【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第17回 DNA型鑑定の欠陥が明らかに

梶山天

ここで話を信州大学の研究室に戻そう。福島教授が本田助手にDNA鑑定「MCT118法」の欠陥の発表を指示した研究会とは、後の1995年に発足した「日本DNA多型学会」の前身である「日本DNA多型研究会」のことだ。

92年12月1、2日の2日間の日程で東京大学において初の学術集会が開催されることになっていた。本田助手が「MCT118法」の欠陥を発見したのはその年の7月。研究会発表の抄録は締切直前だった。

福島教授は、本田助手に「サイズマーカーによる誤差については、きちんとしたスライドを作るように」と指示した。さらに自分にもそのスライド用の写真を1枚焼くように指示した。本田助手が準備した写真は、発表の核心であるマーカーのずれが一目でわかるようになっていたのだ。

当時国内で科警研だけがDNA型鑑定を研究・実用化していたわけではない。東京大学や筑波大学、信州大学、新潟大学などがしのぎを削っていた。

1985年8月、羽田発伊丹行きの日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山の尾根に激突、墜落する事故が起きた。全国から事故現場に駆け付けた医師の中に、後に足利事弁護団に請われ、歴史的な再鑑定実施に貢献する日本大学医学部の押田茂實教授がいた。肉片がバラバラになった遺体を目の当たりにし、身元確認のためのDNA鑑定の必要性を強く感じた押田教授は、90年から同大学で「MCT118法」の研究を本格的に始めた。

がん遺伝子やその他の疾患遺伝子の研究など目的は様々であったが、多くの大学医学部の基礎分野で、DNA解析の研究が行われていた。とはいえ、国内においてDNA解析はまだ研究途上にあり、法医学の分野においても、実際に研究に取り組む研究者は極めて少数だった。

最初の同研究会が開催される日が来た。DNA研究を志す若い研究者も数多く参加した。米国から「MCT118法」を持ち帰った科警研の笠井技官らも出席していた。研究会の冒頭にあるシンポジウムでは、信州大学の福島教授の講演が予定されていた。

ところが、予想もしなかったことが起きたのだ。研究会の一般演題で発表するために本田助手が作成したスライドの核心部分を福島教授が先に公開してしまったのだ。「現在行われている科警研の電気泳動によるMCT118法の型判定には問題がある」。突然スライドを映写させ、福島教授は自分が発見したかの如くこう切り出したのだ。

問題を指摘した電気泳動の写真。左端は科警研が用いていた123bpラダーマーカーのサイズ(369,492,615)で、真ん中は100bpラダーマーカーのサイズ(400, 500,600,700)。両者で目盛りが異なってくることを指摘したもの。右端はMCT118の断片(30-30型)。ポリアクリルアミドゲル電気泳動では、MCT118のPCR断片の泳動が123bpラダーマーカーより相対的に遅くなり、実際には625bp (30型)は123bpラダーマーカーを物差しにすると、593bp前後の型(28型)と誤判定されてしまう。

 

さらに、一般演題で笠井技官らがこの鑑定法の研究発表をした際、福島教授は質問に立った。そして「この鑑定法に問題が指摘された以上、それはまだやめておいて、今のところは電気泳動を行わない「HLADQα法」だけにする方がよいのではないか」と笠井技官らに提言したのだ。

しかし、福島教授をはじめ多くの研究者は、本田助手の発見を誤って理解していた可能性が高い。つまり、「MCT118法」に誤差が生じるとすれば、それは123ラダーの問題であると誤解していた。そうではない。マーカー自体は正確だが他の塩基組成を持つDNA断片と同時にポリアクリルアミドゲル上で流す時に誤差が生じるのだ、と本田助手は事あるごとに繰り返したが、なかなか理解されなかった。

福島教授は、本田助手に対し、「そんなバカな事があるはずがない」などと欠陥はあり得ないと悪態をつきながら、他人に実験をさせて欠陥があるとわかると、手のひらを返して研究会での発表を指示した。部下の鑑定欠陥の発表を讃えるかなと思ったが、彼がとった行動は信じ難いものだった。欠陥を発見もしていない教授があたかも自分が発見したみたいにそれを発表してしまうのだから……。

本田助手らの発表は、学会誌「DNA多型」(第1巻)に掲載された。ポリアクリルアミドゲルとアガロースゲルでの電気泳動を対比し、前者は塩基組成によって泳動速度が影響を受けるのに対し後者はそれが小さいことを示す写真も載せた。衝撃的な写真だった。

さらにその後、福島教授はこの発見を含めて日本人におけるMCT118型の分布(それぞれの型の出現頻度)を、本田助手の後から助手として入ってきた女性研究者に書かせ、法医学分野の国際雑誌に投稿した。

福島教授は監修著者として位置づけられた。まるで「MCT118法」の欠陥を国際的に公表した世界初の論文は本田助手ではなく、福島研究室の業績とされたようだった。そんなにこの教授は自分が目立ちたいのか。驚くことに法医学会の「白い巨塔」は始まったに過ぎなかった。

しかし、科警研が本田助手や福島教授の指摘を真摯に受け止めて「MCT118法」の検証実験を行ったという話を聞く事もなく、その後少なくとも93年6月までの約1年半の間、誤りが正されることなく、犯罪捜査に用いられ続けてきた。この間、どれほどの冤罪を生んできたのかと考えると恐ろしく思える。

 

連載「鑑定漂流-DNA型鑑定独占は冤罪の罠-」(毎週火曜日掲載)

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(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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