【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

ウクライナ和平の動向を探る〈上〉:2022年9月以降の変遷

塩原俊彦

米国での動き

米国に目を転じると、2022年10月24日、30人の米民主党の下院議員はバイデン大統領に書簡(https://progressives.house.gov/_cache/files/5/5/5523c5cc-4028-4c46-8ee1-b56c7101c764/B7B3674EFB12D933EA4A2B97C7405DD4.10-24-22-cpc-letter-for-diplomacy-on-russia-ukraine-conflict.pdf)を送った。そのなかで、「結論として、我々は、交渉による解決と停戦を支援するために精力的な外交努力を行い、ロシアとの直接対話を行い、主権と独立を有するウクライナを可能にする、すべての当事者に受け入れられる新しい欧州安全保障体制の見通しを探り、ウクライナのパートナーと連携して、紛争の早期終結を目指し、この目標を米国の最優先事項とすることを再確認することを強く求める」と書いている。

ウクライナ戦争に対する、つぎのような総括はおそらく的確と言えるだろう。

「外交に代わるものは戦争の長期化であり、それに伴う確実性と破滅的で未知のリスクの両方がある。ロシアの侵攻はウクライナの人々に計り知れない損害を与え、数え切れないほどの市民やウクライナ兵の死亡、1,300万人の避難をもたらした。

一方、ロシアが最近行ったウクライナ東部の都市の占領は、この紛争の最も重要な瞬間、ウクライナのおよそ20%の領土に対するロシアの支配を強化することにつながった。小麦、肥料、燃料の価格高騰が世界の飢餓と貧困の深刻な危機を引き起こし、この紛争はさらに世界中で数千万人を脅かしている。

戦争が何年も続き、その激しさと地理的範囲が拡大すれば、さらに多くのウクライナ人が移住し、殺され、苦しめられ、世界中で飢えと貧困と死が引き起こされる恐れがある。

この紛争はまた、国内でのガソリンや食料の価格高騰を招き、ここ数カ月、アメリカ人のインフレと原油価格の高騰を煽っている。この紛争に何百億ドルという米国の税金を使った軍事支援の責任を負う議員として、この戦争への関与は、米国が被害を減らし、平和的解決を達成するために、ロシアとの直接関与を含め、あらゆる可能な手段を真剣に模索する責任も生じると考えている」という記述は下院議員として当然の述懐であるべきだと思う。

マリウポリ市議会:ウクライナ南部の港町マリウポリは、数カ月に及ぶロシアの砲撃で荒廃し、最終的にはロシア軍に占領された。
(出所)https://news.un.org/en/story/2022/12/1131607

 

2022年5月、下院がウクライナへの400億ドル規模の援助を承認した際、民主党は一人も反対しなかった。だが、下院の共和党議員212人のうち57人、上院の共和党議員50人のうち11人が反対票を投じた。「共和党員や共和党寄りの無党派層では、米国が戦争に過剰な支援をしているとする回答が32%に達し、3月の9%から上昇した」という報道(https://www.washingtonpost.com/politics/2022/10/24/biden-ukraine-liberals/)もある。

News heading that says “weapon supply” in Japanese

 

しかし、残念ながら、この書簡は10月25日に撤回された。議会進歩的議員連盟のプラミラ・ジャヤパル下院議員(ワシントン州選出)が主導したこの書簡は多くの民主党議員からの激しい反発を招いた翌日、撤回を余儀なくされたのである。

米民主党プラミラ・ジャヤパル下院議員

 

その際、ジャヤパル下院議員は、この書簡が数カ月前に起草されていたのに、「残念ながらスタッフが吟味せずに公表してしまった」と公表した側近を責めた。米国の政治家も日本の政治家と同じく、スタッフに責任を負わせて責任逃れをしているようにみえる。

米民主党議員の劣化ぶりが改めて浮き彫りになったと言えるだろう。本当に低劣きわまりない状況にあるのだ(それは、欧州議会議員も同じである。彼らは11月23日、ロシアをテロ支援国家に指定する決議案を賛成多数で可決した。同決議が賛成494票、反対58票、棄権44票で採択されたのである。

欧州議会が採択した文書自体には法的拘束力がないため、決議は象徴的なものにすぎない。欧州連合(EU)は「国家テロ」という概念を認めておらず、「テロ行為に関与した」個人、グループ、組織のリストを保持しているだけであるにもかかわらず、こんな決議に何の意味があるのだろうか。ウクライナ戦争の停戦や和平実現のために何をすべきかという切迫した責任ある政治家としての行動が放棄されているかにみえる。

ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官は2022年8月、ウォール・ストリート・ジャーナ(WSJ)とのインタビュー(https://www.wsj.com/articles/henry-kissinger-is-worried-about-disequilibrium-11660325251?no_redirect=true)で興味深い発言をしている。「今の時代は、方向性を定めるのに非常に苦労していると思う。その時々の感情にとても敏感なのだ」としたうえで、米国人は、外交というものを「敵との個人的な関係」から切り離すことに抵抗があると述べている。

