【特集】ウクライナ危機の本質と背景

第37回 権力者たちのバトルロイヤル:消失した「中国脅威論」

西本頑司

・ロシアの戦略

実は軍事力でも中国は「見かけ倒し」という疑念が強まった。

今回のウクライナ侵攻では、ロシア軍のお粗末さが西側メディアを賑わせている。一方で軍事官関係者の間では「わざと負けているのではないか」という分析が増えているという。

確かにロシア軍の被害は甚大だが、問題は、その被害が「NATOやEU諸国が提供した武器と義勇兵によって発生した」という点なのである。ロシアは、今回の戦争で1万人以上の兵士と数千億円分の軍事車両などを失った。当然、ロシアは、この戦争にNATOが介入すればためらうことなく戦術核兵器を使うだろうし、またプーチンならやりかねないと思わせている。結果、米軍やNATOは、武器供与以外の介入ができなくなった。

つまり米軍の介入を防ぐために、あえて自国の兵士を見殺しにした可能性があるのだ。

ロシアが“世界の敵”となったのは、この悪辣さからだとわかる。

では、習近平に同じ手段がとれるのか。かつての中国軍は「人海戦術」を得意とし、兵士の命が安い軍隊だった。その意味でロシアと似ていそうだが、それは過去の話となった。1990年以降、近代化した中国軍は「戦えない」軍隊となっているからである。いまや戦死者を出すことを自衛隊以上に畏れるようになっているのだ。

それが「小皇帝兵士」の存在である。

2015年に廃止されたものの、中国では長らく「一人っ子政策」が続けられてきた。その結果、現在の中国軍には「一人っ子兵士」が10万単位で数多く存在している。

共産主義で宗教を禁じられてきたとはいえ、伝統文化として「儒教」は色濃く残っている。日本なら永代供養を頼めば十分だが、中国の儒教では、直系の子孫が祖霊を直接、祭祀することを大切にする。それゆえに一人っ子は、「小皇帝」と呼ばれるほど両親と、両祖父母から溺愛される。

そんな兵士を「使い捨て」にすれば、どうなるのか。今の中国軍は、大量の戦死者が出るような大規模な軍事衝突はできまい。そう考えれば中国が空母を配備しているのも、派手な空母によって周辺国を軍事威圧するのが目的であって、武力行使に使う気はないと分析できるのだ。

今回、プーチンがとったとされる自国兵の見殺し戦術が米軍の封じ込めに有効としても、習近平はその選択ができない。結果、自軍の被害を抑えるためには台湾を徹底的に空爆して軍事拠点をすべて潰すしかなく、そんな暴挙を行なえば、当然、待っているのはロシア以上の経済制裁となる。

・経済制裁の効果

この経済制裁もまた、「中国は脅威ではない」という論調に拍車をかけた。

西側諸国がロシアを本気で“世界の敵”と認識した背景には、この経済制裁が効かない点にあった。

ウクライナ侵攻の制裁として西側諸国は、通貨ルーブルを国際取引から締め出し、実質「紙くず」にした。さらに精密機械や高品質商材の供給を打ち切り、その成果としてロシア国内の製造ラインが次々と止まったといった話題が繰り返し報じられてきた。

ところが、専門家の間では制裁は極めて限定的と分析されている。理由は難しくない。ロシアが制裁に強い経済構造をしていたからだ。

前号でも述べたが、ロシアは世界第二位のエネルギー資源大国であり、世界最大の生産量を誇る小麦は8600万トンに及び、うち半分を輸出してきた。世界一広大な国土からは必要な資源をほぼ賄える。たとえルーブルが紙くずになろうとも、ロシア産のエネルギー資源や食糧で現物取引ができるのだ。

ただでさえコロナ禍の影響で世界経済はダメージを受けてきた。世界経済がこれ以上、悪化していけば、当然、ロシア産の安い資源や食糧を求める国は増える。今後、ロシアは国際的プレゼンス(存在感)を逆に高める可能性もあるぐらいだろう。実際、ロシアからの小麦が途絶え、日本でも食材が高騰しているのだ。

すでにNATO加盟国であるハンガリーは、ロシアとのガス供給の継続を宣言、日本政府も火力発電所用のロシア産石炭の購入を続けている。ロシアへの経済制裁は、思ったほど効果を発揮していないことが理解できよう。

翻って中国はどうか。同レベルの経済制裁を受けた場合、その瞬間に中国経済はクラッシュするのではないか。中国は大量の資源を輸入し、「世界の工場」として製造した商品を世界中に販売する加工貿易型の経済だ。外需依存率が極めて高い以上、世界規模の経済制裁を受ければ、当然、中国経済は即死となろう。

なにより中国人は、ロシア人のように我慢強くない。もともと中国人は愛国心よりも「一族」を大切にする民族性が強い。経済がクラッシュするような政策を習近平が行なえば、間違いなく大規模な暴動が起きるか、国外の一族(華僑)を頼って国外脱出を図るだろうと予想されている。

また世界の工場といっても近隣のインドや東南アジアで代替できる。インドがクアッド(日米豪印首脳会合)に参加しているのも、この“世界の工場”の地位を中国から奪うためでもある。中国への経済制裁にインドは大喜びで参加しよう。

an image of national frag of QUAD coutries

 

その点からも「潰しようがないロシア」が浮き彫りになろう。

いずれにせよ、今回の戦争によって「中国は世界の敵ではない」ことが明らかになった。

これまで中国脅威論を振りかざし、煽っていたのは、いったい誰なのか。安倍晋三や軍需産業に利権を持つ連中ではなかったのか。

この事実が明らかになったことこそ、ろくでもない戦争における唯一の“救い”だろう。

(月刊「紙の爆弾」2022年7月号より)

 

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西本頑司 西本頑司

1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。

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