帝国のプロパガンダ装置としての『ニューヨーク・タイムズ』② ―構造化しているCIAや「安全保障国家」との癒着―
国際歴史的なチャーチ委員会が明らかにしたこと
委員長であったフランク・チャーチの名前から「チャーチ委員会」と称されるこのセクションは、CIAやNSA(国家安全保障局)、FBI(連邦捜査局)の権力乱用の実態を広く暴いて議会史上に名を残したが、その最終報告書には以下のような記述がある。
「対外諜報活動の任務を遂行する上で、CIAはメディアを情報収集と偽装の肩書の使用(cover)という両方の目的のために利用した。CIAは1976年2月に国内メディアに関する新たな方針を発表するまで、約50人の米国人ジャーナリストやメディアの社員と、秘密の関係を有していた。彼らはCIAに情報を提供し、時には偽装プロパガンダを通じて外交に関する世論に影響を与えるようとする数百人の外国人のネットワークの一部であった」(注3)。
この「約50人」という評価はあまりに過少という批判を免れないだろう。そして「1976年2月」の「国内メディアに関する新たな方針」とは、当時新CIA長官に任命されたジョージ・ブッシュ元大統領(父)が、「米国のニュースサービス、新聞、定期刊行物、ラジオ・テレビの放送局に勤務するフルタイムまたはパートタイムの特派員等とは、いかなる有料又は契約の関係も結ばない」という内容だ。だが、他方で次のような指摘もある。
「1976年に上院情報委員会が公聴会を開いている間にも、CIAの高官筋によれば、CIAはメディアの重役や記者、通信員、カメラマン、コラムニスト、支局員、放送技術者といったあらゆる関係者と関係を維持し続けていた。このうち半分以上が契約や金銭面での関係を打ち切られたが、CIAと別の秘密協定で依然つながっていた。オーティス・パイク下院議員を委員長とする下院情報特別委員会(スパイク委員会)の未発表の報告書によると、1976年の時点で少なくとも15の報道機関が依然、1976年の時点でCIAに偽装の肩書使用の便宜を供与していた」(注4)。
CIAの工作を担った「ジャーナリスト」たち
スパイク委員会は下院版の「チャーチ委員会」として知られているが、上院と違って最終報告書は国内での公開が見送られた。その一部が海外でリークされたが、そこで上記のようにCIAの「新たな方針」が結局虚偽であった事実が判明している。
さらに、冷戦期の「モッキンバード作戦」に象徴されるCIAのメディア工作の実態が最も仔細に報告されているのは、何といっても前回紹介した元『ワシントン・ポスト』のカール・バーンスタイン記者による1977年10月の『ローリング・ストーン』誌掲載記事「CIAとメディア(THE CIA AND THE MEDIA)」だろう。その引用を続ける。
「ジャーナリストとCIAの関係は、ある者は暗黙で、ある者は公然であった。……ジャーナリストは単純な情報収集から共産主義国のスパイとの仲介に至るまで、あらゆる秘密のサービスを提供した。記者は自分の取材ノートをCIAと共有し、編集者はスタッフを共有した。中にはピューリッツアー賞受賞者や、自らを『無任所大臣』と自称する優秀な記者もいた。
CIAとの関係が仕事に役立つと考えた外国特派員、スパイ活動の勇敢さに興味を持った通信員やフリーランサー、そして最も少ないカテゴリーではあるが海外でジャーナリストを装ったCIAの正職員など、ほとんどのジャーナリストはそれほど高尚ではなかった。
CIAの内部文書によると、米国の主要報道機関の経営陣の同意を得て、ジャーナリストがCIAの仕事を請け負うケースも少なくない。……ジャーナリストの活用は、CIAが採用する情報収集の中でも最も生産的な手段の一つだった」。
「CIAによる米国メディアの利用は、CIA当局が公的に、あるいは議員との非公開の会合で認めているよりもはるかに広範囲に及んでいる。何が起きたのかについての大まかな概要は議論の余地がないが、具体的な内容はなかなか出てこない。……記憶力に優れたCIA高官によれば、『ニューヨーク・タイムズ』は1950年から1966年の間に、約10人のCIA工作員の身元偽造に協力していたというが、彼らが誰なのか、同紙の管理職の誰かが手配したのかは分からない」(注5)。
バーンスタイン記者によれば、「『ニューヨーク・タイムズ』を筆頭に『AP通信』、『ニューズウィーク』、『マイアミ・ヘラルド』等の全部で25の報道機関がCIAの身元偽造を提供した」という。
さらに、CIAに対する外国に派遣された「ジャーナリスト」の協力事項として、①政府・学術機関・軍事組織・科学界の情報源開拓、②CIA本部と現地要因との間の仲介、③特定人物や基地などの重要視施設等の取材を名目にした潜入捜査と報告――等を挙げている。
冷戦期よりひどい「ジャーナリズム」の「共謀」
しかもCIAが「多くのジャーナリストを起用し、彼らを工作活動において最高の人材」と見なしたのは、「外国特派員という仕事の特殊性」が可能にする工作の有益性からであった。
そのため、「元南米担当のCIA部長」の証言として「過去25年間に少なくとも200人のジャーナリストがCIAと秘密保持契約または雇用契約を結んだ」というから、全体で相当数の報道機関の関係者がCIAの工作を担当したのは間違いない。
60年代に弁護士としてベトナム反戦運動の逮捕者の救援活動を担い、生涯を「安全保障国家」との闘いに捧げてCIAやFBIの実態を究明し続けていたウィリアム・シャープによれば、70年代後半には「CIAの全予算の約3分の1がメディアによる宣伝工作に費やされていた」(注6)という。
それだけ、『ニューヨーク・タイムズ』を始めとする主流メディアがCIAの工作においていかに不可欠の位置を占めていたのか想像に難くない。
こうした協力関係が、冷戦期に限定されたと信じ得る根拠はあまりにも乏しい。むしろ海外での「工作活動」にも増して、冒頭のカーペンターの指摘のように「安全保障国家」が手を染めた「対テロ戦争」やイラク戦争、ウクライナ戦争に典型的に見られる「国策」の正当化と宣伝が「驚くべきレベルに達した」「プロパガンダ」こそ、今日の主流メディアが果たす本質的かつ重要な役割となっているように思える。
それにしても70年代にこれほどまで主流メディアのCIAとの「共謀」の事実が明らかになっていながら、『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』等が現在も「ジャーナリズム」然と振る舞い、人々もそれを疑わないどころか、あたかも「質」が担保されているかのように見なしているのは奇怪というしかない。
