【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第50回 都立大の女子学生が再び登場、病んでいる司法に喝を!

梶山天

次に、第一審の破棄自判という控訴審の判断について検討します。

上記で見たように、控訴審では審理内容が別物になるほどの大きな、そして被告人の重要な防禦要素を潰すような被告人に大変不利な訴因変更がされています。これを差し戻さなかったことは決定的に恣意的な判断だと思います。

なぜかというと、初めに記したように、この事件の第一審は裁判員裁判だったからです。そもそも控訴審とはあくまでも原審の審理内容の合理性を判断する審理なのであって、控訴審で新たな内容を一から自判することはないはずです。

その上本件第一審は前述のとおり裁判員裁判です。審理内容が大幅に訴因変更によって変わった状態での審理は裁判員裁判では当然少しも行われていません。つまり、政治的側面から運用されている民主主義にとって非常に重要なこの制度を無視する形になっているのです。

明らかにおかしい。しかしここで最大の問題は、自判か差戻しかという判断に、基準規定がないことなのです。規定がなければその判断は裁判官の裁量に委ねられます。

つまり本件のように、一審に差し戻して審理しなおしては不都合な、隠したいことがあるような事案の場合、裁判所は恣意的にそれを自分の手の中で隠し通すことが法律の範囲内でできてしまうのです。

法律に反していない以上責めることはできません。したがってこの法律構造を放置すれば、今市事件だけではなく将来的にも冤罪はまかり通り放題ということになります。

今、この法の欠缺(けんけつ)が決定的に勝又さんに不利益をもたらしているこの時に動かなければ、国民の人権を守るための法律が、司法の恣意の隠れ蓑として国民の人権を不当に奪う構造は変わらないのではないでしょうか。

今市事件が正しい司法構造の重要な節目となるかどうか、今決まろうとしています。

最後に一番私が失望したのは、最後の望みであった最高裁判決です。裁判員裁判を無視した高裁の判決を、あろうことか司法の最高位である最高裁までもがあっさりと受け入れました。この国が裁判員裁判を軽視している。つまり国民の意見を軽視しているというメッセージだと感じています。

 

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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