第3回 足利事件③:容疑者リストから外され、後にルパンと呼ばれた男性
メディア批評&事件検証足利事件の捜査本部は、栃木県足利市内で幼稚園バスの運転手をしていた菅家利和さんを最初から容疑者として見ていたわけではなかった。実は渡良瀬川を境にした群馬県太田市在住の会社員の男性(当時30歳)に刑事たちが目をつけ、事情聴取をしていた。
その男性は、群馬県警に窃盗容疑で逮捕されていた。足利事件の発生から2カ月後の1990年7月下旬に群馬県警から「窃盗容疑で逮捕した例の男が起訴になった」との連絡が入り、栃木県警は急遽捜査員3人を群馬県警大泉署に派遣し男性に3日間事情聴取したが、自供には至らなかったのだ。
その男性はパチンコが好きで、真実ちゃんが父親に連れられて行ったパチンコ店「ロッキー」によく通っていた。しかも真実ちゃんが殺害されたとみられる当日、90年5月12日夕方、店内で真実ちゃんと会話をしていたのだ。しかもその日だけではなかった。その情報を放置する刑事はまずいない。刑事たちは一気に気合が入った。
事件当日、パチンコ店内のテレビがある休憩コーナーでしばらく遊んでいた真実ちゃんが前日に遊ぶ約束をした男の子たちが来るからと言って父親にパチンコをすすめて傍を離れたのが、午後6時10分ごろだ。このときが父親が真実ちゃんを見た最期であった。
ここでISF(独立言論フォーラム)副編集長の梶山天(たかし)の脳裏にはある疑問が浮かんだ。遊ぶ約束をした男の子たちを待っていた女児が1人で外に出ていくだろうか。
もしかしたら、子どもたち以外に顔見知りの人物がいたのではないかと思わずにはいられない。たとえ1人で外に出たとしても、友達が来てないか、気になるはずだから遠くには出ずに、せいぜい店の前辺りで待っているのが限度ではないのだろうか。
その梶山の推察を裏付ける目撃情報が存在した。真実ちゃんが父親と離れて20分後の午後6時半ぐらいだ。「ロッキー」従業員の長谷川あかねさんがこの男性と「ロッキー」の出入口横で話し込んでいる真実ちゃんを見て、「真実ちゃんバイバイ」と声をかけていたのだ。
長谷川さんは、前日の5月11日にも真実ちゃんに「変なおじさんがお菓子をあげるっと言ってもついていっちゃだめよ」と言葉をかけ、真実ちゃんも挨拶を返していたそうだ。この長谷川さんは事件当日、真実ちゃんの傍らにいた男性をてっきり父親と思い込み、会釈をしてその場を離れたという。
実はその男性こそが、冒頭で記した栃木県警が事情を聴いたという太田市在住の会社員の男性(当時30歳)だった。梶山が入手した「司法警察員面前調書(警察官の面前で容疑者が供述した内容を録取した調書)」を紹介しよう。
男性は、菅家さんが足利事件の犯人として逮捕されて間もない91年12月15日に事情聴取を受けていた。すでに事件発生から2カ月後に3日間連続で調べられていたのだ。司法警察員面前調書には以下のように記されていた。
昨年五月一二日夕方 足利市内のニュー丸の内、ロッキーパチンコ店駐車場付近から松田真実ちゃん四歳が連れ去られ、渡良瀬川河原で殺されていたのが見つかりましたが、私は、この五月一二日夕方 殺された真実ちゃんと話を交わしておりますのでその時の状況を話します。
ただ、この時の情報については、昨年七月一八日、一九日、二〇日の三日間事情聴取を受けております。そしてその時の刑事さんに当時の状況を詳しく話をしたところ私が犯人ではないということを判って貰ったのです。
同調書には、男性は真実ちゃんとは、パチンコ店「ロッキー」で2度会ったと供述していたことが記されている。1度目は昨年4月中旬ころの午後9時頃で雨の日。この日、友人と2人で朝からロッキーに行き午後9時に店を出た。
友人はパチンコ店「ニュー丸の内」に入ったが男性は店に入らず、店西側の出入り口にいて近くにいた真実ちゃんに話しかけたという。その時の真実ちゃん状況を男性は以下のように説明していた。
年齢四~五歳。オカッパ頭。今では、殺された真実ちゃんと解かりましたが、髪を雨でビッチョリ濡らした女の子が居たのです。私はその女の子に風邪をひいちゃうぞと声を掛けたところその子は、何か言ったのですが、忘れてしまいました。
そして女の子は黄色いタオル何処へいっちゃったお父さんか お母さんか忘れてしまったのですが、どちらかに怒られちゃうと話したので、黄色いタオルはロッキー店南側休憩所カウンター上に置いてあったのを見た気がしたので、その場所を話したところ、ありがとうと言ってロッキーの方向に行ったのです。
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。