることで、これまでどの国にもできなかったことをやった」というフィクションを作り上げ、それによって「士気を高めるためにキエフを情報強国(an intelligence superpower)に見せかけようと試みたのだ」(注17)と見なす。

むしろ「不利」だからこそクリミアを射程に入れた反撃の必要性が生まれたのであり、MSMを利用して「士気を高めるため」に「情報強国」に仕立て上げる必要性があった、という解釈だろう。

しかしながら、ウクライナが不利だから「見捨てる」ために「疑惑」を印象付けたのか、あるいは不利でも反撃と「士気」高揚のため、ウクライナを「強国」に見せかけようとしたのかの、どちらの見解が正鵠を射ているかを判断することにそれほど意味はない。つまり現在の米政権内部では、どちらも成立するような状況がうかがえるからだ。

政治専門の米インターネットサイトPOLITICOは3月12日付で「小さな亀裂:米・ウクライナの戦争での結束は徐々に崩れている」と題した記事(注18)を掲載した。「10人の政府関係者、連邦議員、専門家とのインタビュー」で構成されているというこの記事では、米・ウクライナ間でバフムート戦の作戦上の位置づけや軍事支援の評価等をめぐり、「亀裂」が生じつつあると報じている。

それ以上に目を引くのは下院外交委員会のマイケル・マッコール委員長のコメントで、「バイデン政権の高官」や「軍幹部」との接触から、「(ウクライナに送るべき兵器について)政権は分裂し、国家安全保障会議も分裂している」という確信を、このタカ派の共和党議員は抱いているという。

ウクライナをめぐり、方針が分裂していると伝えられている米軍。左がオースチン国防長官、右がミリー統合参謀本部議長。ロシアとの直接対決まで進むのか。

 

おそらく重要なのは米・ウクライナ間の「亀裂」よりも、ウクライナの生殺与奪権を握るバイデン政権内の「分裂」であるだろう。そこでの争点が「兵器」以上に、「明確な政策目標やゴールが不在」(マッコール)である状況を生み出すまでの政権内の基本的な戦略に関わっている兆候が見て取れる。

具体的には、もう戦況からして退路を考慮すべきなのか、あるいは積極的反撃を優先すべきかの判断の「分裂」であって、さらには、この間ウクライナ戦争の現地情報を発信し続けている退役陸軍大佐で、トランプ前政権末期に国防長官の上級顧問も経験したダグラス・マクレガー氏の発言を借用すれば、「失敗を認めるか、それともロシアとの直接対決まで推進するか」(注19)という基本路線の分岐にまで行き着く。

MSMによる「ウクライナ疑惑」印象操作をめぐる2つの解釈は、この「分裂」の存在から起因しているため、それぞれに根拠を有しているのかもしれない。そしてこの「分裂」が一般に予想される以上に政権内で深化している現状を、いったんハーシュ氏の記事から離れて次回から分析していく。

 

