【連載】百々峰だより(寺島隆吉)

百々峰だより:ユダヤ人とは誰か。「仏教徒=仏教人」ではない、にもかかわらず「ユダヤ教徒=ユダヤ人」なのか

寺島隆吉

国際教育(2024/09/28)
アシュケナージ(東欧系ユダヤ人」、白人)
←→スファラディ(中東系ユダヤ人、非白人)
ハザール国(7~10世紀にかけて南ロシアで栄えたトルコ系遊牧民族の国家)

ハーバラ協定(シオニスト&ナチス通商協定、1933年)
BDS運動 (Boycott, Divestment and Sanctions、不買運動、株引上げ、経済制裁)

イスラエルの「帰還法」(イスラエル独立宣言から約2年後の1950年に制定)
ニュルンベルク法(ニュルンベルク緊急国会で可決された、「帝国市民法」と「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」の総称、1935年)


 


ブログに下記の論考を載せたところ、研究所の一員(大川さん=仮名)から後掲のようなメールが届きました。それから既に1か月が過ぎました。
*「反シオニズム」は「反ユダヤ主義」ではない――自称「神に選ばれた民と神に選ばれた国に未来はあるか」最終章
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-684.html(『百々峰だより』2024/08/18)

すぐに返事を書きたかったのですが、緊急出版『イスラエルに鉄槌を!』(仮題)の校正や研究所『翻訳NEWS』素材情報の編集・送付などの山積する仕事に追われ、今日にまで至ってしまいました。
大川さんのメールには「仏教徒=仏教人とは言わないのに、なぜユダヤ人=ユダヤ教徒なのでしょうか」という、素朴ではあるが鋭い問いが書かれていました。
そこで私は、「今は少し忙しいので、これについては近いうちにブログで返事を書きたいと思います。しばらく時間をください」と書きました。
にもかかわらず、諸般事情で現在に至ってしまい、大川さんには本当に申し訳なく思っています。お許しただければ幸いです。

 


 


そこで先ず、大川さんからいただいたメールを次に紹介します。

***
寺島隆吉先生

表記のブログを拝読しました。
私が常々知りたいと思っていたこと、イスラエル建国の過程、その際イギリスが果たした役割が簡潔明瞭に書かれており、感銘をうけました。

また、寺島先生が持たれた疑問、「現在のイスラエルを支配している人たちは、有色人種であったはずの古代ユダヤ人とは違って、白色人種のユダヤ人なのです。どうしてこんな不思議なことが起きたのでしょうか」は、まさにその通りだと思いました。
私もうっすらとそのような疑問をもっていましたが、寺島先生が言葉で語られて初めて、私のぼんやりとした疑問が何だったのかが分かりました。また、その疑問について答えを見い出すその解決力にも感嘆しました。

板倉聖宣氏(「仮設実験授業」の創始者)も、素朴で素直な疑問を大切にされましたが、寺島先生も、持たれた疑問を率直に語られ、その答えを丁寧に見い出すからこそ、読者の知りたいことを、説得力をもって語られるのだと思いました。

読ませて頂いて、一つ疑問がありました。次の箇所です。

<ハザール王国の起源はトルコ系遊牧民でしたが、9世紀頃、南からイスラム諸国、西から東ローマ帝国が押し寄せ、イスラム諸国はハザール王に「イスラム教になれ」と迫り、他方、東ローマは「キリスト教になれ」と迫ったそうです。板挟みになった王は、キリスト教とイスラム教のルーツであるユダヤ教を選んで難を逃れ、このハザール王国が後に東欧系ユダヤ人のルーツとなったというのです。>

ハザール王国がユダヤ教徒になったのは分かるのですが、ユダヤ教徒になればユダヤ人になるのでしょうか?仏教徒には日本人もいればインド人等もいます。「〇〇人(じん)」とは国家とつながります。自分の疑問を先生のように明瞭に語れませんが、ぼんやりとした疑問です。
今後、自分なりに「ユダヤ人とは何か」について興味をもって調べていきたいと思います。

寺島先生の飽くなき興味関心の広がりには感嘆するばかりです。知りたかったことを教えて頂いたお礼を申し上げたくメールを書きました。(2024/08/29)

***

 


 


確かに、「ハザール王国の国民がユダヤ教徒になったのは分かるのですがユダヤ教徒になればユダヤ人になるのでしょうか?」という疑問は、まさに事(こと)の本質を突いた質問でした。
なぜなら、大川さんが言うとおり、「仏教徒には日本人もいればインド人等もいて、普通は、〇〇人(じん)とは国家とつながる」からです。ところがユダヤ人だけは「イスラエル人」とは言わず、「ユダヤ人」と言うのですから、不思議と言えば本当に不思議な現象です。
しかし調べてみると、イスラエルの「帰還法」(「国外のユダヤ教徒がイスラエルに移民することを認める」法律)の第4条では、ユダヤ人の定義が次のように書かれていることが分かりました。

