【連載】ウクライナ戦争と分断される世界(大西広)

第3回「一帯一路」をバイアスなく理解するために

大西 広

・中国ラオス鉄道の建設調査から分かること

ただし、こうしてハンバントタ港整備計画を多少、辛口で評価するには、私が直接に調査を行った中国ラオス鉄道の計画がかなりしっかりしたものであるということも関わっている。

実は私はラオスの研究者たちとの関わりが深く、11度も調査をしているだけではなく、ラオス政府内部に2人もの弟子を持っている。京大時代にドクターを出した国民経済研究所の高官がひとりと、慶應に来てからドクターを出したその若手研究者である。そして、その両氏ともが中国ラオス鉄道事業に深く関わっており、この事業に至る内部の真剣な議論やその論点などを聞いてきた。

ラオスはスリランカ以上に小さな国ではあるが、さすが「社会主義」でしっかりした国家体制を実現している。融資される際にはちゃんと抜かりなく事前調査をする、そういうシステムができあがっているのである。

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実際、計算の詳細は小著『ウクライナ戦争と分断される世界』の第5章に譲るが、返済計画は次のように計算されている。すなわち、

・まず、ラオス政府は当初5年間には5億ドルを分割で直接に事業に支払い、中国輸出入銀行から年率2.3%で借り入れる4.7億ドルを当初5年は利子分のみを、後に元本も含めて支払う。

・この場合、7億ドルの25年ローンを組むと利子総額は1.53億ドルとなるのでもしこれを最初の5年間に均等に支払うとすれば、その年間支払い額は約3000万ドルとなる。したがって、当初5年間の毎年の支払いは2.5億ドルを5年分割した5000万ドルにこの3000万ドル弱を加えて8000万ドル弱となる。この場合、5年後以降の毎年の支払いは元本4.7億ドルの単純な分割支払いとなるので、年額にすると4.7億ドル/25=1880万ドルとなる。

・したがって、ラオス政府の現在の国家予算36億ドルとの関係で、政府返済の負担の軽重を数値化すると、最初の5年間はそれぞれ 8/36=2.2%、その後は0.188/36=0.5%程度となる。当初の5年には厳しさもあるが、それを乗り切れば経済成長によってかなり楽な支払いとなるものと想像される。

他方、鉄道事業自体の採算性については、貨物輸送収入が決定的なことが分かっている。旅客収入だけであれば、返済に使われる全25年間について甘い予想でも総額で60億ドルとなり、これをラオスの出資比率をかけると18億ドルとなる。

もちろん、これは「鉄道収入」であって、鉄道運営に関わるコストがここから差し引かれるから、多めに見ても上記返済総額7.2億ドルには達しないからである。

が、そういう目で昨年12月の開業後の輸送実績を見れば、返済可能なレベルで実績が重ねられていることが分かる。実際、2021年末に開業して以降、開業の効果ははなばなしい。

『日本経済新聞』は22年3月17日の記事で「中国への鉄道 ラオス経済潤す」と書いたが、それによるとラオスは22年1月期だけで4100万ドル(約45億円)の貿易黒字となった。

この「貿易」にはトラック輸送のものも含まれようが、「黒字額」の数字なので、輸送された財貨の金額は逆に4100万ドルを超えることになる。そして、この一部が運賃収入として鉄道会社に、そして、その出資者たるラオス政府にも還流することが重要である。

さらにまた、この「経済成長効果」も大きい。というのは、この数字を純輸出の増額に換算すると一年前には1000万ドルの貿易赤字であったから、5000万ドルとなる。

ラオス政府は2022年中の貿易黒字を対前年比で5億5000万ドル増やそうと計画しているが、これはGDPの2.5%に達するから、この鉄道だけでおおよそ経済成長率を2.5%程度引き上げたことになる。

こうした鉄道事業の目的はもちろん単なる「採算」ではない。それによって経済を発展させることがより上位の政策目標である。つまり、こうしてラオス政府は各種の政策目標を順序付け、厳密に計算して政策を進めている。

資金の受け入れ国さえしっかりしていれば、ハンバントタ港整備事業のようなことにはならない。私が、「債務の罠は受入国の問題」というのはこの意味においてである。

(私はラオスにおける中国のインフラ建設事業の調査を何度も行ったが、この鉄道建設事業については2019年3-4月の週間に行った全線422kmの現地調査が最も徹底したものとなった。写真はその一部である。下に走る道は建設のために新たに作られた道で、現地住民がその後生活道路として使うものとなっている。こうした付随的な生活改善効果も重要である。)

 

[1] ハンバントタ港開発に関するこれらの事情は朱建栄「ハンバントタ港99年運営権契約の再検証—『債務の罠』の罠を衝く」日本華人教授会議主催・東京大学グローバル中国研究拠点共催緊急討論会(2022年8月8日)発表レポートによる。ただし、朱教授と私とでは若干の評価の相違が存在する。

 

関連資料:ウイグル問題と香港問題〜少数民族問題の視点から(大西広・慶應義塾大学名誉教授、木村朗ISF独立言論フォーラム編集長) 

 

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大西 広 大西 広

1956年京都府生まれ。京都大学大学院経済学研究科修了。立命館大学経済学部助教授、京都大学経済学研究科助教授、教授、慶應義塾大学経済学部教授を経て、現在、京都大学・慶應義塾大学名誉教授。経済学博士。数理マルクス経済学を主な研究テーマとしつつ、中国の少数民族問題、政治システムなども研究。主な著書・編著に、『資本主義以前の「社会主義」と資本主義後の社会主義』大月書店、『中国の少数民族問題と経済格差』京都大学学術出版会、『マルクス経済学(第3版)』慶應義塾大学出版会、『マルクス派数理政治経済学』慶應義塾大学出版会などがある。

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