【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

第1回 ウクライナ戦争報道の犯罪

浅野健一

私は日本が起こしたアジア太平洋戦争が終わった3年後の1948年に生まれた。国が戦争を起こす権利を放棄し、軍隊を保持しないと規定した日本国憲法が施行された翌年だ。戦後76年8カ月、いろんな戦争が世界各地であったが、ロシア軍が2022年2月24日にウクライナに侵攻して始まった今回の戦争ほど、日本の政府と民衆が一体になって戦争当事者2国の片方だけを一方的に支援することはかつてなかったと思う。

欧州東部で起きた、日本が直接関係する戦争でないのに、「ウクライナ頑張れ、ロシアを押さえろ」の大合唱。テレビ、新聞は「ゼレンスキー大統領=善」「プーチン=悪」(呼び捨て)一辺倒で報じている。戦後の日本で最悪の偏向報道だと思う。

れいわ新選組を除く主要政党とほとんどの革新・リベラル系の市民運動家が、「ウクライナとウクライナ国民と共にある」と繰り返している。いままでほとんど知ることもなかったこの国の国旗の二色が目立っている。「祖国のために命をささげる」ことを美化する偏狭なナショナリズムの復活。日本の民主主義こそが危機にある。

私の周辺の市民の多くも「ウクライナのために何かしなければいけない」と心を痛めている。連日、何の罪もないウクライナの子ども、妊婦が被害に遭い、住宅や劇場が砲撃され、ウクライナにある原発がロシア軍に制圧される映像が「プーチンの犯罪」として流されるから、反ロシア感情は拡大する一方だ。

ウクライナのコルスンスキー駐日大使は同年4月1日、東京の日本記者クラブで記者会見し、在日ウクライナ大使館に寄せられた寄付金が50億円に上ることを明らかにした。日本で約20万人から寄付があったという。「女性自身」(電子版、同年3月25日)によると、在日ウクライナ大使館は3月7日には、日本の約15万人から約40億円の寄付が寄せられたと発表していた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/84a4e579d541806946239fd4c34aeb1a3e26c405

村山富市首相が呼び掛けて設立された元日本軍性奴隷の女性たちへの償いを行うための「女性のためのアジア平和国民基金」(1995~2007年)の「国民募金」の総額は約6億円だった。日本による侵略戦争の過去清算のための募金は12年をかけて6億円で、ロシア軍の被害国には5週間で50億円。日本の民衆のウクライナへの共感と熱狂ぶりがよく分かる。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/asia_jk_genjyo.html

私はチェルノブイリ原発事故の放射能汚染を取材するため2012年と19年にウクライナを訪れた。「食品と暮らしの安全基金」(小若順一代表)の調査に同行した。冊子で発行した19年5月の調査レポートは同基金のHPで全文が読める。
http://tabemono.info/shuppan/hon/d0047.pdf
http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi/archives/17716626.html

1 2 3 4
浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