交渉を心理学的というより布教的なものとみなし、相手の考えを理解するというより、改心させたり非難したりしようとする傾向がある、というのがキッシンジャーの指摘である。

そうであるなら、米国政府はこのロシアを改心させたり非難したりする外交のあり方を抜本的に改めなければならない。米国政府は、「悔い改めよ」と言いたい(10月12日に公表された「国家安全保障戦略」[https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2022/10/Biden-Harris-Administrations-National-Security-Strategy-10.2022.pdf]をみると、「民主主義国と独裁国との競争」という対立ばかりに力点が置かれ、中国やロシアなどを念頭に改心させようと非難している。

2022年11月の動き

2022年11月5日付のワシントンポスト(WP)(https://www.washingtonpost.com/national-security/2022/11/05/ukraine-russia-peace-negotiations/)によれば、「米国はウクライナに対し、ロシアとの交渉に応じる姿勢を示すよう内々に要請した」という。

さらに、記事は、「米国内の世論調査では、共和党員の間でウクライナ軍への資金援助を現在のレベルで継続することへの支持率が低下しており、ホワイトハウスが火曜日(8日)の中間選挙後に、冷戦終結後最大の年間支援額をウクライナに提供してきた安全保障支援プログラムを継続しようとする際に抵抗に直面する可能性が示唆されている」と伝えている。

The White House Washington sign on flag of United States USA. 3d illustration

 

ただし、11月6日付のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)(https://www.wsj.com/articles/west-sees-little-choice-but-to-keep-backing-ukraine-11667732754)では、「欧米の外交官は、モスクワとキーウの利害が一致し、双方が勝てると信じていることから、ワシントンとその同盟国は、ウクライナの戦争が交渉によってすぐに終結する見込みはほとんどないと考えている、と述べた」と報じている。

11月10日、統合参謀本部議長のマーク・ミリー元帥は、11月10日のニューヨーク経済クラブでの発言で、「10万人をはるかに超えるロシア軍兵士が死傷している。ウクライナ側でも同じだろう」と述べた。さらに、ミリー統合参謀本部議長は、これから冬にかけては両者が和平交渉を行う好機となるが、その見込みは薄そうだと指摘した(ニューヨーク・タイムズの(NYT)[https://www.nytimes.com/2022/11/10/world/europe/ukraine-russia-war-casualties-deaths.html])。

戦争賠償金をめぐって

2022年11月14日、国連総会において、ウクライナ紛争に関する緊急特別会合を再開するため各国大使が集まり、ロシアに戦争賠償金を支払うよう求める決議案(https://documents-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/LTD/N22/679/12/PDF/N2267912.pdf?OpenElement)が採択された。

News headlines labeled “Russia” in Japanese

 

決議案への賛成票は94カ国、反対票は14カ国、棄権票は73カ国だった。決議に反対票を投じたのは、ロシアのほか、中国、ベラルーシ、バハマ、キューバ、北朝鮮、ジンバブエ、エリトリア、中央アフリカ共和国、エチオピア、イラン、マリ、ニカラグア、シリアだ。

決議には、ロシア連邦は、①国際連合憲章に違反する侵略、国際人道法および国際人権法の違反を含むウクライナにおけるまたはウクライナに対する国際法のあらゆる違反について責任を負わなければならず、②そのような行為によって生じた損害を含むあらゆる損害に対する賠償を含む、国際的に不正な行為のすべての法的結果を負担しなければならないことを認識し、③また、ウクライナと協力して、ロシア連邦のウクライナにおける又はウクライナに対する国際的に不当な行為から生じる損害、損失又は傷害に対する補償のための国際的メカニズムの設立の必要性を認識し、④ウクライナにおける、またはウクライナに対するロシア連邦の国際的に不正な行為によって引き起こされた、すべての自然人および法人関係者、ならびにウクライナ国への損害、損失または損傷に関する証拠および請求情報の記録として、また証拠収集の促進および調整として役立つ国際損害登録の作成を、加盟国がウクライナと協力して行うことを推奨する――といった内容が書かれている。

欧米諸国は、国連総会を通じて、凍結されたロシアの資産を押収・処分しようとしているかにみえる。だが、ロシア側は国連総会にはウクライナに対する「賠償金」を徴収するメカニズムを確立する権限はないと、主張している。

実は、イラクのクウェート侵攻と占領を受けて1991年に設立された国連補償委員会(UNCC)の設立をロシアは支持したという過去を持つ。同委員会は2022年2月にその任務を終えたが、520億ドル以上の賠償金を被害者に支払ったという実績がある。

ただし、これはイラクが2003年のイラク戦争に負けた結果として可能となったスキームであり、ウクライナ戦争でロシアが敗戦国にならないかぎり、ウクライナへの賠償が実現する可能性は低い。

