【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

改めて検証するウクライナ問題の本質: Ⅸ 忍び寄る戦術核兵器の脅威(その3)

成澤宗男

ロシアと中国を敵とした米『国家防衛戦略』

そうした米国の対ロシア政策の背後を探る上で、トランプ前政権が同条約からの離脱意向を表明した9カ月前の18年1月18日に国防総省が要約版のみを公表した『国家防衛戦略』(National Defense Strategy)を見過ごすことはできない。そこには01年の「9・11事件」以降、「対テロ戦争」と称して主要な敵と位置付けた非国家の「テロリスト」に代わり、中国とロシアが以下のように名指しされている。

「米国の繁栄と安全保障に対する主要な課題は、(同政権が17年12月18日に公表した)『国家安全保障戦略』が修正主義国家(Revisionist Powers)と定義づけたような長期的で、戦略的な競争(competition)の再出現である。中国とロシアは、自身の権威主義的モデルに一致した世界を形成したいと願っているのは明らかであり、他国の経済や外交、安全保障上の拒否権を得つつある」(注7)。

そしてこのままでは「米国が中国とロシアに対する優越性を急速に失うだろう」と危機感を露わにしているが、ここでの問題は「軍事当局者が“競争”を語る場合、実際には敵のことを指しているのであって、打ち負かすか、殺されるかの関係なのだ」(注8)という認識に立っている点だろう。現在までの戦争も辞さないような中露に対する米国の瀬戸際政策は、もはやINF全廃条約が障害となるレベルにまで高まっているようだ。

だがロシアは最後までINF全廃条約の存続を強く求め、それを米国に拒否されると、プーチン大統領は20年10月26日、9M729は同条約に違反していないと改めて強調しつつ、「NATOが同条約に違反するようなミサイルを欧州に配備しない限り、ロシアも(ウラル山脈以西のロシアに)配備しない」という「モラトリアム」を打ち出した。(注9)米国がこれにも無視で答えると、ロシア側は21年末になって以下のように新たな対応を迫られていく。

「ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官は、ロシアのノーボスチ通信(RIA)との12月13日のインタビューで、NATOがミサイル配備のエスカレーションを防ぐための協力を拒否すれば、モスクワは何らかの措置を取らざるを得ないだろうと述べた。……リャブコフは、NATOが中距離ミサイル配備に動き出した『間接的な兆候がある』とし、冷戦の期間に核搭載パーシングⅡミサイルを運用していた第56砲兵司令部の再編成もそうした兆候に含まれると語った」(注10)。

 

なぜ再び核戦争の脅威なのか

この「何らかの措置」が具体的に何を指すのか、リャブコフ外務次官は説明していない。だが、ロシアが「ダーク・イーグル」の対抗手段として、中距離核ミサイルを配備する可能性が出てきた。

「米軍による中距離ミサイルの欧州再配備は、核兵器競争の可能性をもたらした。その主な理由は、このミサイルを向けられたロシアが、ミサイルに核弾頭が装填されているか否かを判断する能力がないからなのだ。そのような『ダーク・イーグル』の曖昧性は、飛来してきたらロシア側には核の搭載が識別不能となり、不用意なエスカレートを引き起こすジレンマをもたらす。最近、ロシア軍の機関紙『赤い星』がこの核・非核両用ミサイルのジレンマに言及し、物議をかもした。『ロシアは自国に向けられたすべての弾道ミサイルを核攻撃と見なし、核による報復を正当化する』としたからだ」(注11)。

Missile, Rocket with a warhead pointing at the blue sky in sunlight. Close-up.

