【特集】ウクライナ危機の本質と背景

調査報道家シーモア・ハーシュ氏による記事「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」

乗松聡子

See original text: https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

ベトナム戦争やイラク戦争時の米国による戦争犯罪や違法行為の報道で、数々のジャーナリスト賞を受賞した経歴を持つ、米国を代表する調査報道家、シーモア・ハーシュ氏がまた大仕事を成し遂げた。

昨年9月26日に起こった、米国をはじめ西側の関与が疑われながらも真相究明がされていなかった「ノルドストリーム爆破事件」について、ハーシュ氏は「サブスタック」というプラットフォームで記事「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」を2月8日に発表し、米国がノルウェーの協力を得てパイプライン爆破作戦を行った過程を事細かに報じ、大変な話題になっている。

ホワイトハウスは「嘘だ」と一蹴してるようだが、自らの違法行為を進んで認める政府などあるはずがない。ハーシュ氏が報じてきたベトナム戦争での「ミ・ライ虐殺」や「ウォーターゲート事件」、イラク戦争下のアブグレイブ刑務所での拷問など、今となっては事実として確立していることばかりだ。

西側政府やメディアも、これだけの実績があるハーシュ氏の報道を簡単に嘘と片付けることはできないはずだ。日本の主要メディアはいまのところあまりハーシュ記事について報じていないように見えるが、日本語では、ロイター通信の報道がニューズウィーク誌日本語版朝日新聞のネット版などで報じられている。原文を日本語で用意することは意義あることと思い、著者ハーシュ氏の許可を得て、レイチェル・クラーク氏の翻訳により、ここに全文掲載する。

ウクライナ戦争については、米国が最初から攻撃的な当事者であり、米国がNATOを動員し、ウクライナを利用しロシアを突き崩すための代理戦争(proxy war)であるという事実を語るだけで、「ロシアの味方についている」という評判を流したがる人が多いが、このような「敵味方心理」こそが戦争延長を助長しているということを知ってもらいたいと思っている。

事実から目を逸らさず、和平を妨害する者たちを特定していくことこそが戦争停止につながるものと信じる。ハーシュ氏の報道が西側の好戦的な論調に冷静さをもたらす一つの材料になってくれればと願っている。

注:翻訳はアップ後に修正する可能性があります。拡散歓迎ですが、この投稿のリンク(https://peacephilosophy.blogspot.com/2023/02/full-japanese-translation-of-seymour.html)を使って行ってください。無断全文転載はお断りします。冒頭のみの転載で「全文はこちら」とリンクを張るのは許可します。お問い合わせは peacephilosophycentre@gmail.com にお願いします。

シーモア・ハーシュ「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」(2月8日)

翻訳:レイチェル・クラーク、編集:乗松聡子

 

ニューヨーク・タイムズ紙は「ミステリー」と呼んだが、米国は海上秘密作戦を実行していた。もはや秘密ではなくなったが。

米国海軍の潜水救助センターは、フロリダ州南西部のパンハンドルとアラバマ州との州境から南へ70マイルのところにあるパナマシティ(流行りのリゾート都市として知られる)の片田舎にある、その名の通り分かりにくい場所にある。

第二次世界大戦後に建てられたコンクリート造りの無骨な建物は、シカゴ西部の職業訓練高校のような外観をしている。今は4車線の道路を挟んで、コインランドリーやダンススクールも建っている。

このセンターは何十年もの間、高度な技術を持つ深海潜水士を養成してきた。かつて世界中の米軍部隊に配属され、C4爆薬(訳者註:軍 用プラスチック爆薬の一種)を使用して港や海岸の瓦礫や不発弾を除去するという善行も、外国の石油掘削施設の爆破、海底発電所の吸気バルブの汚染、重要な輸送管の鍵の破壊などの悪行の技術潜水も可能である。

パナマシティのセンターは、米国で2番目に大きい屋内プールを誇り、昨年の夏、バルト海の海面下260フィートで任務を遂行した潜水学校の優秀で最も口の固い卒業生を採用するには最適の場所であった。

作戦計画を直接知る関係者によれば、昨年6月、海軍の潜水士は、「BALTOPS 22」として広く知られる真夏のNATO演習に隠れて、遠隔操作による爆発物を仕掛け、3カ月後に4つのノルドストリーム・パイプラインのうち3つを破壊した。

