【連載】本土復帰50年特集、写真で振り返る戦後沖縄史(ISF事務局)

第7回 教公二法阻止闘争(1967年2月24日)

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教公二法案とは、「地方教育区公務員法案」と「教育公務員特例法案」から成り、年金制度・結核・産前産後の休暇など教職員の身分を保障するものであった。しかし、教公二法案には「勤務評定の導入」、「政治的行為の制限」、「争議行為の禁止」などが含まれていたので、沖縄教職員会が当初から一貫して反対姿勢を示していた。

なかでも勤務評定は、沖縄教職員会の組合員をランク付けすることになるので、組合員相互の団結に亀裂が入ることを危惧した。また政治的行為の制限には、琉球列島米国民政府(USCAR)による本土復帰運動の抑圧に繋がるとの懸念があった。そうしたことが、沖縄教職員会が教公二法案に反対する大きな理由であった。

1966年~1967年にかけて繰り広げられた教公二法案闘争は、法案の成立を目指す琉球政府や民主党と、その阻止を目指す沖縄教職員会などの労働組合・沖縄社会大衆党・沖縄人民党・沖縄社会党に二分した。すなわち、沖縄政治において、初めて保革対立軸が構築されたのである。本闘争によって構築された保革対立軸は、1968年11月の琉球政府行政主席公選に、そのまま持ち込まれていった。

1967年2月1日の立法院定例会初日には、沖縄教職員会が10割年休行使の請願運動を開始した。そうした中、教公二法案の採決予定日であった2月24日には、沖縄教職員会の教員2万人が立法院前に集結した。

午前11時過ぎ、教員は立法院の玄関裏口を守る警察官をごぼう抜きしたことで、警備体制が崩れた。長嶺秋夫立法院議長は事態の深刻さを憂慮して、午前11時に本会議の中止を決定した。それでも教員は引き下がらず、午後8時に与野党間で実質的に教公二法を廃案にする協定書を取り交わすことで、事態の収拾を図った。

しかしながら、民主党は2月24日の協定事項を一方的に拒否した為、立法院は約100日間も空転した。沖縄住民には政治不信が高まり、社会不安が増大した。

 

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