【連載】人権破壊メカニズム“知られざる核戦争”(矢ヶ﨑克馬)

第3回 小児甲状腺がんは放射線被曝による(下):「科学的」と称するデータ処理で真逆の結果を導くことができる―原子力ムラ「専門家」を使った権力の歴史ねつ造を許してはならない―

矢ヶ﨑克馬

図10に福島県民健康調査検討委員会の汚染毎の4区分の検査実施時期を示す。図中の数値は図8の実施群の番号である。

図10 福島県民健康調査検討委員会の推計被曝線量毎の4区分の検査実施時期。同じ実施時期の自治体が異なる汚染群に分散している。

 

福島県民健康調査検討委員会のデータ整理は外部線量の異なる4つの群に分けたのであるが、それぞれに経過時間も人口も異なる市町村を含み、その平均値を取るという操作により、「経過時間に依存する」基準を破壊している。汚染量と経過時間という個別に独立に扱うべき物理量を混在させて平準化してしまったのである。その結果彼らのデータ整理では4区域の有病率が被曝線量に比例しないことになる。

図11は県民健康調査検討委員会による推定甲状腺吸収線量を基にした4区分の測定時期の分布を示している。仮に有病者率が吸収線量強度のみに依存する場合はこれが適切な区分になるであろう。

しかし、経過時間に依存するファクターがあるのならば、この整理方法は非科学的となる。測定時期の区分は同一吸収線量区分内で大きく分布しており、有病率が経過時間と吸収線量に比例することを考慮した際、経過時間に対する依存性は全く破壊されてしまう。4区分への類型化はこの様に科学性を破壊するものである。

科学方法論として確認すべきことは,自治体区分毎にデータが出たならば、その個々のデータ処理を最優先すべきである。それを為さずに恣意的な区分を最初から導入することは科学性(因果性)を破壊することに通ずる。むしろ依存関係が明瞭にある事項を「依存関係が無い」とするために意図的に用いられる手段であると言える。

図11 推定甲状腺吸収線量区分内の経過時間(測定時期)分布。経過時間は図8に示されている。

 

福島県民健康調査検討委員会は、汚染度を反映した地域に対して明瞭に依存関係を示した2巡目のデータ(図6)に付いて、指標を「UNSCEAR推定による甲状腺被曝線量」に置き換えて、「原発事故に関係ない」という結論を導いた。同じデータでも科学的原則に忠実でない「データ整理」は事実認識を誤らせるのである。

上述の第13回甲状腺検査評価部会(2019年6月3日)の結論の導き方は甲状腺がんが「原発事故と関係ない」と見えるような見せかけの依存関係を作ることを目的としていると判断されても仕方のない「科学操作」をしている。

なお、潜伏期間に付いてはこの場合「最短潜伏期間」を考慮すべきであり、米国の疾病予防センタ―(CDC)は包括的レビューを行い、「小児甲状腺がんの最短潜伏期間は1年」と結論を下している6)⑥。福島県による1巡目の調査については、強汚染地域(9.5ヶ月~11ヶ月)はほぼこの条件に匹敵する期間であり、他の地域はこの条件を満たしている6)③。

地域ごとの有病率を人口と経過時間で基準化することで地域の被曝線量との間に正の相関が確認された。予想される合理的な結果である。即ち、小児甲状腺がんは事故による放射線被曝に原因する。

・終わりに

国際原子力ロビーIAEAのシンポジウム「チェルノブイリ事故後10年18)(1996)」に於いて、「通常、人々は日常生活の中でリスクを受け入れる準備ができている。 彼らはそのような状況の中で専門家を信じており、当局の正当性に疑問を投げかけていない。」(p.519, Topical Session 6: Social, economic, institutional and political impact, in CONCLUSIONS AND RECOMMENDATIONS OF THE TECHNICAL SYMPOSIUM)

さらに、「被曝を軽減してきた古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が永久的に汚染された地域に住み続けることを前提に、心理学的な状況にも責任を持つ、新しい枠組みを作り上げねばならない」(p.546, CONSEQUENCES OF THE ACCIDENT FOR THE FIELD OF RADIATION PROTECTION, in KEYNOTE CLOSING STATEMENT)と述べている(矢ヶ﨑克馬「放射線被曝の隠蔽と科学」緑風出版、2021)。

ここに述べられている「高汚染地に住み続けさせる」方針が「ICRP勧告2007」に於いて具体化され、そのまま福島原発事故に適用された。日本は既に市民に対しては「年間1mSv以上の被曝を与えないことを法律で約束している。

歴史的意味合いに於いて特記すべきは、その法律をそのままにして、しかも国会などでの議論は何も無しに、20mSvの基準が適用され、帰還困難地区は50mSv/年以上とされたのである。強制的避難の基準だけで無く、一切合切が年間20mSvの基準で行われた。

汚染状況を市民に率直に伝えられることは無く、SPEEDIは隠された。パニックを恐れるとして安定ヨウ素剤さえ処方されなかった。政府、東電関係者、福島医科大学及び病院関係者には全員処方されたのにも拘わらず、市民は対象外とされたのである。

上記した「通常、人々は日常生活の中でリスクを受け入れる準備ができている。 彼らはそのような状況の中で専門家を信じており、当局の正当性に疑問を投げかけていない」という、基本的人権を全く破壊する住民の愚民視は、日本政府、福島県の行政権力により福島で具体化した。

また「住民が永久的に汚染された地域に住み続けることを前提に、心理学的な状況にも責任を持つ、新しい枠組みを作り上げねばならない」は、行政権力は山下俊一等に大嘘をつかせるという「心理学状況」を作り出し、「被曝状況と健康に関するデータを取らないこと」が真実を闇に葬り去ることの基本操作とされた。

