【特集】ウクライナ危機の本質と背景

【対談】 天木直人(元駐レバノン大使)×木村三浩(一水会代表): ウクライナ危機の今こそ「新大アジア主義」が必要だ

紙の爆弾編集部

・耳鼻塚の鎮魂の重要性

天木:差別意識や歴史認識問題は、それを最初にとり上げれば物事が進まないことはわかります。だから私は、過去の誤りを犠牲者の鎮魂を通じて克服することの重要性に気づいたのです。

今から400年ほど前に豊臣秀吉が朝鮮出兵した時、戦国武将に命じて朝鮮人の耳や鼻を削ぎ落し、それを戦利品として持ち帰らせたことがありました。その耳や鼻が埋葬されている、いわゆる耳鼻塚が京都市に現存しています。そして朝鮮半島の人たちは当然ながら毎年供養をしているのに、日本人の多くはその存在すら知りません。

私は日本人こそ率先して供養すべきだと思い、木村さんにもその仲間に入ってもらいました。愛国者の木村さんが協力してくれたことは、韓国や北朝鮮の人たちにも喜ばれました。魂の鎮魂に反対する人はいません。私は今後とも、国家の犠牲になった魂の鎮魂を通じてアジアの和解ができると考えています。そこから大アジア主義を作っていけばいいと思っています。

木村:鎮魂に反対する者はいないというのはその通りですね。本来、耳鼻塚の供養も、関東大震災で殺害された朝鮮人の慰霊も同じであるはずです。大東亜戦争に至るまでの日中韓の英霊や民間犠牲者についても、合同で慰霊祭を行なえるようすでに訴えてきました。そんな環境をこれから作っていくべきです。

・対米従属の元をつくった吉田茂神話からの脱却

天木:これも最近知ったものですが、『吉田茂という病』(杉原誠四郎・波多野澄雄共著、自由社)という本があります。いわゆる「軽武装」によって経済復興を優先した功績を称えられる吉田茂こそ、戦後の対米従属をつくった元凶であり、吉田神話から脱却しない限り日本は正しく対米自立できないということを訴えた本です。言われてみればその通りだという気がしてきました。

調べてみれば、吉田茂はマッカーサー占領時に日本外交を独占していたことがわかります。片山哲・芦田均という二つの政権がありましたがいずれも短命で、その背景には吉田茂がマッカーサーと一緒に両政権を潰した形跡があります。そして吉田は常に首相と外相を兼任し続けました。これは異常です。最後に外相に据えた岡崎勝男も子分の外務官僚でした。つまり、吉田はマッカーサーの言うまま憲法九条を受け入れ、講和条約と引き換えに日米安保条約に署名した。それらのほとんどが密約同然だったことが、のちに次々と発覚しました。

その吉田は1967年に亡くなるまで、外務省の神様のような存在でした。同省が組織ぐるみで対米従属である理由がよくわかります。だから、日本はまずこの吉田神話から脱却しなければならないのです。

木村:現在まで続く在日米軍特権も、その原点は吉田が受け入れた講和+日米安保締結の方式にありますね。「講和後も日本のどこでも、必要な期間、必要なだけの軍隊を置く権利を確保し日本を実質的に支配下に置き続ける」という米国参謀本部の要求を、国務省顧問・ダレスの対日政策の下で受け入れたのが吉田です。講和後も日本を実質的に占領し続けるこの要求は、本来ならば連合国=国連憲章にも、ポツダム宣言(12条・責任ある日本政府樹立後、連合軍は直ちに撤収せらるべし)にすらも反する行為でした。しかしダレスは、最初から困難だとわかっていた日本への「再軍備要求」を引っ込め、その譲歩と引き換えにするという見せかけの下で、米国の「基地権」を受け入れさせる形でこの全土基地方式を日本に呑ませたのです。

講和時の首相である吉田は「負けっぷりをよくする」と言いながら、このダレスの交渉戦術を理解し、「抱き着き従属」をしていった。それが、新旧安保や日米行政協定から日米地位協定、合同委員会などの密約で、戦後日本の米国占領体制の継続を決定づけてしまった。こうした経緯を見ても、吉田神話なるものはどこまでいっても単なる虚像でしかないとわかります。

国防は米国に委ね、日本は属国のまま経済最優先、という戦後長らく続いてきた状況を作った吉田ドクトリンも、この占領体制の継続と表裏一体です。それが吉田神話として讃えられているのは、もうナンセンスでしょう。

いわゆる「タカ派」の議論もこの神話を前提としており、なおかつ安全保障も強化する方向に切り替えています。この親米保守路線は結局「日米同盟」強化という米国の占領政策に乗っかった吉田路線内部での微修正にすぎず、戦後レジームの固定強化にほかなりません。

日本の自主独立のためには、先に述べたような実態を覆い隠す吉田神話を解体し、否定したうえで自主国防路線に切り替える形でなければ、本当に独立を達成したとはいえません。

・対米自立を実現する日本の政治はどうあるべきか

天木:最後に、対米自立を実現するためのあるべき政治についてお話ししたいと思います。戦後日本の政治は、一貫して保守自民党の政権に対する左翼政党の対立という、いわゆる55年体制で続いてきました。

その最大の特徴は、憲法九条をめぐる「護憲か改憲か」という論争が、対米従属に一定の歯止めをかけていたところです。しかし、政権交代をしても対米従属は変わりませんでした。そして、今回のロシアによるウクライナ侵攻によって、もはや憲法9条は役に立たない、改憲するしかないという流れが作られつつあります。そうすると、ますます日米同盟しかなくなります。そして日米同盟を最優先する限り、対米従属から抜け出せません。

私は対米従属から自立できる切り札こそ、新大アジア主義だと思うのです。日米同盟最優先を主張する政党と、そうではなくアジアの連帯こそ日本の安全と国益を守る最善策だと主張する政党が政権を競い合う。日本の今後の政治はそういう二大政党がせめぎ合う政治になればいいと思うのです。

木村:幅広い自主外交、自主国防を目指す政治勢力が必要です。それも、自民党などの保守を標榜する政党の中から、対米自立を主張し、実現できる憂国の政治家が出てこなければなりません。以前の中選挙区制時代は、自民党でも宏池会や経世会など、多くの派閥の下で外交についても多様な考え方がありました。従米一辺倒だけではなく、自主外交を志向する政治家が一定程度はいました。

たとえば田中角栄は50年前に日中国交正常化を行なったほか、米国を経由しないアラブ諸国との資源外交を展開しました。また、2月に亡くなった石原慎太郎氏は日米構造協議のような米国の対日経済要求に対し、対等の立場で交渉すること、日本からも米国に様々な要求をすることなどを旧青嵐会グループの中心として主張しました。彼は都知事時代にも横田空域返還を目指し、一部返還は実現させています。日米地位協定改定をはじめ、このような対米自立の政策を掲げる政治家の結集は、是非とも実現させるべきです。

しかし現在の小選挙区制の下では、多くの議員がサラリーマン化してしまっており、自民党では対米従属派が主流を占める執行部の力ばかりが強い状況が続いています。その中で、対米自立派が力をつけて現状を打破するためには、それを悪化させた政治構造も含めて、日本の政治・経済・社会に対する全体的な「対米自立・新大アジア主義」という問題提起が必要になってくるのでしょう。

天木:答えが一致したところで今回の対談を終えたいと思います。

(月刊「紙の爆弾」2022年5月号より)

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