人々が接する情報の圧倒的多数を供給する主流メディア自身が、自身の「共謀」を報じるのはあり得ないからなのだろう。
それをいいことに意に沿わない他のウクライナ戦争の報道やオピニオンに対し、「ロシアのプロパガンダ」などというレッテル貼りを乱発している『ニューヨーク・タイムズ』に代表される主流メディア自身こそ、米国に対する最も仮借なき批判で知られているオーストラリアのジャーナリストのケイトリン・ジョンストン氏の表現を借りれば、企業と国家の境目がないコーポラティズムの「国家メディア」として「血に飢えた帝国」の「プロパガンダ」工作を担っているのだ(注7)。
もはやジョージー・オーウェルが『1984年』で描いたディストピア的世界だが、のみならずジョンストン氏は「現在、我々が目撃しているのは、CIAがメディアに何かやらせるのではなく、公然とCIA自身がメディアとして行動している姿であり、その意味で今日のメディア状況は『モッキンバード作戦』よりもっとひどい」(注8)とも警告する。
現代の「モッキンバード作戦」に関しては、冷戦期よりも人類にとって破局的事態が近づいている今だからこそ、「共謀」の事実に無頓着であってはならない。
そこで製造されている「ウクライナ報道」の意図的歪曲、事実誤認に、メディアリテラシーを最大限発揮する必要がある。次号は、さらに現在の隠された『ニューヨーク・タイムズ』の「共謀」の実態に迫る。
(注1)March 9, 2021「How the National Security State Manipulates the News Media The American people, who count on the news profession to provide them with accurate, independent information about foreign affairs, are the ultimate victims」(URL:https://www.cato.org/commentary/how-national-security-state-manipulates-news-media)
(注2)October 8, 2019「Operation Mockingbird: A Third of the CIA Budget Went to MEDIA PROPAGANDA Operations」(URL:https://crazzfiles.com/operation-mockingbird-a-third-of-the-cia-budget-went-to-media-propaganda-operations/)
(注3)「Final report of the Select Committee to Study Governmental Operations with Respect to Intelligence Activities, United States Senate」(URL:https://archive.org/stream/finalreportofsel01unit/finalreportofsel01unit_djvu.txt)
(注4)March 5 ,2017「Newly-Declassified Documents Show that CIA Worked Closely with Owners and Journalists with Many of the Largest Media Outlets」(URL:https://arretsurinfo.ch/newly-declassified-documents-show-that-cia-worked-closely-with-owners-and-journalists-with-many-of-the-largest-media-outlets/)
(注5)October 20,1977「THE CIA AND THE MEDIA:How Americas Most Powerful News Media Worked Hand in Glove with the Central Intelligence Agency and Why the Church Committee Covered It Up」(URL:https://www.carlbernstein.com/the-cia-and-the-media-rolling-stone-10-20-1977)
(注6)November 30, 1999「Testimony of Mr. William Schaap,attorney, military and intelligence specialization,co-publisher Covert Action Quarterly,on the role of the U.S. Government in the assassination of Martin Luther King MLK Conspiracy Trial Transcript – Volume 9」(URL:https://ratical.org/ratville/JFK/MLKv9Schaap.html)
(注7)Jul 31, 2020「When Corporate Power Is Your Real Government, Corporate Media Is State Media」(URL:https://caityjohnstone.medium.com/when-corporate-power-is-your-real-government-corporate-media-is-state-media-f2683ddf2d38)
(注8)April 17, 2021「The CIA Used To Infiltrate The Media. Now The CIA Is The Media」(URL:https://www.scoop.co.nz/stories/HL2104/S00073/the-cia-used-to-infiltrate-the-media-now-the-cia-is-the-media.htm)
〇ISF主催トーク茶話会(12月25日):望月衣塑子さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。
https://isfweb.org/recommended/page-4879/
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。