【特集】ウクライナ危機の本質と背景

偽史倭人伝㊵:絶滅戦争の作り方 ―あるいは「キャンセルカルチャー」時代の皆殺しの論理と倫理―

佐藤雅彦

◆◆絶滅戦争の作り方◆◆

かくしてランド研究所の“戦争指南書”のとおり、ロシアから先に手を出すかたちで、戦争が始まった。アメリカ政府の“煽動教唆(サジェスチョン)”にまんまと乗せられて強敵を挑発し、戦争を招き寄せてしまった事例は数多(あまた)ある。あえて言うなら、1950年6月に勃発した朝鮮戦争は、米国トルーマン政権が、「韓国は米国の防衛範囲外」だと言明して北朝鮮に「韓国を侵略しても黙認する」という誤った示唆を与えてしまった結果であった。

1990年8月に勃発した「湾岸危機」は、イギリス政府がクウェート政府に対して「イラクへの挑発」を教唆し、一方で米国政府がイラク政府に対して「イラクがクウェートを襲っても米国は関与しない」と教唆したことが、そもそものキッカケであった。今回も、ランド報告書のシナリオどおりに、ウクライナに“挑発役”をやらせて、ロシアに手を出させた……というわけだ。

「ロシア・ウクライナ戦争」がとりわけ深刻なのは、強力なケンカの仲介役がいないことである。米国バイデン政権は最初から、ウクライナをけしかけて戦争を激化させるばかりである。EUも、それに加盟する“欧州の列強”も、積極的な仲介に出ようとはしない。これは少なくとも第二次世界大戦以降の世界じゅうの国際紛争と様子が異なる。

仲介役がいない戦争はどうなるのか? どちらかが完敗して白旗を揚げるまで、戦争は続くことになる。ロシアは第二次世界大戦当時、レニングラード市(現在はサンクト・ペテルブルク市)をナチスドイツ軍に2年5ヶ月(1941年9月初頭~44年1月末)ものあいだ攻囲され、およそ100万人の市民が餓死に追い込まれたが、ソ連が自力でドイツ軍を追い払い、レニングラードを解放した歴史がある。ちなみに第二次世界大戦によるソ連の犠牲者の数は、軍人が870~1350万人、一般市民が1000~1500万人、合計で1800~2800万人と、他の参戦国よりも桁違いに多い。

日本は軍民あわせての戦没者が240~310万人だから、その6~10倍は戦争で死んでいる。こういう国を挑発すること自体が無茶で無謀なのだが、結局、ロシアとウクライナの戦争が始まってしまい、日本も含めて他の少なからぬ国々がウクライナの側について、黄色い声援を送ったり、せいぜい武器や軍需物資を送りつけたりして現地の一般国民に戦わせるばかりで、遠方から“歌舞伎芝居”を観劇しているのである。我々はすでに1944年「ワルシャワ蜂起」の悲惨な帰結を知っている。それを繰り返してどうしようというのか?

仲介役のいない戦争は、どちらかが斃(たお)れるまで際限なく殺し合う「絶滅戦争」になってしまう。そして「絶滅戦争」は、ひとたび交戦状態が終わっても、火種(ひだね)を残したまま、事実上、半永久的に続く恐れがある。

そんな「絶滅戦争」を“作り出す”には、定石……というか、常習的な手口があるので、ここに記しておきたい。

【1】「人民の敵ナンバーワン」をデッチ上げて、国民の憎悪感情を煽動する。
これはジョージ・オーウェルの近未来ディストピア小説『1984』に描かれた典型的な手口である。オーウェルはソ連の自称“共産主義”官僚制社会の“牢獄”のような実態を意識しながら、それを告発する決意で『1984』を書いたのだが、「国民の敵」を国内(ウチ)なり国外(ソト)にデッチ上げて国民の憎悪感情を煽動する政策は、アメリカやイギリスのような自称“自由社会”でも堂々と行なわれた。

第一次世界大戦当時、イギリス政府は国民のドイツに対する憎悪感情を煽るために「ドイツ軍は死者から脂を搾り取って石けんを作っている」という虚偽宣伝がばらまいたものだった。

【2】「人民の敵ナンバーワン」を、包摂(インクルード)できない“外界”へと排除(エクスクルード)する。
国際的な“村八分”を行なって、孤立化させるわけである。この孤立化で、生存の危機に直面した「敵国」は、とおからず「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」反撃に出るであろう。大日本帝国は“ABCD包囲網”によって経済的にもエネルギー資源の面でも孤立化に追い込まれ、「窮鼠」に変身し、アメリカやイギリスという「猫」に噛みついた。

