巨大製薬企業に国家予算流出、政府に阻害された「日本製ワクチン」
社会・経済・ワクチン購入に国富が海外へ流出
「いったいどれほどの税金が、新型コロナワクチンを購入するために海外の製薬メーカーに流れることになるのか」。
そう呟くのは、医療行政を取材してきた大手新聞社の記者である。
日本のワクチン購入費は天井知らずだ。
6月5日付の西日本新聞は「ワクチン費用5兆1900億円 東京五輪の開催費3回分超 購入費が5割弱 接種本格化から1年」と報じている。年間でみてもコロナ対策関連費用は5兆円を超え、その半分近くの約2兆4000億円が、ファイザー(米)、モデルナ(米)、アストラゼネカ(英)、ノババックス(米)等、海外メーカー製のコロナワクチンの購入費に充てられているという。
岸田政権は3月25日の閣議で、4回目のワクチン接種のため、ファイザーから7500万回分、モデルナから7000万回分、それぞれ追加購入するための費用として約6670億円を計上。国産治療薬の開発支援の強化や水際対策のための検疫体制の確保、抗原検査キットの確保等の費用を含め、合計1兆4500億円を投入し、令和3年度予算の予備費5兆円の9割以上を使い切っている。
朝日新聞デジタルは4月7日付の「岐路のワクチン、費用対効果を問う声 2.3兆円で8.8億回分購入」という記事で、「政府はこれまで約2兆3000億円を投じて約8億8000万回分を購入してきたが、費用に見合う効果が得られるのか、問われる局面を迎えている」と報じた。
単純計算で2.3兆円、8.8億回は、1回分が約2613円。別の報道では購入費約2.4兆円、8億8200万回という数値もあり、1回分の購入費は約2721円となる。
イギリスでも、ファイザー製のワクチンは原価76ペンス(約124円)なのに、22ポンド(約3500円)で販売されているとガーディアン紙が批判した。原価には、超低温での保管費や輸送費、研究開発費は含まれないが、製薬会社が莫大な利益を上げたことは確かだ。世界のワクチン売上は、2021年は600億ドル以上、うち1位のファイザーは367億ドルだという。
菅義偉前首相がワクチン供給を要請したファイザー社のアルバート・ブーラCEOは、「当社のワクチンは、裕福な国には食事代程度の負担で販売。中所得国にはその半額程度、低所得国には原価で提供する。最も貧しい地域に対しては、無料で寄付する」と、SNSに投稿した。
日本は「食事代程度」で提供されるグループに入るが、2021年のアメリカの1人あたり年間国民所得は6万9231ドル(約630万円)。日本は3万9339ドル(約357万円=ともに当時)であり、1.75倍の開きがある。
ブーラCEOが、低所得国には原価で販売するか無償で寄付すると言っても、高く買ってくれる国よりも、貧しい国を優先することはない。ワクチン供給を後回しにされた国に対して、日本政府が食事代価格で購入したワクチンを融通したこともある。
政府はそれを「ワクチン外交」などと言ったが、つまるところは海外製薬メーカーを儲けさせただけである。
もし国産ワクチンの開発に成功していれば、余計な出費をせずに、日本製ワクチンを供与することも可能だった。
冒頭の新聞記者は、「新型コロナの危機が取り沙汰された2020年初頭から、安倍・菅政権時代の間、メディアは必要量のワクチンを確保できるかを、政府に問い質してきた。一方で、国産コロナワクチンが開発されない理由を追及することはなかった。コロナパンデミックは、マスコミばかりか、多くの専門家にとっても想定外の出来事だった。だから、情報を提供する政府や官僚に依存する報道になりがちだった」という。
なぜ国産ワクチンの開発は進まなかったのか。ロシアや中国が自前のワクチンを開発していることを考えれば、研究開発予算の不足や、日本の研究者の能力不足のためではないと思われる。
松野博一官房長官は9月21日の会見で、新型コロナウイルスのパンデミック終了宣言は「現時点で考えていない」と述べ、今後もワクチンが必要との認識を示した。
実は、早期の国産ワクチンの開発は、できなかったのではなく、あえて遅らせられたと思われるのだ。
・第一人者の研究費を認めない国
東京新聞2021年4月5日付の記事「《新型コロナ》国産ワクチン、3年前に治験直前で頓挫 東大・石井教授『日本は長年、研究軽視』のツケ今に」は、「遺伝子ワクチン」研究の第一人者である東京大学医科学研究所の石井健医学博士に取材し、国産ワクチン開発の遅れの理由を解説している。
