シリーズ日本の冤罪㉜ 湖東記念病院事件その3:再審無罪の西山美香さんに警察・検察の違法な追い打ち
メディア批評&事件検証・国賠訴訟で続く滋賀県警の悪あがき
以下、国賠訴訟に提出された資料から、滋賀県警の捜査や取り調べにどのような違法・過失があったかを検証する。あまりに多いため、紹介するのは一部であることをお断りしておく。
①アラーム音を聞いたことを認めた美香さんは、それによってA看護師に対する取り調べが厳しくなり、A看護師がノイローゼになったと聞いた。美香さんはA看護師に申し訳ないと思い、山本氏に「アラーム音を聞いていない」と訴えて、聞いた旨の供述の撤回を懇願したが拒否された。
追い詰められた美香さんは、A看護師に迷惑をかけられないと思い、精神的に不安定になり、山本氏に対し「自分が管を抜いた」と言ってしまった。業務上過失致死事件は一躍殺人事件となり、美香さんは殺人罪で逮捕された。
その後、警察が捜査しても、早朝の病棟で鳴り響いたはずのアラーム音を聞いた人が一人も現れなかった。警察は、アラーム音は鳴っていなかったと認識を変えた。
そうすると、管を外しながらアラームが鳴らなかったのはなぜかという問題が生じる。警察は、捜査によって人工呼吸器に消音状態維持機能があることを把握し、山本氏は、美香さんがその機能を使ってTさんを殺害した旨の自白調書を作成した。美香さんは、山本氏に好意を抱いており、そのことを知っていた山本氏は、美香さんの恋心を利用して一種のマインドコントロール状態に置き、思うがままの自白調書を作成していった。
さらに山本氏は弁護人を誹謗、美香さんの弁護人に対する信頼を棄損した。接見禁止決定によって家族との面会もできなかった美香さんは、全面的に山本氏に依存することになってしまった。
②滋賀県警は、起訴後も美香さんをマインドコントロール下に置く手を緩めず、山本氏をして頻繁に取り調べをさせた。その回数は14回にも及び、1日9時間~10時間も取り調べを続けた日もあった。
山本氏は、その取り調べにおいて、美香さんが、公判で起訴事実を認めるか、否認するのかを探った。そして否認しそうだと思うと、担当検事宛の手紙を書かせた。
その文面は「両親や弁護士が否認を勧めるので迷っているが、自分がTさんを殺したことは間違いないから公判では事実を認める。もし公判で否認したとしてもそれは自分の本当の気持ちではない」といった内容である。この種の手紙を書かせた回数は都合5回。最後に書かせたのは、第1回公判期日の3日前であった。
山本氏は、なぜこんな手紙を書かせたのか。美香さんに、公判で否認することを断念させるためだったとしか考えられない。
最高裁は、「起訴後の取り調べは、原告の当事者たる地位に鑑み、なるべく避けなければならない」と判示しているが、滋賀県警と山本氏は、この判例に反する行為を続け、美香さんを追い詰めていった。
そのため、美香さんは第1回公判当日、精神的に不安定との理由で罪状認否を留保せざるを得ず、ようやく否認に転じたのは第2回公判だった。こうした違法行為は、過失ではなく明らかに故意に行なわれたものだ。
③患者Tさんを解剖した滋賀医科大学の西克治教授(法医学)は、鑑定書で死亡理由を「人工呼吸器停止、管の外れ等に基づく酸素供給欠乏が一義的原因と判断される」とした。解剖前に警察に「人工呼吸器の管が外れていた」との説明を受けていたためである。
しかし、2004年3月2日、山本氏が西教授から電話で、「管の外れのほか、管内での痰の詰まりにより、酸素供給低下状態で心臓停止したことも十分に考えられる」と聞き取っていたことがわかった(同日付犯罪捜査報告書。以下、山本捜査報告書)。死因は痰詰まりではないかとの見方が存在していたのだ。
だが、この重要な山本捜査報告書を滋賀県警は、大津地検に送致していなかった。刑事訴訟法では、警察は、犯罪捜査をした場合、速やかに書類および証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならないと定められている。
検察官が起訴・不起訴を決めるため必要だからであり、警察にとって不都合な証拠を隠蔽すれば、検察官の適正な職務ができないからだ。滋賀県警のこの行為は、明らかな全記録送検義務違反だ。
とりわけ、管が外れていなかったことが判明して以降は(当初は、Tさんの異常発見時に管が外れていたと供述していたA看護師は、後にその供述を翻した。また、美香さんの自白では、Tさんを殺害したあと、管を繋ぎ直したことになっていたから、Tさんの異常発見時、管が外れていたという証拠はなくなっていた)、滋賀県警の捜査も「管が外れていた」事実を前提にした西鑑定に依存することはできなかったはずだ。
それでも山本捜査報告書を地検に送致しなかったのは、滋賀県警が自分の見立てと異なる証拠を故意に送らなかった可能性がある。絶対に見逃せない重大問題だ。
・その後も続く滋賀県警の不当な訴訟対応
前述したように、滋賀県警は国賠訴訟が始まってすぐに、美香さんを「犯人視」する主張を行ない、その後撤回した。しかし、その後も滋賀県の不当な訴訟対応は続いている。
県側は第2準備書面で「看護師らの中で日常的に消音状態維持機能が使われていた」と述べ、だから美香さんの自白には信用性があったと主張した。
