日本再軍備を止めるための「護憲」の基礎知識、「敵基地攻撃能力」とは何か

足立昌勝

・自衛権の容認

憲法9条は、15年戦争の反省から、戦力の不保持と交戦権の放棄を認めた。

しかし1950年、朝鮮戦争の勃発により、GHQのマッカーサーは国家警察予備隊の創設を指令し、憲法9条からの逸脱が始められた。戦力不保持の原則から、限定的な戦力保持への変更である。

国家警察予備隊は、その後、保安隊へと変わったが、それを規定している保安庁法では、保安隊の目的を「わが国の平和と秩序を維持し、人命および財産を保護するため、特別の必要がある場合において行動し、あわせて海上における救難を行う」としており、政府は9条2項の禁止する「戦力」は近代戦争遂行能力であって、「戦力」に至らない実力の保有は合憲であるとの解釈を示した。それは、その後の自衛隊にまで続くことになる。

同時に、憲法9条の戦力不保持にかかわらず、国家には自衛権が存在するとの見解が国際法研究者から主張されるようになった。

その根拠とするところは、国連憲章51条である。そこには、次のように規定されている。

「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」。

個別的・集団的自衛権が国家の固有のものであるということはその通りであろう。

しかし、その規定をそのまま日本に当てはめられるのであろうか。日本には、憲法9条が存在する。そこでは、明白に戦力の不保持を規定し、紛争解決の手段としての武力行使を禁止している。この規定との関係をどのように考えるかにより、自衛権の存在は変わってくるのでる。

自衛権容認論に立つものは、自衛権の存在を国家固有のものであり、いかなる場合にも認められていると考えているのであろう。では、9条の存在についてはどのように考えるのであろうか。その整合性はどこにあるのだろうか。そのような問題は、そもそも存在しないのであろうか。

国連憲章という国際法秩序が存在し、それは個別的な憲法より上位に位置し、すべての憲法は国連憲章に従うべきだと主張するのであろうか。

それを考えるに際しては、国家の在り方にかかわる問題と人権にかかわる問題を区別して考えなければならない。

人権にかかわる問題については、人権規約や条約はすべての国に妥当するものであり、加盟国はそれに従う義務がある。しかし、国の在り方については、その国が独自に考えることができるものであり、強制できるものではない。

それゆえ国の在り方については、その国の基本法や憲法で国連憲章と異なる規定を設けることは可能である。その場合には、憲法規定が国連憲章より優先されなければならない。

そのように考えるならば、憲法9条は、国連憲章51条より上位に位置している。憲法で、国連憲章51条の規定を否定する規定を有する場合には、憲法規定が優先されなければならない。

では、憲法9条は、国連憲章51条を否定しているのであろうか。いま一度、憲法9条を振り返ってみよう。

第9条 ①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この規定からは、いかなる軍隊の存在も認められていないことは明白である。自衛のためとはいえ、軍隊は持つことができない。たとえ固有の自衛権の存在を認めたとしても、それを行使する軍隊が存在しないのである。

もし、固有の権利としての自衛権を認めたとしても、それを発揮する武力は存在しない。どこで、どのようにして自衛権を発動するというのか。

しかし、固有の自衛権の存在を認めるということは、その前提としての軍隊が存在していることになる。これは、論理矛盾であろう。

RAF Fairford, Gloucestershire, UK – July 10, 2014: Japan Air Self-Defense Force (JASDF) Boeing KC-767J aerial tanker aircraft 97-3603 on approach to land at RAF Fairford, Gloucestershire.

 

そもそも、現在の日本には、憲法9条の下で軍隊は存在しない。存在してはいけない。たとえ名称が自衛隊であっても、だ。したがって、「自衛権を発動するために必要な軍隊」は、今も存在していないのだ。

これが現行憲法9条の立場ではないのか。

言葉の解釈とは、その言葉の持つ意味を明らかにすることである。憲法9条が規定する言葉をどのように解釈したら、専守防衛論が出てくるのであろうか。また、敵基地攻撃能力や敵基地反撃能力を付与すべき軍隊は、どの言葉をどのように解釈したら認められるのであろうか。

