【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

官邸・メディア癒着の温床、「記者クラブ廃止」を総選挙の論点にせよ

浅野健一

・ぶら下がりで記者を威圧する蛇顔首相

官邸玄関ホールでの、内閣記者会の番記者によるぶら下がり取材も、終始、小野氏が仕切っている。

21年7月27日のぶら下がりでは、朝日新聞記者が「これだけ感染者が増え、宣言は出してもなかなか下げ止まらない。このまま五輪を続けて大丈夫か」と質問。菅氏は「皆さんのおかげさまで、人流は減少しているので、そうした心配はない」と答えた。

ここで小野氏が「ハイ、ありがとうござい…」と取材を終わらせようとしたが、西日本新聞の前田倫之記者が「黒い雨」訴訟について質問。続いて、TBSラジオの澤田大樹記者は「先ほど五輪は家で観てくださいと言ったが、感染も拡大している。その中で、五輪を中止する選択肢はないのか」と聞いた。菅氏は「人流も減っているし、そこはない」と言い放った。小野氏がすかさず、「はい、ありがとうございました」と告げて、菅氏は去った。

21年7月29日のぶら下がりでは、朝日新聞の森岡航平記者が「昨日は東京と全国で過去最多の感染者数が確認されたが、総理はなぜ、ぶら下がり取材に応じなかったのか」と質問。菅氏は「ぶら下がりは毎日対応することではない」と返答した。

北海道新聞記者の質問ののち、小野氏が「はい…」と告げて、取材を終了させようとしたが、澤田記者が「6月の参議院の決算委員会の際に、総理は、国民の生命と健康を守っていくのが五輪開催の前提だと発言したが、今の感染状況で、その前提はかなっているのか」と聞いた。菅氏は「前提の中で、最大限の努力をしている」と答えた。

澤田記者が「続けまして、TBSラジオの澤田です。昨日のアドバイザリーボードの中で、いつも65歳以上の感染者の数を…」と再質問を始めた。その途中で菅氏は小野氏の方を見て、「名前…」と口にした。小野氏が「名前を…」と金切り声で言うと、澤田氏は「名乗りました」と反論。菅氏は「あっ」とつぶやき、小野氏は「はい、わかりました」と言って引っ込んだ。菅・小野両氏は澤田氏を敵視しているようだ。

官邸HPの記者会見の文字記録では、きれいに編集されているが、菅氏は日本語に苦労している。

サンショ・ステーション→酸素ステーション。ジンローの抑制→人流の抑制。お盆休みの、そうしたミアイにあって→お盆休みの、そうした中にあって。ギョクリョク→極力。字幕がないとわからない時が多い。

・東京新聞が菅氏の同一文の書面回答で質問

菅氏は21年8月13日に、同年7月30日の記者会見で挙手していたのに質問できなかった記者(6社とフリー2人)の書面による質問に回答した。会見が終わって2週間後の回答で、遅すぎる。

東京新聞は質問の最後に、〈前回の記者会見後の書面質問では、本紙を含めて複数の社が違う質問をしたのに、同一の文面での回答がありました。今回は真摯な回答をお願いします〉と指摘している。

これは、菅氏が21年7月8日の記者会見後の各社の書面質問で、3社の質問に対し、同一の文面で回答したこと(前号参照)での要請だったが、菅氏はこれには何も答えなかった。秘書官ら官僚が書いているのだろうが、菅氏の回答は極めて不誠実だ。

菅氏は21年8月17日の会見で質問できなかった記者(7社)に対しては、今度は3日後の8月20日に書面回答した。

私は8月20日、官邸HPの「ご意見」サイトを使って、菅首相、富永健嗣官邸報道室長、小野広報官宛の取材依頼書を送った。

質問事項は、①小野広報官が会見で「1人1問」「自席からの発言は控えてください」と言わなくなったのはなぜか②閣議決定で「記者会の主催」と明記されている首相会見を、小野広報官が仕切っていることについて、改善をするつもりはないか③菅氏のぶら下がりで、小野氏がTBSラジオの澤田記者らに対して取材妨害をした件で謝罪をしたか④3人の記者への回答の文言が同一だったことに関する東京新聞の質問になぜ答えないのか⑤質問できなかった記者への書面回答までの時間が次第に長くなっているが、改善を考えているか⑥昨年4月からの会見の人数制限で、記者会加盟社から出ている改善要請について対応しているか―の6項目を聞いた。

首相官邸から21年8月23日午後、「首相官邸より」という件名で、「ご意見等を受領し、拝見しました」というメールが届いたが、8月25日までに回答はなかった。官邸報道室は2019年秋から私の取材を拒否している。

・安倍・菅政権の報道統制に報道界は反撃を

21年8月20日、内閣記者会(永田クラブ)幹事社(フジテレビ・産経新聞・北海道新聞)に質問書を送ったところ、フジテレビの鹿嶋記者から8月23日にメールで回答があった。私の質問と記者会の回答は以下のとおりだ。