(注1)成澤「帝国のプロパガンダ装置としての『ニューヨーク・タイムズ』③―政府・CIAとの馴れ合いがフェイクニュースを生む―」(URL: https://isfweb.org/post-12789/)を参照。
(注2)March 7,2023「Intelligence Suggests Pro-Ukrainian Group Sabotaged Pipelines, U.S. Officials Say」(URL:https://www.nytimes.com/2023/03/07/us/politics/nord-stream-pipeline-sabotage-ukraine.html).
(注3)March 11, 2023「Who Did Blow Up the Nord Stream Pipeline?」(URL:https://original.antiwar.com/Ted_Snider/2023/03/10/who-did-blow-up-the-nord-stream-pipeline/).
(注4)March 10, 2023「Anonymous Sources Are Newsworthy—When They Talk to NYT, Not Seymour Hersh」(URL:https://fair.org/home/anonymous-sources-are-newsworthy-when-they-talk-to-nyt-not-seymour-hersh/).
(注5)「Nord-Stream-Ermittlungen: Spuren führen in die Ukraine」(URL:https://www.zeit.de/thema/nord-stream-2).
(注6)March 14, 2023「The Nord Stream-Andromeda Cover Up」(URL:https://consortiumnews.com/2023/03/14/scott-ritter-the-nord-stream-andromeda-cover-up/).
(注7)March 08, 2023「Nord Stream Attack – ‘Officials’ Throw More Chaff To Hide The Real Perpetrators
(URL:https://www.moonofalabama.org/2023/03/nord-stream-attack-officials-throw-more-chaff-to-hide-the-real-perpetrators.html).
(注8)March 09, 2023「In Nord Stream attack, US officials use proxy media to blame proxy Ukraine」(URL:https://mate.substack.com/p/in-nord-stream-attack-us-officials).
(注9)February 9, 2023「Hersh’s NordStream Terrorist Attack Revelations and the Causes of the NATO-Russian Ukraine War」(URL:https://gordonhahn.com/2023/02/09/hershs-nordstream-terrorist-attack-revelations-and-the-causes-of-the-nato-russian-ukraine-war/).
(注10)February 21, 2023「AfD and Die Linke Demand Investigation Into Nord Stream Attack」(URL:https://europeanconservative.com/articles/news/afd-and-die-linke-demand-investigation-into-nord-stream-attack/).
(注11)March 22, 2023「THE COVER-UP The Biden Administration continues to conceal its responsibility for the destruction of the Nord Stream pipelines」(URL:https://seymourhersh.substack.com/p/the-cover-up).
(注12)March 8, 2023「As Bakhmut Falls, US May Turn From Ukraine, Starting With Pipeline Story」(URL: https://consortiumnews.com/2023/03/08/as-bakhmut-falls-us-may-turn-from-ukraine-starting-with-pipeline-story/).
(注13)«THERE ARE SOME REALLY DANGEROUS PEOPLE AROUND JOE BIDEN WHO WOULD LIKE TO SEE AN OFFENSIVE IN CRIMEA AND WOULD LIKE TO PUSH THE ENVELOPE ALL THE WAY TO NUCLEAR ESCALATION»(URL:https://fondfbr.ru/en/terror-en/max-blumenthal-en/).
(注14)ヴィクトリア・ヌーランドについては、成澤「バイデンが国務省に入れた極右の正体①」(URL: https://blog.goo.ne.jp/lotus72ford/e/28878f0a863ffa39bc8e40f765fddf2f)と②(URL:https://blog.goo.ne.jp/lotus72ford/e/5f173a4bff98d702eb75caa05e5dbae8)、③(URL:https://blog.goo.ne.jp/lotus72ford/e/01e6eb8ca79cf2a2b81bfb02f3b980d2)を参照。
(注15)February 17, 2023「Nuland: US supports Ukraine striking targets in Crimea」(URL:https://kyivindependent.com/news-feed/nuland-us-supports-ukraine-striking-targets-in-crimea).
(注16)March 8, 2023「The coming spring offensives in Ukraine」(URL:https://asiatimes.com/2023/03/the-coming-spring-offensives-in-ukraine/).
(注17)March 10, 2023「The US’ Latest Disinfo Campaign About The Nord Stream Terrorist Attacks Was Preplanned」(URL:https://orientalreview.org/2023/03/10/the-us-latest-disinfo-campaign-about-the-nord-stream-terrorist-attacks-was-preplanned/).
(注18)March 12, 2023「‘Little fissures’: The U.S.-Ukraine war unity is slowly cracking apart」(URL:https://www.politico.com/news/2023/03/12/biden-united-states-ukraine-relationship-cracks-00086654).
(注19)March 09, 2023「Video: Colonel McGregor: “Russia is crushing the Kiev Regime”」(URL:https://www.globalresearch.ca/video-colonel-mcgregor-russia-crushing-kiev-regime/5811449).

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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