【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

米国のイラク侵攻20年が教える米エスタブリッシュメントの「悪」:それはウクライナ戦争へと続いている

塩原俊彦

2023年3月18日付の「ニューヨーク・タイムズ」に、「米軍侵攻から20年、イラクはより自由になったが、希望はもてない」という記事が掲載された。アリサ・ルービンバグダッド支局長によって書かれたものである。

A troop of U.S. soldiers is surveilling the streets of Baghdad. There was a lot of chaos there in 2003 due to criminals and pendants of Saddam Hussein. Photographed by Michael Multhoff in Baghdad / Iraq. May 12, 2003

 

「米国は、2001年9月11日のアルカイダ攻撃後、ジョージ・W・ブッシュ大統領が発表した『テロとの戦い』の一環として、イラクに侵攻した」と、彼女は書いている。これは、ロシアがウクライナに侵攻した事件と似ている。

もちろん、大義名分は異なっている。彼女は、『ブッシュ氏とその政権メンバーは、フセイン氏が大量破壊兵器を製造・隠匿していると主張したが、その裏付けとなる証拠は見つからなかった。

また、フセイン氏はアルカイダとつながりがあるとする米政府関係者もいたが、情報機関は後にこの容疑を否定した』として、米国政府の大義名分がまったく出鱈目であったことを正直に認めている。

プーチン大統領が「特別軍事作戦」を行う目的としてあげた、「非軍事化」と「非ナチ化」もおそらく、米国のイラク戦争と同じように、いい加減なものだろう。

イラク侵攻のもたらした惨劇

20年前、米国はイラクに侵攻したにもかかわらず、多数の国からの非難や制裁を受けることもなく、イラクを支配下に置くことはできた。

しかし、「イラクは、内戦、反乱、そして侵略がもたらしたほとんど絶え間ない激変によって、いまも忘れられない傷跡を残している」と、ルービン支局長は述べている。

「2011年に米軍が撤退したあとも、侵略によってもたらされた混乱は続き、戦闘に次ぐ戦闘が政治的な争いに発展し、国が完全に安定することはなかった」のだ(米軍部隊は2014年、今度はイラク政府の要請で帰還し、「イスラム国」を倒すための戦いで重要な役割を果たし、現在も約2,500人の米軍が駐留中)。

しかし、彼女は、米国のエスタブリッシュメント(既存権力体制)がイラクで行った「悪事」そのものについては何も説明していない。いわば、きわめて不誠実なのだ。

これに対して、ロシアは米国主導による欧米中心の対ロ制裁によって打撃を受けている。覇権国が行う侵攻と、非覇権国が行う侵攻の違いに注意を払う必要がある。米国は侵略しても罰せられず、ロシアは罰せられるという「現実」をどうみればいいのだろうか。

米国のイラク侵攻後、約20万の市民が死亡

米国や英国によるイラク侵攻は多数の生命を奪った。彼女が紹介している数字によると、アメリカ軍、アルカイダ過激派、イラクの反乱軍、あるいはテロリスト集団「イスラム国」の手によって、約20万人の市民が死亡した。

イラク軍と警察の少なくとも4万5,000人、イラク反乱軍の少なくとも3万5,000人も命を落とし、さらに数万人が人生を左右するような傷を負った。米国側では、約4,600人の兵士と3,650人の米国人請負業者がイラクで死亡し、無数の人々が生き延びたが、肉体的、精神的な傷跡を負っている。

イラク・ファルージャの殉教者墓地の管理者、カミル・ジャシム・モハメッドさん。イラクで誰かを亡くしたことがない人を探すのは難しい(Credit…Joao Silva/The New York Times)。
(出所)https://www.nytimes.com/2023/03/18/world/middleeast/iraq-war-20th-anniversary.html?action=click&module=Well&pgtype=Homepage&section=World%20News

 

ウクライナ戦争はいまでも継続中であり、死亡者数は不明なだけでなく、毎日増えている。たとえ終戦を迎えても、イラクと同じように、テロなどで多数の命が奪われるのは確実だろう。

たぶん、欧米諸国や日本に住む人々の大多数は、米国のイラク侵攻およびその後の混乱で約20万人ものイラク市民が殺害された事実を知らないであろう。

反米感情を抱かせるような報道そのものが、親米国に住む人にはそもそも伝えられてこなかった結果か。私たちがこの深刻な事実を知らないのは、マスメディアによるディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)工作の結果とみなすことができる。

