【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第49回 オレの記念日

梶山天

冤罪のメカニズムが垣間見える。おぞましい。

このような実態で司法はいいのか。無罪確定後に桜井さんの心の中に灯った思いは、「嘘の自白を強制される苦しみは当事者にしかわからない。冤罪を繰り返さないためには被害者自身が声を上げるしかない」と司法改革実現を目指すために動いた。

全国の冤罪被害者らやその家族に参加を求め、19年3月に「冤罪犠牲者の会」を設立した。東京で会った結成総会には鹿児島県警による架空の選挙違反事件「志布志事件」の被害者でもある藤山忠さんら全国から約70人が出席。

①捜査機関が収集した証拠の全面開示など冤罪防止の法制化、②裁判当事者への証拠閲覧権の付与、③警察や検察の証拠悪用を防ぐ証拠管理所の設置、④検察が無罪判決や再審開始決定を不服として上訴できる権利の廃止、⑤冤罪を生んだ捜査関係者らの処罰などの設立を国に認めさせることの活動内容を決めた。

映像の中には今でも再審で闘っている袴田事件の袴田巌さんと姉のひで子さんや狭山事件の石川一雄さん、冤罪を晴らした東住吉事件の青木恵子さんらと交流する桜井さんの姿がある。そのまなざしが温かい。

袴田さんと将棋をする桜井さん

 

桜井さんの人生の中で何よりも大きかったのは、妻の恵子さんとの出会いだった。その恵子さんが映画「オレの記念日」のパンフレットの中でこう綴っている。

お互いを支え合う桜井昌司さんと妻の恵子さん。素敵な笑顔がある。

 

結婚式

 

出会ったのは日本国民救援会の新年会。仮出所してから1年2カ月目の1月でした。子育てが一段落して、2人の子供たちが独り立ちして、自分自身の目標が見えなかった時期でした。壇上であいさつをした時、見かけはおじさんなのに、すごく生き生き、晴れ晴れ体中で喜びを表現した。うじうじ悩んでいた自分とは対照的で、「私。なんか恋しちゃったかもしれない!」と思った。

獄中で書いた詩を紹介されて読んだ。悔しいとか、悲しいとかの表現はないのに、ずんずん心に響いてきた。この一言をもっと知りたい!冤罪について何も知らなかった私は、タイミングよく放送された布川事件を取り上げたドキュメンタリー番組を見た。「新年会のあの人」が涙を流しながら話していた。

今の社会でこんな理不尽なことがあるんだと知って衝撃的でした。しばらくして救援会主催の美術展で再会。私は受付にいただけですが、終わったらすぐにお礼状が来たんです。

「なんでわたしのところに来たの?」と、天にも昇る心地でした。関係者みんなに送っていたのですが、私だけに来たと勘違いしてすぐにお返事を書きました。またすぐにお返事が来て。「電話してもいいですか」と書いてありました。

結婚後は、2人の仕事、活動のことを考えて別居。一緒に暮らし始めたのは2010年の秋から。でも、夫は月の半分を活動のために地方に出て留守。ようやく2人の時間ができたのが、コロナ禍になってから。病気も加わって今やっと新婚みたいです。これからの時間を大切に、さらに新しい2人のかたちを探していきたいな。

証拠に厳しい裁判官として検察に恐れられた木谷明元裁判官のこの映画の上映に当たりメッセージを送っている。「裁判官は神様ではない」と題した文書の一部を紹介する。

 

裁判官は神様ではない。「必ず誤りを冒す」人間である。裁判官は、そのことをしっかり胸に刻んで、謙虚な気持ちで裁判すべきなのだ。以前、周防正行監督に言われたことがある。

裁判とは、「真実を知らない」裁判官が「真実を知っている」唯一の人物である被告人に対し、「これが真実だ」として判決を突きつける恐ろしい仕事なのだ。

 

まったくそのとおりである。しかし、あたかも自分が全知全能の神でもあるかのように、謝った判決を平然と言い渡す。

傲岸不遜(ごうがんふそん)な裁判官がなんと多いことか。私は、昨年公刊した近著『無罪を見抜く 捜査官その行為は違法です!』(日本評論社)を執筆するにあたり、新刑事訴訟法施行後の主要な冤罪事件(最終的に無罪判決が確定した事件)の捜査経過と公判経過を調査した。

その結果、警察・検察がいかに悪辣な違法捜査をしていても、裁判所がそれを正面から指摘することの余りにも少ないことを知り、驚愕(きょうがく)・落胆した。

中には、真犯人が任意に自首して出てきたのに、その真犯人を無罪にして冤罪者の再審請求を棄却してしまったケースさえある。これは裁判官の姑息な官僚意識、つまり「最高裁が正しいとお墨付きを与えた確定裁判について、下級審裁判官に過ぎない自分が誤りだなどと言えるはずがない」という気持ちがさせるのではないか。「悪いのは裁判官だ」という桜井さんの言葉がずしりと胸に響く。

金監督が制作したこの映画は、桜井さんの半生、そして冤罪のメカニズムだけではなく、特にこれから再審を考えている人たちにも学ぶべきことが多かった。

若かりし桜井さん

 

私がはまっている今市事件もそうだ。それは国を相手に闘う再審で、冤罪を晴らすにはとても時間がかかるということだ。今市事件では地裁ではなく、高裁となる。

勝又拓哉受刑者が犯人ではないとする証拠が必要だし、高裁に勝てるだけの力がある弁護士たちが必要だ。私たちはそのうち新証拠をつかんだ。1日も早く再審請求をしなきゃいけない。もたもたしている時間はない。

猫のクー

 

関連資料:オレの記念日〜布川事件の闇を問う(金聖雄・映画監督、桜井昌司・布川事件冤罪被害者、木村朗ISF編集長、梶山天ISF副編集長) 

 

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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