【特集】終わらない占領との決別

〝対米自立〟はなぜ世論の大勢にならないのか(後)

松竹伸幸

4.「自衛隊を活かす会」が提示する抑止力に替わる選択肢

・「安保条約見直しにつながる」と防衛庁長官経験者も

冒頭で書いたように、8年近く前、「自衛隊を活かす会」が発足した。憲法9条のもとでの新しい防衛政策を探求する会であり、政府自民党が集団的自衛権の全面的な行使と改憲を志向するなかで、防衛政策のオールタナティブを提示することが目的である。

代表は柳澤協二氏。防衛官僚として勤め上げたあと、小泉首相がイラクに自衛隊を派遣すると決断した際、それを統括するために内閣官房副長官補(事務次官待遇)として抜擢された。その後、安倍、福田、麻生の3氏に仕え、民主党政権の発足とともに定年退職することになる。

普天間基地の県外移設を掲げた民主党政権が抑止力をめぐって混迷したとき、柳澤氏は、抑止力の見地からも沖縄に海兵隊はいらないという趣旨の論評を朝日新聞に発表し、注目された。

編集者でもある私は柳澤氏とただちに連絡を取り、その秋、防衛大学校や防衛研究所の専門家との対談集である『抑止力を問う』(かもがわ出版)を刊行した。その書籍のなかで、憲法9条のもとで安全保障政策が可能になれば意味があることが話し合われたのをきっかけに、「自衛隊を活かす会」が発足するに至ったのである。

「自衛隊を活かす会」は、自衛隊による日本の防衛、国際貢献のあり方をテーマに、自衛隊の元幹部(幕僚長や陸将、海将、空将など)や国際政治の専門家を招き、これまで20回以上のシンポジウムを催している(市民も参加できる)。国会を会場にして開催することが多いので、つねに全国会議員の部屋に招待のチラシを配布しており、政党の代表を招いた円卓会議も開いたこともある。

最近の2年間ほどは、抑止力に替わる戦略を求めて、集中的な研究会を公開・非公開で開催した。それらを通じて、3つの提言を公表しており、それをまとめたパンフレットはホームページ(http://kenpou-jieitai.jp)からダウンロードできる。

自民党のなかでも防衛専門家には注目されているようだ。元防衛庁長官の石破茂氏は、抑止力研究の成果を整理した著書『抑止力神話の先へ』(かもがわ出版)をブログで取り上げ、「抑止力についての頭を整理するのにとても役立ちます」と評価してくれた。同じく長官経験者の山崎拓氏は、柳澤氏との対談でこう述べている。

「これまでは、基地ならびに米軍の存在がわが国の安全保障の抑止力であるという解釈が常識で、そういう説明を何の疑問もなくやってきた。そういう抑止力論に対して、果たしてそうかという異を唱えたのが柳澤さんでした」「それに疑問を呈されたということは、すごく大きな一石を投じられたわけですよ。それは安保条約見直しにつながる重要な提起です」(傍点は引用者、『辺野古に替わる豊かな選択肢──「米軍基地問題に関する万国津梁会議」の提言を読む』同右)。

抑止力を乗り越えれば、その先には安保条約の見直しがある。そこから対米自立の道筋も見えてくるだろう。

・「核抑止抜きの専守防衛」あるいは「核兵器抜きの抑止」

「自衛隊を活かす会」の提言が何を言おうとしているかは、直接に読んでいただくしかないが、私なりに大事だと思う点を書いておきたい。二つの点だけ強調しておこう。

一つは、「核抑止抜きの専守防衛」という提起である。あるいは「核兵器抜きの抑止」と読み替えてもいい。

「自衛隊を活かす会」は、日米安保条約の廃棄を求めるものではない。また、専守防衛は大事だという立場であって、日本を侵略する国があればそれを武力で阻止する防衛体制を敷き、実際に行動する意図を伝えることにより、相手の行動を抑え止めることをめざすという意味においては、抑止を完全否定するわけではない。