それどころか、この決議採択に怒ったドミトリー・メドヴェージェフ(ロシア安全保障会議副議長、元大統領)は、韓国、ベトナム、イラク、ユーゴスラビア、その他の米国とNATOの多数の犠牲者に対する完全な賠償に関する同様の決議を国連総会で採択することを提案した。

ゼレンスキー大統領の10の和平提案

2022年11月15日、G20の席上、ゼレンスキー大統領はビデオ(https://english.nv.ua/nation/president-zelenskyy-s-10-point-peace-formula-full-text-of-speech-to-g20-in-bali-50284154.html)で演説し、ウクライナは自国の領土を取り戻すまで抵抗を止めないだろうとの従来の姿勢を繰り返した。戦争を停止するための10の提案が提起された。それは、下記のとおりである。

News headline that says “Ukraine”.

 

① 放射線と原子力の安全性(ウクライナのすべての原子力発電所[4カ所、合計15基]に国際原子力機関[IAEA]ミッションを派遣することを提案)

②食糧の安全保障(穀物輸出イニシアチブは、戦争がいつ終わるかにかかわらず、無期限の延長に値すると信じている)

③エネルギーの安全保障(エネルギーインフラの約40%はロシアのミサイルとイランの無人機の攻撃によって破壊された)

④すべての捕虜と国外追放者の解放(何千人ものわが国民(軍人と民間人)がロシアの捕虜となっている。私たちは、ロシアに強制送還された1万1000人の子どもたちの名前を知っている)

⑤国連憲章の履行とウクライナの領土保全と世界秩序の回復

⑥ロシア軍の撤退と敵対行為の停止

⑦正義(私たちはすでに、ロシアの戦争によって引き起こされた損害に対する国際的な補償メカニズムに関する国連総会決議を提案している)

⑧環境を即座に保護する必要がある「エコサイド」(ロシアの侵略によって、600万頭の家畜が死んだ)

⑨エスカレーションの防止(私たちは協定案「Kyiv Security Compact」を作成し、すでにパートナーに提示している[〈上〉で紹介。詳しくは拙著『復讐としてのウクライナ戦争』を参照])

⑩戦争終結の確認(すべての反戦措置が実施され、安全と正義が回復し始めたら、戦争の終結を確認する文書に当事者が署名する必要がある)

ウクライナの領土の安全性の回復、ロシア軍の撤退、敵対行為によって生じた損害の補償を条件とする、この提案が実現すると考える人はいないだろう。ゆえに、停戦も和平もそう簡単に実現するとは思われない。

ウクライナ内部に主戦論

和平をめぐる重要なポイントに、ウクライナ内部の情勢があることを忘れてはならない。2022年11月14日付のウクライナ側の報道(https://www.pravda.com.ua/eng/news/2022/11/14/7376350/)によると、ウクライナ軍のヴァレリー・ザルジニー総司令官は、「ウクライナはいかなる状況下でも領土解放への道を歩むことを止めず、いかなる妥協もしない」とミリー米統合参謀本部議長との電話会談で発言した。

A news headline that says “Bombardment” in Japanese.

 

ゼレンスキー大統領もクリミア半島奪還を含む領土回復が和平交渉の条件としているが、軍部の頑なさに注意しなければならない。もともと、ウクライナ内部には、対ロ強硬派が存在した。彼らがウクライナ戦争における「成功体験」も手伝って、軍内部で大きな発言権を持つようになっている可能性がある。こうした事態も和平交渉を難しくしている面があることを忘れてはならない。

11月16日、前述のミリー統合参謀本部議長は、ロシア軍が完全に崩壊しない限り、ウクライナの軍事的勝利の可能性は高くないが、それはあり得ないと述べた。11月17日付のウクライナ側の報道(https://lb.ua/news/2022/11/17/536192_zelenskiy_zayaviv_shcho_proponuvav.html)によれば、ゼレンスキー大統領は、外国のパートナーから、プーチン大統領がウクライナとの直接会談を希望しているというシグナルを受け取ったという。

これに対し、ゼレンスキー大統領は交渉の形式を公開することを提案した。これは、ギニアビサウのウマロ・シソコ・エンバロ大統領がプーチン大統領からゼレンスキー大統領にメッセージを伝えるように頼まれたと発言したことに対応している。

だが、ゼレンスキー大統領の協議拒否の姿勢に対して、ロシアは11月17日にウクライナに対して3日間で2回目の大規模なミサイル攻撃を行い、キエフが和平交渉を拒否していると非難したうえで、重要インフラへのさらなる攻撃を警告した。

 

ISF主催公開シンポジウムのお知らせ(2023年1月28日):(旧)統一教会と日本政治の闇を問う〜自民党は統一教会との関係を断ち切れるのか

ISF主催トーク茶話会(2023年1月29日):菱山南帆子さんを囲んでのトーク茶話会のご案内 

※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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