【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

停戦を遠ざける史上最悪の偏向報道、 ロシア〝悪玉〞一色報道の犯罪

浅野健一

本当にロシアとプーチン氏だけが悪いのだろうか。国際紛争調停のプロ、伊勢崎賢治東京外国語大学大学院教授(平和構築学)は、毎日新聞(電子版)が3月5日に配信した記事「『プーチン悪玉論』で済ませていいのか」で、こう指摘している。

Sanctions Over Russia

 

「国民に武器を与え、火炎瓶の作り方まで教えて『徹底抗戦』を呼び掛けたことは、市民をロシア軍に立ち向かわせるということで、これは一番やってはいけないこと。市民に呼び掛けるのなら、非暴力の抵抗運動だ」。

「ロシアはウクライナからの独立を主張する『ドネツク人民共和国』『ルガンスク人民共和国』の要請に応じ、ウクライナの攻撃からこれらの政権を守るために武力を行使した、と言っている。侵略ではなく、国連憲章が認めた集団的自衛権の行使だ、という理屈は成り立ち得る。今の国際法ではそういう枠組みになっている」。

ゼレンスキー政権がロシア系住民の多い東部地区の住民に差別的対応をしてきたことが、二つの共和国の独立宣言を招いている。同記事で伊勢崎氏は、「米国とNATOがイラクなどに侵攻した時も、集団的自衛権の行使として正当化した。主権国家の中に分離独立、民族自決権を求める動きのある時、今の国際法は機能しない。国連が施政領域と認めた地域に軍事侵攻・軍備供与をしてはならないという新たな規定が必要だ」とも提言する。

NATOについては、ソ連の崩壊で敵対するワルシャワ条約機構が解体された時点で存在価値を失ったと伊勢崎氏は見ている。

「ソ連崩壊後、西側諸国に対する強硬派も多かったので、ゴルバチョフ大統領が潰されないように当時のブッシュ米大統領、サッチャー英首相、コール西独首相らが気遣った。当時、東西ドイツの統一をソ連が認めるかわりに、NATOはポーランドも含めてNATO加盟国にしない、東方へ一インチも拡大しないなどと口頭で約束したことを示す非公式な会議内容(日本流に言うと〝密約〟になるのだろうが)が米ジョージワシントン大学のアーカイブに記録として残されている」。

ロシアの侵攻は非難されるべきだが、NATOが東方拡大を続け、ウクライナに兵器を供与していることも問題だ。伊勢崎氏は私の取材にこう答えた。

「日本に限らず、 世界中の報道が『プーチン悪玉』一辺倒なので、日本は推して知るべし。でも、なんと言っても平和憲法の国だから、『国家のために死ぬな』という声を期待したのだがダメだ。リベラル系も、保守系と同じく、市民を武装させる大統領の国を応援している。残念だ」。

核共有論については、「軍事司法を持たない日本に、米国が核弾頭の使用決定権を移譲するなんて荒唐無稽の冗談だが、その保管と移動の責任に関しても、こんな〝無法国家〟に譲渡するだろうか、というのがある」と述べた。

「民族問題としての本質が語られていない」。

共同通信出身の三浦元博・大妻女子大学社会情報学部教授(欧州論)は私の取材に、「ポーランドなど旧東欧諸国のNATO加盟が日程に入ってきた1998年に、当時のプリマコフ首相がロンドンの王立国際問題研究所で講演した際、『ゴルバチョフはなぜ口約束ではなく文書にしておかなかったのか。それだけが悔やまれる。拡大すれば無用な反発を生む』と述べていた」と振り返り、こう続けた。

「NATOはポーランドなど旧東欧諸国を加盟させ、ウクライナを加盟候補に加えてしまったのは米国のゴリ押しの結果。米国がウクライナという巨大市場に目がくらみ、余計なちょっかいを出して招いた悲劇だ」。

三浦氏は、プーチン氏のウクライナ侵攻の本当の狙いは自らの政権の維持にあり、NATO 加盟阻止はその道具に使われていると見ている。
「彼の支持率は最近落ちていて、盛り返さないといけないという時期だった。だから今やった。プーチンが精神的に異常をきたしているという言説があるが、それは違う。プーチンが言っていることはそれなりに論理があり、もっともなことを言っているともいえる。

当面の狙いは、2014年以降支配してきたクリミアとウクライナ東部を含めて、はっきりロシアに入れること。つまり、直接的な目標はウクライナの分割だろう。実際ロシア人の多い地域だからそういう言い方をしている。互いに偏狭なナショナリズムにとらわれ、紛糾することが多い民族問題の現実的解決法としては、それも選択肢の一つではないか。