しかし、抑止の手段として核兵器を容認しないことは明確にしている。核兵器の誕生とともに軍事戦略としての抑止概念が生まれたことから明白なように、核兵器を使用しないという決断は、抑止の核心と衝突するものである。

例えば尖閣諸島が奪われる事態を想定したとき、専守防衛の立場は、相手を尖閣周辺から追いだすための反撃を行うというものである。これは、相手に決定的なダメージを与えるものではないので、くり返し奪いに来ることも予想され、専守防衛は生ぬるいという批判が寄せられるのだ。

そして、相手の出撃拠点まで出かけていって周辺の都市部まで含めて壊滅的な打撃を加えよう、必要とあれば核兵器の使用も辞さないという立場で軍事力を整備し、相手を威嚇しようという抑止戦略があるわけだ。

けれども、アメリカが尖閣のために中国本土を叩いたり、ましてや核兵器を使用するなどすれば、無人の岩のために米本土もまた壊滅的な打撃を受けるのであって、まったくあり得ない想定である。

専守防衛を貫けば、尖閣を奪われたり取り戻したりの消耗戦になるのであるが、その過程のどこかで外交上の決着を付けて戦争を終わらせるのが、もっとも現実的かつ合理的な考え方であろう。そういう戦争ならば、自衛隊単独でも戦えるし、そういう選択をすることによって、消耗戦になった際にアメリカに外交上の仲介も依頼できることになる。

さらには、そもそも核兵器を他国に投下するような政策を、日本が本当にとっていいのかということは、国民のなかで本格的な議論もされていない。原爆が投下された時点と比べても、この間、核兵器の使用が人道に反するという人類の認識は飛躍的に高まり、核使用を前提とした戦略が現実味を失っており、「核兵器抜きの専守防衛」こそが現実的な選択肢なのである。

・台湾問題をめぐってどういう対応が求められるか

このような立場を確立してこそ、対米自立も可能になってくる。台湾をめぐる米中の争いにどういう態度をとるかも、この問題と大いに関係している。

中国が台湾を武力統一しようとした時、それを阻止するアメリカを日本が軍事的に支援するのは当然かのような議論が、現在の日本を覆い尽くしている。そんな議論が通用するのも、いざという時にはアメリカの抑止力に頼ることが前提になっているからであって、「核兵器抜きの専守防衛」はまったく別の立場に立つことを可能にするだろう。

何よりも、沖縄と日本を戦場にしないことを最優先させる立場が必要だ。昨年3月、アメリカのインド太平洋軍の司令官が、27年までに中国が台湾侵攻に踏み切ると証言して衝撃を与えたが、それによると米本土から来援部隊が来るまでは、自衛隊が中国軍と戦うことが当然かのように言われていた。アメリカは、米本土が戦場にならないと考えているから、そんなお気楽なことが言えるのであって、日本だって日本を戦場にしないことを堂々と宣言していいのだ。

ただしそれは、中国が台湾に侵攻しても黙って見過ごすということを意味しない。たとえ「一つの中国」という立場であっても、2400万人が暮らす島を武力で制圧することは、多大な犠牲をもたらすものであり、断じて中国の国内問題だということにはならない。

日本に必要なことは、中国に対して武力統一の方針を撤回せよと求めることである。武力統一の方針を持っていることは、地域の平和と安定を損ねるだけでなく、台湾の民心をどんどん離反させ、中国に対する敵意を生み出し、中国の台湾政策を破綻させると理解させることである。

日本の役割はそこにあることをアメリカに対しても宣言し、積極的な外交活動を展開する時、日本は対米自立を果たすことになる。そんな日本をどうやってくるのか、国民の間で議論を巻き起こしたい。

※「〝対米自立〟はなぜ世論の大勢にならないのか(前)」はこちらから

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松竹伸幸 松竹伸幸

「自衛隊を活かす会(代表=柳澤協二)」事務局長、編集者・ジャーナリスト、日本平和学会会員。近著に『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』(集英社新書)、『対米従属の謎─どうしたら自立できるか』(平凡社新書)など。

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