福島県知事が「市民に不安を与える」として弘前大学の甲状腺被曝線量の精密検査の実施を阻止していることは、彼らの意図が表面に具体的に現れたホンの断片に過ぎない。

加えて、原子力ムラの「専門家」に、「小児甲状腺がんが放射線被曝によるものではないことを如何にして科学的に導出できるか」という完璧に反科学である科学上の犯罪行為を行わせている。原子力ムラの専門家等は「科学者ではあり得ない国家下僕」であり、侵略戦争下の「731部隊」の行為に匹敵する人道に反する行為を行ったのである。

事実を正反対に書き換える「科学的ねつ造」が上述のごとくフクシマで繰り返された。原爆の内部被曝を無いことにして組み立てられた「被爆者援護法」を合理化するために科学的に粉飾した「DS86」 第6章のように9)。

日本政府及び福島県の放射線被曝に関する人権無視は即刻改められなくてはならない。と同時に我々「国の主人公」として本来は基本的人権/生存権により守られねばならかった市民は、このことをどのように受け止めるのか? この国の人権状況を子や孫に伝えるのは主人公としての市民しかいないのである。

事実をありのままに認識することは民主主義の土台である。

司法は事実をありのままに認識する先頭に立たねばならない。

〈参考文献〉

1) ウクライナ緊急事態省:「チェルノブイリ事故から25年:将来へ向けた安全性」、2011年ウクライナ国家報告2016(京都大学原子炉実験所翻訳)
2) A.V.ヤブロコフ等:「チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店、2013)
3) ①http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/20120913_2.pdf
②福島原発事故の真実と放射能健康被害「SPEEDI甲状腺被曝調査の致命的ミスを今、暴露する!実測結果まとめ」https://www.sting-wl.com/speedi100msv.html
③Cardis etal.:Risk of thyroid cancer after exposure to 131I in childhood. J Natl Cancer Inst 97:724-732 (RS)(2006)JNCI Journal of the National Cancer Institute 98(8)
④Likhtarev et al.:Health Phys 1995 Oct;69(4):590
⑤山下俊一等: Lancet 2001 Dec 8;358(9297):1965-6. doi: 10.1016/S0140-6736(01)06971-9. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11747925/
⑥Tronko MD et al.: Thyroid carcinoma in children and adolescents in Ukraine after the Chernobyl nuclear accident: statistical data and clinicomorphologic characteristics. Cancer. 1999 Jul 1;86(1):149-56.
⑦環境省「甲状腺線量の比較」https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h28kisoshiryo/h28kiso-03-06-26.html
⑧原子力安全委員会事務局:小児甲状腺被ばく調査に関する経緯について(2012年9月13日)https://www.iwanami.co.jp/kagaku/20120913_2.pdf
⑨第24回県民健康調査検討委員会 福島調査・甲状腺がん疑い2巡目だけで59人〜計174人 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2059
4) ①山下俊一:「福島県における小児甲状腺超音波検査について」首相官邸 https://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g62.html
②UNSCEAR:2020報告書
5)①2019年6月3日、第13回甲状腺検査評価部会 資料1-2 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/311587.pdf
②2019年7 月 8 日:第35回検討委員会:「甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に対する部会まとめ」
③朝日新聞(2021年3月9日)https://www.asahi.com/articles/ASP395JSWP37UGTB00H.html
④濱岡豊:福島甲状腺検査の問題点 学術の動向2020/3、p34~
6) ①Tsuda et al.:Epidemiology 27 316-(2016)、津田俊秀ら:甲状腺がんデータの分析結果、科学87(2) p.124(2017)
②松崎道幸:「福島の検診発見小児甲状腺がんの 男女比(性比)は チェルノブイリ型・放射線被ばく型に近い」
③豊福正人:「「自然発生」ではあり得ない~放射線量と甲状腺がん有病率との強い相関関係~」
https://drive.google.com/file/d/0B230m7BPwNCyMjlmdTVOdThtbEE/view
④矢ヶ﨑克馬:「甲状腺がんースクリーニング効果ではない」https://www.sting-wl.com/category/ 福島原発事故と小児甲状腺がん
⑤矢ヶ﨑克馬:「多発している小児甲状腺がんの男女比について」
https://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma21.html
⑥“Minimum Latency & Types or Categories of Cancer” John Howard, M.D. Administrator World  Trade Center Health Program, 9.11 Monitoring and Treatment, Revision: May 1, 2013. http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf 
7)①USSR State Committee, “The Accident at the Chernobyl Nuclear Power Plant and Its Consequences”, August 1986. ―A.
②Stohl et al.: “Atmos. Chem. Phys. Discuss.”, 11, 28319 (2011)、
③UNSCEAR (国連科学委員会) 2013 年報告書
8)ONE DECADE AFTER CHERNOBYL(1996, Vienna)
9)矢ヶ﨑克馬;隠された被曝(新日本出版、2010年)

 

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矢ヶ﨑克馬 矢ヶ﨑克馬

1943年出生、長野県松本育ち。祖国復帰運動に感銘を受け「教育研究の基盤整備で協力できるかもしれない」と琉球大学に職を求めた(1974年)。専門は物性物理学。連れ合いの沖本八重美は広島原爆の「胎内被爆者」であり、「一人一人が大切にされる社会」を目指して生涯奮闘したが、「NO MORE被爆者」が原点。沖本の生き様に共鳴し2003年以来「原爆症認定集団訴訟」支援等の放射線被曝分野の調査研究に当る。著書に「放射線被曝の隠蔽と科学」(緑風出版、2021)等。

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