逆に現在、ロシアによるウクライナ侵攻で逃げ惑うウクライナ市民ばかりが報道されている裏には、反ロ感情を植えつけようとするマスメディアの情報工作がある。

2023年4月に上梓した拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』では、この問題について詳しく解説した。

最近では、2023年3月24日、国連のウクライナ人権監視団は、全面戦争の双方が超法規的処刑や捕虜の虐待に関与しているとして、捕虜の扱いに関する報告書を発表した。

ロシアも「悪い」が、ウクライナも相当に「悪い」のである。それにもかかわらず、マスメディアの不誠実によって、多数の人々がだまされてしまっている。

米国がイラクでやったこと

米国の侵攻とその後の占領は、失敗だった。フセイン氏の権力基盤、軍、情報機関の中核をなしていたイスラム教スンニ派への疎外は、独裁政権下に存在していた社会秩序を根底から覆す結果につながった。

これは、イラク国内のシーア派とクルド人少数派に利益をもたらしたが、それがかえって、米国の占領に対するスンニ派の粘り強い反乱を煽るようになる。

イスラム国なるテロ集団は、当初、フセイン氏の軍や情報機関の元将校が率いていたのであり、その後、アルカイダとつながりのあるイスラム過激派が加わった。つまり、こうした一連の混乱はすべて米国のイラク侵攻と深いつながりをもっていることになる。

ここで、あまり知られていない米国によるイラク支配について説明したい。ウィリアム・エングダール著『破壊の種子 遺伝子操作の隠されたアジェンダ』(2007年)を参考にしながら、米国という国家の恐ろしい側面を明らかにしてみよう。

newspaper headlines with a focus on war stories in Iraq and afganistan

 

イラクは「ハゲタカ投資家」の餌食に

2003年5月、イラク侵攻勝利後のイラク経済を管理するために創設された連合国暫定当局(CPA)の長官に任命されたのはポール・ブレマー氏だ。

彼は米国務省のテロ担当官だったが、キッシンジャー元国務長官の有力なコンサルティング会社、キッシンジャー・アソシエイツのマネージング・ディレクターに就任していた。

エングダール氏は、「注目すべきは、ブレマーが、一般的に復興担当部署である国務省に報告せず、ペンタゴンのドナルド・ラムズフェルド前国防長官のオフィスに直接報告したことである」と指摘している。

その背景には、イラク全土に13万2,000人の米軍が存在し、2003年以降にイラク全土に建設された約14の米軍基地にしっかりと組み込まれていたことがある。

2004年6月、ブレマー氏率いるCPAからCIAの情報提供者であるアラウィ氏が率いるイラク暫定政権に公的権限が移されたが、その政策はIMFが課す改革の実行を迫られ、いわば米国主導のIMF路線を通じて、米国の支配が継続されたことになる。

ブレマー氏はCPA長官として、当時憲法も、法的に成立した政府もなかったイラクを統治するための一連の法律の起草に取り組む。

新法は全部で100本あり、2004年4月に施行された。全体として、新しい法律(命令と呼ばれる)は、イラクの経済を、米国の求める自由市場経済モデルに沿って改革するためのものであった。

ブレマー氏の最初の行動は、国家公務員50万人の解雇だった。ほとんどは兵士だったが、医師、看護師、教師なども含まれていた。

次に、国境を開放し、関税も検査も税金もなく、無制限の輸入を可能にする。侵攻前のイラクの非石油経済は、セメント、紙、洗濯機などを生産する約200社の国営企業によって支配されていたが、2003年6月、彼はこれらの国有企業を直ちに民営化することを発表する。

ただし、米国による侵攻でイラク国内には、民営化対象企業を買収できるほどの地元資本家は少ないから、このねらいが外国投資家への開放、すなわち「ハゲタカ投資家」への「餌食」とすることであったことは間違いない。

CPA39号令では、天然資源部門以外のイラクの資産を外国企業が100%保有することが認められる。また、投資家はイラクで得た利益の100%を国外に持ち出すことができるようになる。再投資の義務はなく、課税もされない。

外国企業は40年間続くリースや契約を結ぶことが可能となる。CPA40号では、外国の銀行が同じような好条件でイラクに迎え入れられた。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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