【3】「正しい」御旗のもとへ国民を結集させて、「非妥協」の「祖国一丸」となった死闘を遂行すべく、国民を煽動する。
なにが「正しい」かが大問題なのだが、「正しい民族主義」とか「正しい理念的世界観(イデオロギー)」という大上段のご託宣が、ここで宣伝される。しかし大衆はそんなエセ宗教ではなかなか動かないので、残虐な「現実」をむりやり見せつけて――「惨殺」の現場やメロドラマのような“家族の悲劇”など――否応なく国民の感情を動揺させ、戦争に動員するわけだ。

【4】革命的敗北主義で国民を“洗脳”する
ヨーロッパを舞台に第一次世界大戦が始まった時、ヨーロッパ諸国の、それまでは威勢のいい左翼的言辞を吐いていた“社会民主主義者”たちが、いっせいに「祖国を守るための戦争に賛成!」と声を上げたので、レーニンはこれに激怒して「戦争を内乱に転化して革命を成就せよ!」と唱えた。つまり支配階級が牛耳る政府が、無産階級を徴兵して戦場に送り込んで戦争をやらせているのだから、下っ端の兵士たちは「敵国の兵士」ではなく、自国政府の支配者たちに銃口を向けよ、と説いたのである。

そんな国家を倒壊させて、革命を成就させて、資産を持たない下層労働者が支配する国家を建てよう、と説いた。兵士たちが自国の支配者に銃を向ければ、その国は「戦争」で「負ける」が、その結果、「戦争」の泥沼から抜け出して労働者国家を建設できる。この考え方を「革命的祖国敗北主義」といい、実際、ロシア帝国は1917年の革命を経て、ドイツに無条件降伏して講和した。……ところが「革命的敗北主義」は、これとは異なる考え方だ。

「祖国」の文字が抜けている。要するに、戦(いく)さに負けて、その怨(うら)み辛(つら)み、呪いを、「歴史に刻む」ことで、将来の革命への熱望を醸成しようという発想である。

フランスのようなヨーロッパ列強がよくやる手口であるが、政府は戦争になると外国の安全地帯に遁走(トンズラ)して、国に残された国民大衆に「レジスタンス戦争」を戦わせる。レジスタンスは不正規のゲリラ戦だから、大量の犠牲者が出ることを覚悟せねばならない。しかし膨大な犠牲者が出ても、その墓の前で「この仇(かたき)はきっととるぞ!」と涙ながらに叫べば、その“呪い”は歴史に固定されるわけだ。

こうして、“呪い”と“怨念”はいつまでも“民族”のなかに持続し、哲学者カントが唱えた「永久平和」の可能性は抹殺され、半永久的な戦争の種(たね)を未来に残すことになる……。

【5】以上の結果、「絶滅戦争」の土台は築かれる。

【1】~【4】の手口による「国民」大衆の意識操作で、「絶滅戦争」の用意は整った。この戦争は、ひとたび始まったら、仲介者がいないのだから、最後まで徹底的な殺し合いになる。そしてプロパガンダに乗せられた、情に脆(もろ)い「情報弱者」から先に、死んでゆくことになる。

記事の冒頭に近衛文麿首相とバイデン大統領の肖像を載せたのは、自(みづか)ら「絶滅戦争」を招き寄せ、戦争を弄(もてあそ)んだ代表格だからである。近衛文麿は、中華民国に対する侵略戦争であった「日支戦争」を、「暴虐な支那を討(う)ち懲(こ)らすべし」という意味の「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」というスローガンを打ち出して、日本軍の中国大陸での暴虐を煽り、この戦争が泥沼化するなかで、「今後、支那政府を相手にしない」と宣言して、自(みづか)ら解決の糸口を切り落とした。

バイデン大統領は最初からロシアを挑発する暴言を吐き、イラクやアフガニスタンその他で繰り返してきた「体制転覆」を仄(ほの)めかした。ボケ老人がランド報告書の中身を口外するようなものである……。欧米列強にとって「戦争」は今なお「政治の一形態」であり、外交ゲームなのであろう。だが「絶滅戦争」で犠牲になるのは、罪なき一般市民、それも特に老人や女性や子供のような社会的弱者なのである。

【参考文献】

①『永遠の平和のために』(イマニエル・カント著、丘沢静也(おかざわ・しずや)訳、講談社学術文庫、2022年)。

②『死体と戦争』(下川耿史(しもかわ・こうし)著、ちくま文庫、2004年)。

(月刊「紙の爆弾」2022年6月号より)

 

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佐藤雅彦 佐藤雅彦

筑波大学で喧嘩を学び、新聞記者や雑誌編集者を経て翻訳・ジャーナリズムに携わる。著書『もうひとつの憲法読本―新たな自由民権のために』等多数。

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