そのうちの2つのパイプラインは、「ノルドストリーム1」として総称され、10年以上にわたってドイツと西ヨーロッパの多くに安価なロシアの天然ガスを供給した。

もう一つのパイプラインは「ノルドストリーム2」と呼ばれ、建設は完了していたが、まだ稼働していなかった。ウクライナ国境にロシア軍が集結し、1945年以来ヨーロッパで最も血生臭い戦争が迫っている今、ジョセフ・バイデン大統領は、パイプラインがプーチン大統領にとって、天然ガスを政治的・領土的野心のために武器化する手段であると考えたのである。

コメントを求められたホワイトハウスのエイドリアン・ワトソン報道官は、電子メールで 「これは虚偽、完全なフィクションである」と述べた。中央情報局(CIA)のタミー・ソープ広報担当者も同様に、「この主張は完全に虚偽である」と書いている。

バイデン大統領がパイプラインの破壊を決定したのは、ワシントンの国家安全保障関係者が9ヶ月以上にわたり、極秘で何度も議論を重ねた後であった。その期間の大半は、その作戦を実行するかどうかではなく、責任の所在を明かさずにどうやって実行に移すか、が問題だった。

パナマシティにある潜水学校の卒業生に頼ったのは、極めて重要な官僚的理由があった。潜水士は海軍だけで、米国の特殊作戦司令部のメンバーではない。同司令部の秘密作戦は議会に報告され、上・下院の指導部、いわゆる「ギャング・オブ・エイト」に事前にブリーフィングされなければならないのだ。バイデン政権は、2021年の終わりから2022年の最初の数カ月にかけて計画された作戦のリークを避けるために、あらゆる手段を講じた。

バイデン大統領とその外交チーム(ジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官、トニー・ブリンケン国務長官、ビクトリア・ヌーランド国務次官)は、ロシア北東部のエストニア国境に近い2つの港からバルト海の海底750マイルを並走する2つのパイプラインに、一貫して敵意を露わにしていた。これらのパイプラインは、デンマーク・ボーンホルム島近くを経てドイツ北部で終着する。

ウクライナを経由しなくて済むこの直通ルートは、ドイツ経済にとって好都合だった。安くて豊富なロシアの天然ガスは、工場や家庭の暖房に十分だった。ドイツの流通業者は余剰ガスを西ヨーロッパ中に売って利益を得ていた。米国政府に責任の所在が及ぶような行為は、ロシアとの直接対決を最小限に抑えるという公約を破ることになってしまうので、秘密保持は不可欠であった。

「ノルドストリーム1」は、その初期段階から、ワシントンとその反露NATO諸国によって、西側の支配に対する脅威とみなされていた。その持ち株会社ノルドストリームAGは2005年にスイスで設立され、ガスプロムと提携している。ガスプロムはロシアの上場企業で、株主には莫大な利益をもたらし、プーチン大統領の息のかかった オリガルヒが支配している。

ガスプロムが51%、フランスのエネルギー企業4社、オランダのエネルギー企業1社、ドイツのエネルギー企業2社が残りの49%の株式を共有し、安価な天然ガスをドイツや西欧の地元流通業者に販売する下流工程をコントロールする権利を持っていた。ガスプロムの利益は、ロシア政府と共有され、国からのガスや石油の収入は、ロシアの年間予算の45%にも上ると言われた時代もあった。

米国の政治的な懸念は現実のものとなった。プーチン大統領は必要な収入源を手に入れ、ドイツをはじめとする西ヨーロッパはロシアから供給される安価な天然ガスに依存するようになり、ヨーロッパの米国依存度が低下すると見られていた。実際、その通りになった。

ドイツ人の多くは、「ノルドストリーム1」をヴィリー・ブラント元首相の有名なオストポリティーク理論の実現の一部と見ていた。オストポリティークとは、第二次世界大戦で破壊された戦後のドイツを、ロシアの安いガスを利用して西ヨーロッパ市場や貿易経済を繁栄させるなどのイニシアチブによって復興させることである。

「ノルドストリーム1」はNATOとワシントンから見てすでに危険なものだったが、2021年9月に建設が完了した「ノルドストリーム2」は、ドイツの規制当局が承認すれば、ドイツと西ヨーロッパで利用できる安価なガスの量が倍増するはずだった。また、このパイプラインはドイツの年間消費量の50%以上を賄うことができる。バイデン政権の積極的な外交政策を背景に、ロシアとNATOの緊張は着実に高まっていった。

