【特集】参議院選挙と改憲問題を問う

フランス大統領選から考える、「野党共闘」とは何か

広岡裕児

フランスでとくに凋落著しいのが社会党である。

前々回の2012年の大統領選挙では再選を狙うニコラ・サルコジを破って、社会党のフランソワ・オランドが大統領になった。その後の国民議会選挙でも577議席中280議席を獲って、社会党の議員団長が首相になり、エコロジストなどと連立内閣を組んでいた。

Ibiza, Spain – september 08, 2015. French press on a newsstand. Front page of Le Figaro and Liberation with a portrait of French President Francois Hollande

 

前回の大統領選では、支持率が低迷したオランドは再出馬を断念し、党内予備選でブノワ・アモン氏が候補となった。彼の知名度は低かったが、『二十一世紀の資本』が世界的ベストセラーになった経済学者トマ・ピケティ氏が全面的に支持し活発に運動した。また、エコロジストも独自候補を出さず共闘した。格差と地球温暖化という喫緊の二大テーマに真正面に立ち向かったわけだ。

ところが、アモン候補は第1回投票で6.36%にとどまった。第2位で決選に進んだ国民戦線のルペン候補の3分の1でしかない。

そのアモン氏は反主流最左派で党内予備選では穴馬だったが、今回のイダルゴ候補は“絶対本命”であった。8年間パリ市長を続け、一昨年の市長選でも共和党のラシダ・ダティ元司法相を大きく引き離して当選した。それなのに当初から伸びず、いまや泡沫候補と変わらない。

マクロン候補は、社会党員ではなかったが、オランド大統領が経済大臣に任命していた。右でも左でもない独自の改革の道を標榜しており、社会党の中間・右派を引きつけた。マクロン新党への鞍替えで、社会党の国会勢力は激減した。

「左」の歴史に詳しい政治哲学者ステファニー・ローザ氏は言う。

「オランドの政策は、『左』の人々が期待していたのと比べると右寄りで、かなり新自由主義的でした」(ウエスト・フランス2022年2月20日付)。

マクロン大統領の改革は、たしかに小泉・竹中改革のような酷い新自由主義とは一線を画すものであった。だが、オランド路線を改善したものでしかなかった。彼の個人的資質もあって、すっかり共和党左派に近い「上」の大統領になってしまった。

ちなみに、日本では立憲民主党の新執行部が現実路線を謳っているが、オランド、マクロン両大統領がとったのはいわば現実路線である。その「現実」は新自由主義が支配しており、日本においてフランスよりもはるかに強い。民主党政権が自民党の亜流にしかなれなかったように、立憲民主党の現実路線も「右」を補強するだけになるのではないだろうか。

それはともかく、マクロン政権の5年間、結局「左」は「下」への有効な策を出せなかった。大規模な市民デモに発展した「黄色いベスト」運動も、極右に回収されてしまった。

政治社会学者のロジェ・シュー氏は、フランスはLGBTへの寛容、移民の包摂、女性解放、格差問題意識など民主主義的な進歩をしている「左」の国なのに、「左」が政治で敗北しているのは、「これらの基本的な民主主義の流れを政治的に翻訳することが欠けているからです」と語る(ル・モンド2022年1月6日付)。

前出のローザ氏は言う。

「(「左」は)以前よりもはるかに多く公務員・教師・中産階級・都心の上位中産階級で構成されています。庶民投票者層が失われただけでなく、活動家の庶民の基盤もまた失われたのです」。

日本の政治でよく「地元の基盤」ということがいわれる。だが、そこでいう基盤とは実際には、クライアンテリズム(顧客主義)で、恩恵を与えるかわりに票をもらう層とのつながりが密接であるというだけの意味である。

ローザ氏が言う「庶民の基盤」とは、民衆の声を汲み取り、政治的に翻訳して政策を立案し、その具体的実現方法まで提示していくための民衆との接点ということである。それが欠けているために、実情に即した斬新で建設的な政策を打ち出せない。
さらに社会状況の変化もある。

大規模な工場の労働者の割合は低下し、ウーバーなどの疑似自営業者、不安定雇用の労働者に替わった。労働条件も労務関係も30~40年前とは変わった。ローザ氏はこう分析したうえで言う。

「『階級闘争』は今日でも意味があります。生み出された富の共有という問題に再び焦点を当てることが『左』の課題の一つです。 しかし、1950年代とは異なる新たな言説が必要です」。

かつての社会は、資本家と正規雇用の労働者、それに商店や中小企業経営者、大農と小作・農業労働者とはっきりと「階級」あるいは「階層」に分かれていたが、今はずっと細分化、変質している。だが、決してなくなったわけではない。

日本ではさらに「国民政党」の呪縛がある。国民の中にも階級・階層ごとに異なる利害があり、政党とはその代表であるべきものだ。ところが、国民政党といってしまうことで境界が曖昧になり、代表すべきところから遊離してしまう。

・複数形の「左」連合

10年前、オランド大統領が実現したときには、社会党が単独で第1回投票を制した。前回ルペン氏に1.72ポイントまで迫ったメランション氏が今回もダントツの「左」の最有力候補であったが、彼の個性と、フランス不服従のもつ(反対側の国民連合と共通する)不寛容性もあって、万が一第1回投票を通っても余力はない。「左」は候補を一本化しない限り決選投票には絶対残れない。

ところが、前回まで二度メランション氏を支持して共闘した共産党も今回は独自候補を出した。社会党とエコロジストは地方選挙レベルでは共闘していたが、大統領選挙では、お互い呼びかけはしたものの口先だけだった。そのほかに、市民運動もあったが実現しなかった。

日本にはまた、野党の共闘という問題がある。

フランスの一本化議論で、なるほどと思わせるものがあったので、紹介しておきたい。単数形の「左」連合か複数形の「左」連合かというものである。

単数形とは、フランソワ・ミッテランが当選した時の社共連合のように、共通マニフェストをつくって同化するというものである。だが、社共連合は瓦解した。この方法は、ある党派が支配するという形になってしまう。

複数形というのは、各党派の差異を認めつつ根本的な「左」の共通ベースの上に立って選挙協力をするということである。いわばダイバーシティ(多様性)だ。

日本の先の総選挙での5野党共闘は、ダイバーシティでの共闘であった。だが、自民党は「共産党との同化」だと揶揄し、多くの民衆はそう理解した。そうではない別の形の共闘であることを、もっと鮮明に打ち出さなければならない。

その共通ベースになるものとして、フランスの市民運動が提唱していたのは、エコロジー的転換、ファイナンス・新自由主義経済の規制と実体経済・地域経済の復権、現実に即した社会労務モデル、連帯、民族主義とは違う社会への帰属意識などだった。

じつは、日本の方が、このダイバーシティの連合はやりやすい。明確に現与党と分かつベースと政策作りの指針があるからだ。

日本国憲法である。

「保守」は、進駐軍の押し付けだというが、決してそうではない。明治憲法の「臣民」ではない「国民」による民主主義の土台だ。

新型コロナ禍で、与党は、これ以上の対策はとれないと憲法を責任逃れの口実にした。これに対して、きちんと対策はとれると野党は批判した。もう一歩進んで、具体策をつくることは可能であった。憲法の精神に則って憲法を遵守するというベースを共有すれば、おのずから与党とは違う政策ができるのである。

(月刊「紙の爆弾」2022年5月号より)

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広岡裕児 広岡裕児

フランス在住ジャーナリストでシンクタンクメンバー。著書に『皇族』(中公文庫)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文春新書)他。

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