「ユダヤ人の母から産まれた者、もしくはユダヤ教に改宗し他の宗教を一切信じない者」

しかし「なお、イスラエル国内においてユダヤ教を信仰していない者は、Israeli(イスラエル人)である」とされているそうですから、実に奇妙な定義だと言えます。
最近、手に入れた本『ユダヤ人とドイツ』〈大澤武男、講談社現代新書、1991〉には次のように書かれていましたから、なおさら奇妙な定義です。
歴史的な見地から「ユダヤ人」をユダヤ教を信じる人々と規定するなら「ユダヤ教徒」と呼ぶべきであり、単に「ユダヤ人」と呼称するのは適当ではない。
ユダヤ人を人種や民族と規定する見方は、19世紀以降のナショナリズム、社会進化論、反ユダヤ主義の産物であり、また国籍を示す用語でもない。

なぜなら、イスラエルには「ユダヤ人」とは別にイスラム教徒も存在していて、「イスラエル人」の国籍を得ているからです。

まして、現在のイスラエルには、すでに以前のブログでも書いたように、ハザール王国から離散してきた東欧系ユダヤ人が多数派なのですから、人種としてのユダヤ人=「旧約聖書で書かれている直系のユダヤ人」とは全く異なる人種ということになります。
これでは、ネタニヤフ首相が「旧約聖書には、『パレスチナの地は神からユダヤ人に与えられた土地だ』と書かれているから我々はここを占有する権利がある」と主張していることも、荒唐無稽な言い分ということになります。
と言うよりも、そもそも「聖書に書かれているから、この土地は俺たちのものだ」という言い分そのものが荒唐無稽です。旧約聖書そのものが、古事記や日本書紀と同じく、自分たちの民族を正当化するための一種の神話だと考えられるからです。

東欧系ユダヤ人(アシュケナージ)の起源とされるハザール王国

https://koromonotate.blogspot.com/2022/03/blog-post_5.html

 


 


上ではイスラエルの「帰還法」第4条について調べましたが、ではユダヤ人を大量虐殺したヒトラーのナチス・ドイツでは、ユダヤ人をどのように定義したのでしょうか。
調べてみると、1935年に「帝国市民法」と「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」という二つの法律が制定され、この二つをあわせて「ニュルンベルク法」と総称されているそうです。
この名は、1935年9月15日にニュルンベルクで緊急に招集された国会において可決されたことに由来するのですが、しかしヒトラーもユダヤ人の定義には苦労したようで、この二つの法律でも明確の定義はできなかったので、再定義が必要になりました。
そこで再び議論がおこなわれ、1935年11月24日に「帝国市民法、第一次施行令」によって定められた定義は、ウィキペディアによれば、次のようなものでした。
(1)4人の祖父母のうち3人以上がユダヤ教共同体に所属している場合は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」。
(2)4人の祖父母のうち2人がユダヤ教共同体に所属している場合は次のように分類する。
(2-1)ニュルンベルク法公布日時点・以降に本人がユダヤ教共同体に所属している者は、「完全ユダヤ人」
(2-2)ニュルンベルク法公布日時点・以降にユダヤ人と結婚している者は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」
(2-3)ニュルンベルク法公布日以降に結ばれたドイツ人とユダヤ人の婚姻で生まれた者は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」
(2-4)1936年7月31日以降にドイツ人とユダヤ人の婚外交渉によって生まれた者は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」
(2-5)上記のいずれにも該当しない者は、「第1級混血」(ドイツ人)
(3)4人の祖父母のうち1人がユダヤ教共同体に所属している者は、「第2級混血」(ドイツ人)

これを見れば分かるように、ナチスドイツは「ユダヤ人」を「非アーリア人種」として考えていたにも関わらず、実際は「ユダヤ教共同体に所属している」ことを規準にしていたことが分かります。
つまり「人種」ではなく「宗教」でユダヤ人か否かを決めていたことが分かります。
もう一つのニュルンベルク法、すなわち「「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」は、ユダヤ人と「ドイツ人ないし同種の血を持つ国籍所有者」の婚姻、婚姻外性交渉を禁止していたにもかかわらず、実態はこのようなものでした。


 


しかも、上記のように細かくユダヤ人を定義した「帝国市民、法第一次施行令」をもっていたにも関わらず、ユダヤ人であったがアーリア民族認定を受けた例も少なくなかったのです。その例をウィキペディアは次のように述べていました。
書類を偽造すればたとえユダヤ人であろうともアーリア民族認定を受けることが可能だった。
ヒトラーの専属料理人もまた血統上はユダヤ人だったが、ヒトラーが彼女の料理の味を愛していたが故に、名誉アーリア人とされた。
ドイツ空軍の最高位にいたエアハルト・ミルヒ元帥も当時ユダヤ系だとされていたが、同じドイツ空軍の上司でヒトラーに次ぐ実力者だったヘルマン・ゲーリング国家元帥が出生の関係書類を改竄しアーリア人とした。
ドイツ軍将兵には多くの出生を隠したユダヤ系がいたのではないか?という疑問は、歴史研究の対象となっている。
が、実際にユダヤ系だったとしてもその出生記録は改竄されているはずで、証拠になる記録は存在していない可能性が極めて高く立証するのは難しいといえる。