中立の立場を守りながらウクライナの領土的一体性を維持する道もあり得るが、ウクライナ国内そのものが分裂しているため、実現にはかなりの政治技術が必要だ。これまでそれができる政治家はいなかった。ロシアとつかず離れずの政策をとると、どちらかの側から足を引っ張られる。次の選択肢は、いっそのこと東西に分離してしまえという話であり、プーチン氏は多分そういうことを考えているのだと思う」
三浦氏は、日本メディアの戦争報道についてはこう述べた。

「テレビに出ている解説者の分析を見ていると、ロシア軍がキエフの何キロまで迫ったとか、そんな目下の戦況解説ばかりで、民族問題としての本質がほとんど語られていない。戦争報道というのはそういうものになってしまうのだろうか。

戦争報道はいつも、どちらが正しくてどちらが悪いという単純な正邪二元論になってしまうようだ。コソボ戦争ではセルビアが悪玉にされ、NATOの攻撃を受けた。しかし、アルバニア人武装勢力を率い、のちにコソボ大統領にまでなった人物は一昨年、戦争犯罪でハーグの特別法廷へ起訴された。

民族問題なので、等距離で、ロシアがどうして侵攻したのか、ロシアが何を考えているのか、どうしてそう考えるようになったのか、その歴史的背景も伝えなければいけない。それは現場を自分の目で観察しているジャーナリストの仕事だ。

ゴルバチョフは『欧州共通の家』の展望を抱いていた。彼からすれば冷戦が終わり、ワルシャワ条約機構は解散、NATOもなくなるはずだった。ブッシュ米大統領・ベーカー国務長官、コール独首相、ミッテラン仏大統領らもゴルバチョフの考えに理解を示した。

ブッシュ氏は“Europe as whole and free”(1つの自由な欧州)という惹句でゴルバチョフの構想に応えた」。

日本の政府とキシャクラブメディアは「国際社会」と連帯すると言うが、この国際社会に、国連総会・ロシア非難決議に不賛成の52カ国(世界の人口の過半数)も含まれる。

今重要なのは、いかに停戦にもっていくかだ。前出の伊勢崎氏は、「たとえばバイデン大統領が一言『NATOのこれ以上の東方拡大には興味がない』と表明するだけで、プーチン氏を譲歩させる引き金になるはず。ウクライナ市民の犠牲をこれ以上増やさないためには戦争の原因に目をこらし、一日、いや一時間でも早い停戦を実現するしかない。『反プーチン』に熱狂しているヒマはない」と語っている。

また、伊勢崎氏はツイッターで、以下のように指摘している。

「世論が熱狂している時には難しいことだが、紛争の当事者の片方だけを『悪魔化』するメディアは穿った目で見ることが必要」。

「9条主義があるとしたら、僕はそれを、国家ではなくそこで暮らす人々に思いを寄せる市民であろうとする日本の意思であると思っていた。どんな不条理な悪魔が始めた戦争でも、まずその停戦、つまり対話の実現を使命にする意思だと。苦しむ市民を一人でも救うことを考えて。でもそうではないようだ」。

ゼレンスキー氏の国会演説についても、こう答えた。

「僕は、見ていない。所詮、国際人道法上の紛争当事者の片方なので、取り立てて時間をとって見る必要はないと思ったからだ。文字になっているものを見ると、やはり『復興支援よろしくね、日本』になっている。戦争はいつか復興期に入るが、これで当事者になった日本には、欧米と同様、莫大な資金提供の義務が生まれた。スタンディングオベーションした与野党議員は、これをどれだけ意識しているのか。もちろん、犠牲となった市民への支援を日本が積極的にやるのは賛成だが」。

「日本のメディアが、というわけでなく、世界のメディアが一方的になってしまっている。英国のBBCもだ。さすがアルジャジーラだけは、ウクライナの陰で忘れ去られた戦争の被害を、やっとこの頃だが、時間を割くようになってきた。僕自身は、地上波テレビと新聞の電話取材は、すべて断っている。無辜の市民の犠牲を思うと、じっくり話す機会を提供してくれるメディアだけに協力しようと思う」。

伊勢崎氏は和田春樹東京大学名誉教授らの「憂慮する日本の歴史家の会」の声明を全面的に支援している。声明は日本・中国・インドの各国政府に、ウクライナ戦争の公正な仲裁者となるように要請している。日本の人民は、ロシアとウクライナ両国に停戦・和平を求めたい。

(月刊「紙の爆弾」2022年5月号より)

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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