 

もともとINF全廃条約が対象ミサイルに核・非核を一律適用したのは、有事で相手国のミサイルの弾頭タイプを識別する能力など米国もロシアも有しようがないためだった。リャブコフ外務次官の「何らかの措置」とはおそらくロシアの核報復能力の強化を指し、当面はウクライナ戦争で多用されている海上発射型カリブル巡航ミサイル(射程距離:1500~2000㎞)とイスカンダル地対地ミサイル(同400~500㎞)の核弾頭装填型への転換が考えられる。

米国も今後、精密攻撃を売り物にする「ダーク・イーグル」を通常弾頭のままにしておく保証もなく、ロシア側の対応によっては公然と核ミサイルの配備を推進するだろう。このまま「ダーク・イーグル」が欧州に配備されると、ウクライナ戦争の進展如何によっては、破滅的な戦術核の応酬というかつての悪夢が現実に近づきかねない。

このように、「INF全廃条約の破棄と(「ダーク・イーグル」のような)中距離ミサイルの復活がロシアの安全保障を脅かして、その意思決定に影響を与えるものとなったのは間違いない以上、NATOの拡大がロシアのウクライナに対する行動の主要な要因となっているが、中距離ミサイルの配備復活もまた、米国が配慮するべき要因であった」(注12)のも事実なのだ。

結果的にロシアが、米国の何も「配慮」などしない一連の動きを攻撃の兆候と受け止め、かつての対独戦で「十分対応する準備」がないまま大打撃を受けた「失敗を2度は繰り返さない」(侵攻当日の2月24日のプーチン演説)との決意に駆られて「侵略に備えた先制的な対応」に打って出たという面は否定できない。そして、それを多くのマスメディアが指弾するロシアのプーチン大統領の「理性の欠如」の現れとして片付けるのも無理がある。少なくともロシアの懸念には、十分な合理性があったのではないか。

(注1)「US to arm nuclear unit in Germany with 4,000mph ‘Dark Eagle’ hypersonic missiles to ‘blitz Moscow in 21 MINS’」(URL: https://www.thesun.co.uk/news/16695568/us-nuclear-germany-eagle-hypersonic-missiles-moscow/).
(注2)「Army Revives Cold War Nuclear Missile Unit To Deploy New Long-Range Weapons In Europe」
(URL: https://www.thedrive.com/the-war-zone/43051/army-revives-cold-war-nuclear-missile-unit-to-deploy-new-long-range-weapons-in-europe).
(注3)Congressional Research Service January 2,2020 「U.S. Withdrawal from the INF Treaty: What’s Next?」(URL: https://sgp.fas.org/crs/nuke/IF11051.pdf)。
(注4)注3と同。
(注5)May 21, 2019「Leveling the Playing Field: Reintroducing U.S. Theater-Range Missiles in a Post-INF World」 (URL: https://csbaonline.org/research/publications/leveling-the-playing-field-reintroducing-us-theater-range-missiles-in-a-post-INF-world/publication/1).
(注6)February 12, 2019「DGCAP POLICY BRIEF「DETERRENCE AND ARMS CONTROL」(URL:
https://dgap.org/en/research/publications/deterrence-and-arms-control).
(注7)「Summary of the National Defense Strategy of the United States of America: Sharpening the American Military’s Competitive Edge」(URL: https://dod.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf).
(注8)January 26,2016「Trump Officially Restores The Cold War」(URL: https://www.globalresearch.ca/trump-officially-restores-the-cold-war/5627320).
(注9)November 2020「Russia Expands Proposal for Moratorium on INF-Range Missiles」(URL: https://www.armscontrol.org/act/2020-11/news-briefs/russia-expands-proposal-moratorium-inf-range-missiles).
(注10)December 13,2021「Russia says it may be forced to deploy INF in Europe」(URL: https://www.aljazeera.com/news/2021/12/13/russia-says-it-may-be-forced-to-deploy-inf-in-europe
(注11)January 28, 2022「WHY INTERMEDIATE-RANGE MISSILES ARE A FOCAL POINT IN THE UKRAINE CRISIS」(URL: https://warontherocks.com/2022/01/why-intermediate-range-missiles-are-a-focal-point-in-the-ukraine-crisis/
(注12)注11と同。

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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