そのうえ、以前のブログで紹介したように、世界シオニスト機構がヒトラー・ナチスとの裏取引でハーバラ協定(シオニスト&ナチス通商協定)を結びました。
そこ結果、ユダヤ系ドイツ人でも裕福なユダヤ教徒だけがパレスチナへ移住できたのです。この事情を再びウィキペディアから引用します。
ナチス政権の成立から7ヶ月後の1933年8月、ナチス政権と世界シオニスト機構は互いに手を組んで「ハーバラ協定」(シオニスト&ナチス通商協定)を締結した。
此の協定はドイツ在住ユダヤ教徒のパレスチナへの移住と彼らの資産のパレスチナへの移送に関する協定である。此の協定によって、ナチス政権はドイツ製品の不買運動を潰すことが出来た。
ドイツ在住ユダヤ教徒がハーバラ協定を使ってパレスチナへ移住するに際しては、高額のお金が必要であった為、裕福なユダヤ教徒だけがパレスチナへ移住でき、裕福でないユダヤ教徒はパレスチナへ移住できずにドイツ国内に居続けた。


 


いまアメリカでは大学を中心にして、イスラエルの残虐行為に抗議して、BDS運動 (不買運動、株引上げ、経済制裁)が、広がっていますが、当時のアメリカでも、ドイツ製品の不買運動が広がりつつありました。(レニ・ブレンナー『ファシズム時代のシオニズム』法政大学出版局2001)
ところが、この「ハーバラ協定」のおかげで、ナチス政権はドイツ製品の不買運動を潰すことが出来たのです。
他方、貧困なユダヤ教徒はアメリカにもイスラエルにも移住することが出来ず、その大半が強制収容所に送られ、ガス室で命を奪われました。
ナチス政権によるユダヤ教徒迫害が強まる中でも、ドイツ在住ユダヤ教徒の大部分は、ドイツを去って縁もゆかりもないパレスチナの荒れ地へ行きたいとは思っていなかったし、そのお金もなかったからです。
と同時に、この「ハーバラ協定」が現在のパレスチナ紛争の原因にもなっていました。その事情は次の『ファシズム時代のシオニズム』第5章(法政大学出版局2001)の説明からもうかがうことが出来ます。以下はその要約です。
他方、ハーバラ協定に基づいて、1億4000万マルクのユダヤ教徒資産がドイツからパレスチナに移送され、裕福なドイツ在住ユダヤ教徒5万2000人がパレスチナへ移住し、パレスチナの土地を買い漁った。
そのため、西暦1936年から1939年までの期間には、裕福なユダヤ教徒の大量増加を嫌ったアラブ人による大暴動がエルサレムで続発した。
パレスチナを委任統治していたイギリス政府は裕福なユダヤ教徒のパレスチナへの移住に好意的であった。
世界シオニスト機構も、パレスチナに裕福なユダヤ教徒だけを集めたいと思っていた。パレスチナにユダヤ教徒国家を造りたいと思っていたシオニズム指導者は、「裕福でないユダヤ教徒にはパレスチナに来て欲しくない」と思っていた。

要するに、ユダヤ人の大虐殺「ホロコースト」の片棒を、裕福なユダヤ人が担(かつ)いでいたのです。ユダヤ人がユダヤ人を殺したのです。


 


このように、「裕福な東欧系ユダヤ人」の末裔であるネタニヤフ首相が、今度はパレスチナ人を相手に再び「ホロコースト」を展開しているのですから、私は言うべきことばを失ってしまいます。
やはり歴史は繰りかえすのでしょうか。

しかもイスラエルという国は、東欧系ユダヤ人(いわゆる「アシュケナージ」、白人)が上層階級を形成し、中東系ユダヤ人(いわゆる「スファラディ」非白人)が下積みの生活を強いられています。
アメリカの社会に酷似しています。

これでは「ユダヤ人」あるいは「ユダヤ教」の評判は悪くなることはあっても良くなることはないでしょう。「ユダヤ人」「ユダヤ教」にとっては非常に不幸なことです。

 

☆寺島先生のブログ『百々峰だより』(2024/09/28)
*百々峰だより:ユダヤ人とは誰か。「仏教徒=仏教人」ではない、にもかかわらず「ユダヤ教徒=ユダヤ人」なのか からの転載になります。

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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