【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

知床観光船沈没事故の犠牲者めぐり「海保が公表」と捏造、マスコミ実名報道の犯罪

浅野健一

・海保の「匿名報道を希望」伝達を隠して実名報道

今回の事故でもメディアは海保に対し、犠牲者の氏名の「公表」(実際はキシャクラブ限定の広報)を求めた。海保などが犠牲者の氏名などを広報した際、「匿名を強く希望している」と付言しているのに実名報道した。ほとんどの遺族は実名報道を拒否している。公人は例外だが、遺族の意向を無視して実名報道を強行するのは犯罪である。

以下は、私が5月17日に、斉藤国交相、国交省通事故被害者支援室長、坂巻審議官に出した質問事項と支援室からの回答(5月24日付)である。

―本事故に関し、海上保安庁が広報対象とした記者クラブは。
「国土交通省記者会、海上保安庁記者クラブ及び小樽海事記者クラブです」。

―海保は犠牲者について、氏名・年齢・住所・顔写真・横顔をどう広報したか。行方不明者の氏名などは。
「海保は原則として前記記者クラブに加盟する報道機関の記者に対して、氏名・年齢・住所(市町村まで)を記載した文書を、読み上げたうえで配布しております。現在行方不明となっている乗船客の氏名等について国交省及び海保から公表した事実はありません」。

―報道各社は身元が分かった十四人の犠牲者に関し、「海保が氏名を公表した」として実名などを報道している。しかし、実態は、記者クラブに対し極めて限定的に、氏名を広報(開示・伝達)しただけではないか。
「原則として前記記者クラブに加盟する報道機関の記者に限り、死亡が確認された方の実名等を発表しています。その他の方にはお伝えしておりません」。

―海保が犠牲者の実名を広報する際、犠牲者一人一人の直近の家族に、実名報道を望むか、取材を受けるかなどの確認作業をしているのではないか。
「本件事故において死亡が確認された方のご家族に対して、報道機関に実名等を発表することについて口頭でご説明し、ご了解を頂いているところです。ご説明に際して、報道機関への公表は承諾するものの、匿名で報道することを希望された方については、海保から報道機関に対して『匿名で報道することを(強く)希望している』旨伝達しております。なお、被害者のご家族には報道機関に実名等を発表する直前に再度ご意向を伺い、ご了解いただけた方についてのみ発表しております」。

―報道各社が「海保が犠牲者の実名を公表した」と報じ、犠牲者の家族の多くが匿名を強く要望していることを、読者・視聴者に全く伝えないのは不正確な報道だと思うが、国交省は報道機関へ抗議しているか。
「実名報道について報道機関に対して抗議をした事実はございません」。

―斉藤大臣が報道陣の取材に応じ「(家族から)強い要請があった」と明らかにしたが、家族からの要望内容は。
「24日現地における対応について、『早く(家族を)見つけて欲しい』、『捜索状況を教えて欲しい』旨の要請があり、その後、報道機関にも同様の旨をお伝えしました。海保では、本件事故に関わらず広く国民のご意見等を伺っているところですが、今までのところ当庁の広報やマスメディア報道について、ご意見やクレームは頂いておりません」。

私は朝日新聞・北海道新聞・NHKに対し、「海保が氏名公表」は事実か、犠牲者の家族の了解を得て実名や顔写真を掲載しているかなどの質問書を出した。朝日新聞広報部は25日、「取材の経緯や編集の判断に関わることですので、回答は差し控えさせていただきます」と回答した。また、NHK広報局は25日、「取材・制作の詳しい過程についてのお答えは控えさせていただきます。(略)いずれにしても、事故の報道にあたっては、ご遺族のお気持ちに十分配慮しながら、取材・制作を進めています」と回答した。

・観光船事故報道を検証し人権と報道の大転換を

国交省からの回答で、今回の犠牲者に関する海保の記者クラブへの「広報」も、警察などと同じ手続きで進められたことがわかった。全国にある都道府県警察も検察庁も、私のようなキシャクラブに所属していない記者には、キシャクラブで限定的に開示した氏名などを絶対に伝えない。公文書開示請求をしても、複写された報道資料には氏名がなかったり、あってもすべて黒塗りになったりしている。

海保は犠牲者家族の意向を確認し、報道機関に対して「匿名で報道することを強く希望している」と伝達している。それを報道各社が、「海保が公表」と実名報道するのは事故報道の犯罪だ。

新聞各社は4月29日の社説で〈観光船の社長会見 安全意識の欠落明らかに〉(毎日新聞)〈観光船事故 安全軽視が生んだ悲劇〉(朝日新聞)、〈誤った出航判断が惨事招いた〉(読売新聞)、〈知床観光船事故 不適格業者一掃せねば〉(東京新聞)などと、運航会社の管理責任を追及した。しかし、犠牲者家族らに対する報道犯罪はその事実も報道しない。

特定少年の「実名」報道でも、人権と犯罪報道の、1980年代からの法曹界・法学会・新聞労連などの真剣な議論、実践がほとんど活かされず、少年被告人も被害者も「実名が不可欠」という流れが強まっている。「報道は実名原則」という既得権を維持するために、当局が「実名を公表」とウソをついて実名報道している。事件事故報道の大転換が急務だ。

(月刊「紙の爆弾」2022年7月号より)

 

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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