―首相会見で、小野広報官が記者団に「1人1問」「自席からの発言は控えてください」と言わなくなったのは、記者会からの働きかけの結果か。
記者会:少なくとも内閣記者会幹事社としての働きかけは行なっておりません。
―記者会が主催する官邸会見を小野氏が仕切っていることについて、改善を求めるつもりはないか。
記者会:現在予定しておりませんが、加盟社から記者会見の運用などで改善の要望がありましたら、都度対応を協議していく所存です。
―官邸でのぶら下がりで、小野氏がTBSラジオの澤田記者に取材妨害した件で小野氏に抗議などをしているか。
記者会:内閣記者会としての抗議は行なっておりません。
―3人の記者への文書回答の文言が同一だったことについて、記者会として官邸側に要請などをしているか。
記者会:内閣記者会としての要請は行なっておりません。
―菅首相からの書面回答の時期が次第に長くなっていることに、官邸側に何か要請などしているか。
記者会:会見によってバラつきが見られますが、内閣記者会としての要請は行なっておりません。

内閣記者会が私の取材に対し、誠実に返答してくれることに感謝したい。ただ、官邸報道室がコロナ禍を口実に、20年4月から参加者を29人(記者会常勤幹事社19社各1人と記者会非常勤社・専門紙・雑誌・ネットメディア・外国メディア・フリーから抽選で10人)という人数制限を続けていることについて、記者会としての撤廃要求もできない現状は問題だ。

フリーとして資格登録されている11人は、2012年の民主党政権下で認められた人たちだけで、安倍・菅政権で認められたフリーは1人もいない。
菅氏と小野氏による記者会見での恣意的な指名、会見後の公務がないのに、1時間前後で強制終了することへの抗議もない。ぶら下がり対応の不誠実さについて抗議もしないのでは、官邸側は現状維持を続けるだけだろう。

日本の首相の記者会見が官僚の作った台本での「お芝居」(東京新聞・望月衣塑子記者)に成り下がっているのは、日本にしかないキシャクラブ(海外にあるpress clubとの混同を避けるためkisha kurabu、kisha clubと訳されるのでキシャクラブと表記)制度があるからだ。日本の民主化は、キシャクラブを解体し、海外と長野県庁(2002年)と鎌倉市役所(1997年)にある広報(メディア)センターを各官庁の記者室に設置するしかない。海外にある、すべてのジャーナリストで構成する記者協会が、記者室を使用・管理し会見を仕切るべきだ。

内閣記者会は正会員100社・347名、オブザーバー会員83社・176名を擁する日本最大のキシャクラブだ。首相の記者会見は、人民の知る権利を代表する記者と首相の真剣勝負の場だ。日本で最大のキシャクラブである内閣記者会を廃止することで国際標準の記者会見が実現する。

次の衆院選挙で、政権反対党がキシャクラブ廃止と広報センター設置をマニフェスト、統一スローガンに入れるべきだ。

キシャクラブ“殲滅”論のジャーナリスト・寺澤有氏は横浜市長選の候補者8人全員に「もし、あなたが横浜市長に当選したら、就任記者会見でフリーランスに質問させると確約しますか」という質問書を送っている。これについて選挙後、新市長の会見で改善の可能性があるかを聞くと、寺澤氏はこう答えた。

「(私の質問に)現職の林候補でさえ、『就任記者会見は記者会と新市長との共催で行なうと伺っております。共催である記者会のご了解が得られれば、フリーランスの記者の方にもご出席いただき、ご質問をしていただいても構わないと考えております』と回答したにもかかわらず、山中竹春候補は『就任記者会見においてフリーランスの記者の方にご出席いただくかについては、当選後に十分状況を把握して、対応について検討したいと思います』と回答した。つまり、山中新市長の記者会見でフリーランスは質問するどころか、出席すらできない可能性がある。記者会見・記者室の開放が後退することを危惧している」。

キシャクラブ問題では、「革新」党派系のメディア労組幹部・学者の多くが、キシャクラブ・記者室をきちんと定義せず、「記者クラブがあるからこそ権力監視ができる」「記者クラブは存置し、会見の開放などで改革すればいい」と主張している。

立民の議員の中にはキシャクラブ廃止論者もいるが、まだ少ない。1942年の大政翼賛体制下で現在の形になったキシャクラブ制度の弊害は、クラブから排除されているフリーランスや外国人記者以外にはわかりにくい。

安倍前首相でさえ20年4月の記者会見で、フリーの畠山理仁氏の質問に「記者クラブ問題はみなさんで議論を」と答えている。東京新聞の望月記者は安倍発言を受け、新聞労連などにキシャクラブ制度についての議論を呼び掛けた。

横浜市長選で共闘した「立民・共産・社民」は政権奪回後に、キシャクラブ制度、首相会見のあり方についてどう取り組むかを示してほしい。

(月刊「紙の爆弾」2021年10月号より)

 

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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