かつて恣意的な解釈を繰り広げてきた政府関係者に、そのことを明らかにする義務が存在することを忘れてはならない。また、それを容認してきた内閣法制局も同罪である。

この問題について、篠田英朗東京外国語大学教授は、「憲法学者は間違えている…“敵基地攻撃能力の保持”は『違憲』ではないといえる理由 必要な防衛能力を備えるべき」(「現代ビジネス」2021年10月23日付)との論考で、次のような主張を行なっている。

〈「敵基地攻撃能力」という概念は、極めて日本的なものだ。これが問題だとされるようになった背景には、日本の憲法学通説の奇妙な「自衛権」解釈の問題がある。はっきり言おう。日本の防衛政策は、憲法学者らによって、長期に渡って捻じ曲げられてきた。国際政治学や国際法だけでなく、現実の国際社会の動向を無視することにイデオギー的快感を覚えていた憲法学者らによって、惑わされてきた。

これは本来の日本国憲法を遵守する精神とは関係がない。むしろ憲法を真面目に解釈するかどうかの問題である。

護憲派とか平和主義とかリベラルとかの立ち位置の問題とも関係がない。憲法学者のイデオロギー的主張に盲目的に奴隷のように付き従うかどうかだけの問題である〉。

この人は国際関係論の専門家なのであろうか。法の持つ意味がわかっておらず、現状追認をしているにすぎない。この主張は、国際社会の現状の下では、現実が優先され、それに従った法適用をすべきだといっているにすぎない。このような主張の果てには、憲法を無視した現実が存在し、それが優先させるパワー・ポリティックスの世界しかないのだろう。

過去の暗い時代は、パワー・ポリティックスの結果だったのではないか。

世界がそんな強権政治の時代になったらと思うと…いや、そんな時代が来ないことを願うのみだ。

・敵基地攻撃能力と専守防衛

5月2日付の朝日新聞は、「敵基地攻撃能力と専守防衛の検討文書、整合性の検討文書『ない』内閣法制局」と報じた。それによれば、「内閣法制局は2月、『そのような文書を作成、取得したことはない』と回答。防衛省は4月に開示したが、国家安全保障局と調整して昨年12月に作った国会答弁資料で、『一般論として整合する』『詳細は検討中で答えを控える』といった内容にとどまった」という。

この指摘は重要なものを含んでいる。

本稿では9条の解釈を問題とし、政府は恣意的な法の適用を繰り返してきたことを明らかにした。専守防衛は、解釈の結果として登場してきたものであるからである。

「敵基地攻撃能力」にしろ「敵基地反撃能力」にしろ、どちらも敵基地の存在を前提としている。自民党の主張では、具体的に名前が出ているのは、いわゆる「北朝鮮」であり、中国である。

これらの国が本当に敵国なのであろうか。「北朝鮮」がミサイルと思しきものを日本海に向けて発射した、中国が尖閣列島で領海侵犯を繰り返している、という事実を指しているのだろうが、それが具体的現実性を持ったものではない。なぜそれらの事実だけで「敵」と認知できるのであろうか。

軍備を増強するための口実として「敵国」を仮想しているのであろうか。

日本国憲法の持つ平和主義とそれを具体化した憲法9条の下で、敵国の存在は前提とされていない。敵国なき社会を目指しているのであろう。

司法判断を得ないで進められてきた日本の再軍備。結局は、政治の力で動かされ、国際情勢の中で動かされてきた。究極のところ、それは、アメリカの意向に従ってきただけで、法治国家の姿ではない。三権分立が働かず、権力の相互監視が機能していないのが現実である。

それに慣らされた国民は、自衛隊容認論へと変遷してしまった。その世論を利用した政府の勝手な・恣意的な「解釈」がさらに横行することになる。政府の勝手な「解釈」はとどまることを知らない。

この現状を打破するには、司法の復権を待つしかないのだろうか。最高裁判所は、具体的な事件の判断に伴う場合にのみ憲法判断を認めている。それでは、具体的な事件が起こらない限り、合憲性判断は行なわれることがない。
そこで提案したい。

「憲法裁判所」を創設しよう。

憲法裁判所で法案そのものの合憲性判断ができるようにしよう。解釈改憲をなくすために。

(月刊「紙の爆弾」2022年7月号より)

 

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足立昌勝 足立昌勝

「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。

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