[報告]小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教): 原発が原爆になる─ザポリージャ原発占拠と日本の改憲─
核・原発問題では、もし原子力発電所が武力攻撃を受け、原子炉が破壊されたらどうなるのか? ウクライナに攻め込んだロシアは、ザポリージャ原子力発電所を攻撃し、占拠し、今はそこを軍事基地にしている。ザポリージャ原子力発電所は100万キロ㍗の原子炉6基を抱えるヨーロッパ最大の原子力発電所である。その原子炉の中には膨大な放射性物質が存在している。
しかし、おそらくロシアは意図的にはザポリージャ原発を破壊しない。なぜなら、そうしてしまえば、ロシア自身が大量の放射能汚染を受けるからである。
日本ではフクシマ事故後、原子力規制委員会が作られ、原発の立地・運転を認めるかどうかについての「新規制基準」が作られた。しかし、規制委員会の現委員長は「(新規制基準が)武力攻撃に耐えるようにという要求をしているわけではない」とし、仮に原発がミサイル攻撃を受けた場合の被害想定については「審査の中で検討も議論もしていない。仮定すらしていないので答えようがない」と答えている。
つまり、原発は武力攻撃に対して何の対策も取っていないし、攻撃を受けたらどうなるか分からないというのである。それなら、炉心に内蔵されている死の灰のほぼ全量が放出されてしまうような事態だって想定できる。
そうなれば、日本全体が猛烈に汚染される。アベさんは戦争に備え軍備を強化し、米軍の核兵器を共同運用しようと発言していた。冗談ではない。本気で戦争の心配をするなら、まずは原発を廃止することこそ必要である。
・戦争を必要とし、戦争を起こしてこそ大儲けする軍需産業
ロシアが武力攻撃に踏み切った理由は、東側世界のワルシャワ条約機構が冷戦後解体されたのに、西側世界のNATOはワルシャワ条約機構に属していた旧東側世界の諸国を次々と取り込んで拡大し、旧ソ連の主要共和国であったウクライナすらがNATOに取り込まれそうになったからである。
しかし、プーチン大統領の思惑は完全に外れた。いまや、中立を保とうとしてきたフィンランドやスウェーデンまでがNATOに加入しようとし、ドイツは再軍備に舵を切った。
一方、米国は高性能な武器を次々とウクライナに提供し、ウクライナとロシアを互いに闘い続けさせている。米国は自ら軍隊を送らないまま、もともとは同じ国であったロシアとウクライナを闘わせ、徹底的に消耗させようとしている。米国は世界最大の軍事大国である[図表1]。
戦争を放棄し、軍隊を持たないと宣言した日本も第9位に入っており、軍事大国の一員となっている。それでも、2位の中国から10位の韓国までを合わせてもなお米国に及ばない。
もちろんその軍事大国米国は、圧倒的な軍需産業を保有する国でもある。米国の軍需産業は今回の戦争で巨額な利益を得る。[図表2]に世界の軍需産業10傑を示す。10傑のうち、1位から5位までを米国が独占、10傑のうち6つまでもが米国の軍需産業である。また、軍需産業100傑までの売上額は2020年で5550億ドル、うち米国の45社で3060億ドル、100傑までの55%以上を占めている。
米国は世界最大、それも圧倒的な軍需産業を保有する国である。もちろん、米国の軍需産業は今回の戦争で巨額な利益を得る。ロシアによるウクライナへの武力攻撃が始まって以降、世界最大の軍需産業、ロッキード・マーチン社の株価は16%も上昇したという。
・歴史は一つずつの出来事の積み重ねで流れる
第二次世界戦争の悲劇を経験した日本は、戦争を放棄する憲法を持った。憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した」と書いた。そして9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と書いた。武力によって国を守ろうとすれば、いつか戦争が起きる。
ロシアによるウクライナへの武力攻撃を理由に軍備と軍事同盟の強化に向かうことは決定的な間違いである。真に必要なことは戦争をなくす方向に向かうことである。まずは人殺しのための武器を作り、それによって利益を売る軍需産業をなくさなければならない。
そして、軍事同盟であるNATOも日米安保条約も廃止し、世界中の国々が軍隊を持たない国になることである。多くの人はそんなのは世迷言だと言う。しかし、それができないなら、また戦争が起きるだけである。
第二次世界大戦において、ナチスによってとらえられ、ダッハウの強制収容所に捕らえられていたドイツ福音主義教会の牧師マルチン・ニーメラーは生きて解放された。そのニーメラーは戦争を防げなかった自らの歴史を振り返って以下のように述べている。
「ナチスがコミュニストを弾圧したとき、私はとても不安だった。が、コミュニストではなかったから、何の行動も私は行わなかった。その次、ナチスはソシアリストを弾圧した。私はソシアリストではないので、何の抗議もしなかった。それから、ナチスは学生・新聞・ユダヤ人と順次弾圧の輪を広げて行き、その度に私の不安は増大した。が、それでも私は行動しなかった。ある日、ついにナチスは教会を弾圧して来た。そして私は牧師だった。が、もうその時はすべてがあまりにも遅すぎた」。
先の参議院選挙の投票日前々日に、憲法を改悪し、日本が戦争をできる国にしようとしたアベさんが銃撃されて死亡した。アベさんの功績が2日間にわたって電波をジャックし、選挙では自民党が大勝、改憲勢力が憲法改悪の発議に必要な3分の2をついに超えた。歴史は何気ない一つずつの出来事の積み重ねで流れる。
多くの日本人はそれに気づかないままだが、日本は今、一歩一歩戦争に向かって落ちていっている。第二次世界戦争の時もそうであった。気づいた時には、「戦争が廊下の奥に立っていた」(渡辺白泉)という状態になっていて、戦争を止めることは誰にもできなかった。
今、日本で生きている多くの人も戦争など望んでいないであろう。しかし武力で国を守ろうとする道を進むなら、いずれ日本も戦争に巻き込まれる。
(雑誌「季節」2022年秋号より)
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1949年生まれで、京都大学原子炉実験所助教を2015年に定年退職。その後、信州松本市に移住。主著書は、『原発のウソ』(扶桑社新書)、『原発はいらない』『この国は原発事故から何を学んだのか』『原発ゼロ』(いずれも幻冬舎ルネッサンス新書)、『騙されたあなたにも責任がある』『脱原発の真実』(幻冬舎)、『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』(毎日新聞出版)、『原発事故は終わっていない』(毎日新聞出版)など多数。