2021年1月のバイデン大統領の就任式直前、ブリンケン氏の国務長官就任承認公聴会で、テキサス州のテッド・クルーズ議員率いる上院共和党が、安価なロシア天然ガスの政治的脅威を繰り返し提起し、ノルドストリーム2への反対運動が燃え上がったのである。

その頃には団結した上院が、クルーズ上院議員がブリンケン氏に語ったように、「(パイプラインを)直ちに停止させる 」法律を成立させることに成功していた。当時、メルケル首相が率いていたドイツ政府からは、2本目のパイプラインを稼働させるために、政治的にも経済的にも大きな重圧がかかることが予想された。

バイデン大統領はドイツに立ち向かうか?ブリンケン氏は「はい」と答えたが、次期大統領の見解について具体的な話はしていないと付け加えた。「ノルドストリーム2はまずいという次期大統領の強い信念は知っている。彼は、ドイツを含む我々の友好国やパートナー国に対して、あらゆる説得手段を用いて、これを進めさせないようにと指示してくるはずだ」。

数ヵ月後、2本目のパイプラインの建設が完了に近づくと、バイデン大統領は瞬きをした。その年の5月には、国務省高官が、制裁と外交でパイプラインを止めようとするのは「成功の見込みが低い」と認め驚くべき方向転換で、政権はノルドストリームAG社に対する制裁を撤回した。米政権幹部は水面下で、当時ロシアの侵略の脅威にさらされていたウクライナのゼレンスキー大統領に、この動きを批判しないようにと働きかけたと言われている

しかし、その結果はすぐさま現れた。クルーズ議員率いる上院共和党は、バイデン大統領の外交政策担当官候補者全員を直ちに阻止すると発表し、年次国防法案の成立を数カ月、秋深まる時期にまで遅らせたのである。後に「ポリティコ」誌は、ロシアの第2パイプラインに関するバイデン大統領の転向を、「この決定はおそらく無秩序なアフガニスタンからの軍事撤退以上に、バイデン政権にとって痛手になったようだ」と描写している

11月中旬、ドイツのエネルギー規制当局が2本目のノルドストリーム・パイプラインの認可を保留したことで、危機は脱したが、バイデン政権は低迷していた。

このパイプラインの停止と、ロシアとウクライナの戦争の可能性が高まっていることから、ドイツとヨーロッパでは、望まぬ寒い冬がやってくるのではないかという懸念が高まり、天然ガス価格は数日のうちに8%も急騰した。ドイツの新首相に就任したオラフ・ショルツ氏の立ち位置は、ワシントンでは明確ではなかった。

その数カ月前、アフガニスタン崩壊後、ショルツ首相はプラハでの演説で、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の「より自律的な欧州外交政策」を公式に支持し、明らかにワシントンやその気まぐれな行動への依存度を下げることを示唆していた。

この間、ロシア軍はウクライナ国境で着々と不気味に増強され、12月末には10万人以上の兵士がベラルーシとクリミアから攻撃できる態勢にあった。ワシントンでは、これらの兵力は 「すぐにでも倍増する 」というブリンケン氏の評価もあり、警戒感が高まっていた。

このような状況下で、再び注目されるようになったのが、ノルドストリームである。欧州が安価な天然ガスパイプラインに依存する限り、ドイツなどの国々は、ウクライナにロシアに対抗するための資金や武器を供給することをためらうだろうと考えたのだ。

バイデン大統領は、このような不安定な状況下で、ジェイク・サリバン大統領補佐官に省庁間のグループを結成し、計画を練ることを許可した。

すべての選択肢が話し合いの場に上ることになったが、そのうちのたった一つが浮上した。

 

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乗松聡子 乗松聡子

東京出身、1997年以来カナダ・バンクーバー在住。戦争記憶・歴史的正義・脱植 民地化・反レイシズム等の分野で執筆・講演・教育活動をする「ピース・フィロ ソフィーセンター」(peacephilosophy.com)主宰。「アジア太平洋ジャーナル :ジャパンフォーカス」(apjjf.com)エディター、「平和のための博物館国際ネッ トワーク」(museumsforpeace.org)共同代表。編著書は『沖縄は孤立していない  世界から沖縄への声、声、声』(金曜日、2018年)、Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States (Rowman & Littlefield, 2012/2018)など。

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