これに対して弁護団が「どの証拠に『看護師らの中で日常的に消音状態維持機能が使われていた』との記載があるのか」と説明を求めたところ、県側は、第3準備書面で、当時の看護師3人と臨床工学技士1人の4人の供述調書の内容を指摘してきた。しかし、そのような記述はどこにもなかった。
そればかりか県側は、臨床工学技士の供述調書について、前後の脈略に関連がない文章を繋ぎ合わせ、あたかも看護師らが消音状態維持機能を知っていたかのように読める文章を作ってきた。弁護団はこの書面について「裁判官が全ての証拠を読み込まなければ、誤読しかねない詐欺的な内容だ」と強く批判している。どこまで悪あがきを続ける気なのか。
以上の滋賀県警による捜査及び国家賠償請求訴訟における対応は、いずれも極めて違法・不当なものである。
・検察(国)の捜査段階の違法
検察(国)は、この裁判で捜査・取り調べ・起訴に違法や過失はなかったと主張している。果たして検察官に、違法・過失はなかったのか。
湖東記念病院冤罪事件は、目撃者や呼吸器の管に付着した指紋等の物的証拠はない。美香さんの自白以外は、西教授の鑑定書しか証拠が存在しない。しかも、その鑑定書は当初「管が外れていた」ということを事実として前提にしていたため、「管が外れていた」との証拠がなくなった段階では、信用性が乏しいものとなっていた。
そうしたなかで、検察官が美香さんの起訴・不起訴を決定するには、鑑定書以外に、美香さんの自白の信用性・任意性の判断が極めて重要であった。
美香さんの供述内容は何度も変遷していたことから、信用性に疑問があることは、検察官も十分わかっていたはずだ。だから検察官は、美香さんが消音状態維持機能の使用を習得した経緯について、合理性のない警察官調書とは内容の異なる調書を作成した。
検察官の調書では、美香さんは「消音状態維持機能は知らなかったが、管を外し『ピッ』と鳴ったアラーム音を消音ボタンを押して消し、1秒、2秒、3秒と数え、60秒になる前に消音ボタンを押したら、60秒経過後も消音状態が続いたので、消音状態維持機能を把握した」とされていた。
しかし、消音状態維持機能を使う意思がなかった(知らなかった)のであれば、消音ボタンを押した後、1秒、2秒、3秒と数える理由がない。この点は、再審開始決定を下した大阪高裁が指摘したものであるが、このように検察官の調書の内容は、極めて不合理なのである。
検察官はさらに、美香さんの自白には任意性がないことも知っていたはずだ。美香さんの調書には山本氏について「私のことでこんなに真剣になってくれる人は初めてでした。刑事さん、私を見捨てないでください」等と、山本氏に恋愛感情や信頼感をうかがわせる記載が多数あり、山本氏と美香さんの異様な関係を知っていたはずである。
検察官は、このような取調官と被疑者の特殊な関係が虚偽自白の温床になると知りながら、滋賀県警に問題を是正させることもなかった。前記の山本氏による起訴後の違法取り調べも、検察官は許可している。警察の違法に追随した検察官にも、同様の責任がある。
検察官は、自白以外の唯一の証拠である西鑑定書の信用性についても、十分な検討・評価をすべきであったが行なっていなかった。故に、検察官の起訴は、職務上の注意義務に違反しており違法であった。
検察官(国)については、ここで書ききれない違法・過失があるが、最後に大阪高裁の再審開始決定について、特別抗告をした違法を挙げておきたい。
特別抗告理由は、憲法違反・判例違反などに限られているのに、検察官は事実誤認を主張し、証拠調べを行なわない最高裁に対し、証拠調べ請求までしたのである。最高裁からは三下り半で棄却され、検察官の特別抗告は美香さんの雪冤を1年3カ月遅らせる効果しかもたらさなかった。
現在、再審法改正運動の中で、再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての禁止が挙げられている。検察官は、再審公判において有罪立証ができるのだから、再審開始決定に対する不服申し立て権を認める必要はない。
それにしても、滋賀県警(県)の、西山国賠訴訟での異常ともいえる行為は何のためなのだろうか? 滋賀県警は本シリーズでも紹介した「日野町事件」「滋賀県バラバラ殺人事件」など、多数の冤罪事件を作っている。
前者の事件の再審では、滋賀県警が「引き当て捜査」(事件に関係する場所に被疑者と捜査官が行き、写真を撮影したりする捜査活動)で撮影した写真で、往路と復路を入れ替えるという卑劣な行為を行なったことが判明、後者の事件では、被疑者が一貫して否認しているにもかかわらず、いつ、どこで、どう殺されたかわからないまま、懲役25年の刑が下された。
滋賀県警は、こうした過ちを猛省し、西山国賠訴訟に真摯に取り組むべきだ。
(月刊「紙の爆弾」2022年12月号より)
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新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3.11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。