石井教授の研究グループは、コロナ禍前の2016年に未知の感染症に対応するワクチンを緊急に作る計画を立案。RNAワクチンの研究を進め、当時、中東で流行していたMERS(中東呼吸器症候群)のワクチン開発を目指し、サルへの投与実験に成功。ヒトでの治験のために研究費の助成を国に申請したが、却下されたという。
石井教授は国から、研究費は企業に出してもらうよう告げられる。東京新聞は「治験に進みたいと何度も訴えたが、予算を出してもらえなかった」という石井教授の無念さを伝えている。
しかし、同記事は、石井教授の申請を却下した国側の機関や担当者については触れていなかった。
第2次安倍政権の成長戦略の一環「日本再興戦略」として2015年4月1日に設立された国立研究開発法人「日本医療研究開発機構」(略称AMED)という組織がある。
AMEDの設立趣旨とは、ホームページの説明などを要約すると、次のようなものだった。
医療分野の研究開発は、これまで文部科学省、厚生労働省、経済産業省がバラバラに支援しており、基礎研究から実用化までの研究開発支援の一貫体勢が存在せず、そのために臨床研究や治験のための研究体制に不備が存在し、医薬品開発は盛んであるが、日本の医薬品・医療機器の貿易赤字額は拡大傾向にあった。
これらの問題の解決のため、医療分野の研究開発を総合的に推進する司令塔機能として、日本医療研究開発機構を設立することとなった。その結果、2015年4月の発足以降、医療分野の研究開発支援は、AMEDが司令塔の機能を果たしていた。
筆者が石井教授の研究室にメールで質問すると、東京新聞の記事における国側とは、「当時の石井教授が所属していた研究所の方針だったと理解しております」という回答だった。
石井教授は、2017年1月のダボス会議の合意によって発足したCEPI(感染症流行対策イノベーション連合・本部オスロ)にも支援依頼を提出したが、「臨床試験の第1相を終了したプロジェクトでないと採用できない」と言われたという。
なお、AMEDのホームページで確認すると、石井教授は、RNAワクチン以外の研究では、2017年、2020年、2021年にAMEDの助成を受けていた。2018年にRNAワクチンのヒトへの治験を目指していた石井教授が国の研究支援を受けられなかったのは、何か理由があったのだろうか。
・なぜ支援を受けられなかったのか
AMEDは3月22日、ワクチン開発のために先進的研究開発戦略センター(SCARDA)の設置を発表している。
厚労省も6月に「医薬産業振興・医療情報審議官」を新設し、初代の「医薬産業振興・医療情報審議官」に、城克文元経済課長(現AMED理事)を充てる人事を発表。また課長級として参事官「医政局特定医薬品開発支援・医療情報担当参事官室」も新設している。
コロナ禍から2年も経過して、ようやく国産ワクチン開発支援組織を新設するとは、なんと悠長な対応ではないか。
AMEDについては、筆者は「紙の爆弾」2018年6月号でも、すでにレポートしている。その際、安倍晋三元首相と親しかった元TBS記者の山口敬之氏が支援を受けていた「ペジーコンピューティング」が、経産省所管のNEDO(国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」)から助成金を搾取した容疑で、斉藤元章社長と元取締役の2人が、2017年2月に東京地方検特捜部に詐欺容疑で逮捕された件を引き合いに、いずれAMEDもマスコミを賑わせるのではないか、と記した。
もっとも、当時の筆者は、またぞろモリ・カケや助成金詐取事件のような不祥事を起こすのではないか、という程度の認識だった。だが、国産ワクチン開発の遅れは、助成金詐欺事件とは比較にならないほどの巨額の損失を国家と納税者に与えているのだ。
昨年の日本の貿易収支は、前年度の5634億円の黒字から一転して、5兆3748億円の赤字だ。今年度は、上半期だけで赤字が7兆9241億円と前年度を上回り過去最大を記録している。
その要因は、原油・天然ガス等のエネルギー資源の高騰と説明されている。しかし、海外からのワクチン購入費もかなりの割合を占めていることは、前出の数字からも明らかだ。
京都府出身。海外情報専門誌記者を経てフリーランスジャーナリスト。