【連載】横田一の直撃取材レポート

岸田政権の〝鈍足対応〞、統一教会「救済新法」めぐる与野党攻防

横田一

・被害体験が明らかにする新法の論点

それでも長妻氏は「『新法を政府与党が出すことで被害者が救われるのだ』とはなかなか思えない」と警戒心を緩めていなかった。同日(11月8日)の同じ時間帯に開催されていた国対ヒアリング(旧・野党合同ヒアリング)に出席していた長妻氏は、冒頭でこんな挨拶をしていた。

「いわゆるマインド・コントロールと呼んでいますが、継続的行為によって一定の状況に置かれた場合を認定して、献金を取り戻しやすくすることをしなければ、解決に結びつかないのではないか。自公も『許容しがたい悪質な勧誘(マインド・コントロール下におけるものも含む)などを定義づけたうえで禁止すること』と明言した。これは与野党の共通認識で、だからこそ、『新法の条文を出してほしい』と自公に求めている。自公が自ら出してきた論点をクリアする実効性のあるものなのかをチェックするには、条文がないとどうしようもない」
そして法案の実効性を見極める判断材料を集めてもいた。

この日のヒアリングに招いたのは、母親が約1億8000万円の献金をしたことを知って提訴、今も裁判中(最高裁に上告)の中野容子さん(仮名)。マインド・コントロール下における献金の被害体験を語った。

野党合同ヒアリングで被害を語った中野容子さん(仮名)

司会役の立民・山井和則衆院議員は、この日のヒアリングの重要性を次のように強調した。

「自公の党首会談で『新法を出す』と岸田首相が表明するようだが、その出てくる新法が中野さんのように(信者の母親が)念書を書かされる(旧統一教会の)手法の取消しに有効なのかどうか。新法を出したが、『今の被害者は対象外』では意味がないので、中野さんのケースが救済できるような法律を作れるのかどうかが問われている」。

絶好のタイミングとはこのことだ。実は、念書の作成は統一教会の常套手段で、被害者が献金返還訴訟をしても勝訴とならない有効な手段となっていた。このやりたい放題の現状が新法によって変わるのか否か。マインド・コントロール下における献金の具体的事例に目を向けることで、新法の実効性の判断基準にしようとしたのだ。

続いて中野さんが配布資料にあるレジュメに沿って説明を始めた。

「私は60歳代です。私自身は信者であったことはありません。2015年に突然、当時86歳の母が旧統一教会の信者だったと打ち明け、1億円以上の献金をしていることがわかりました。その時に年金以外には何も預金などはなく、しかもすでに認知症を発症していると思われたことから『なんとか母を助けないといけない』と思って訴訟を決断。全国弁連の木村壮弁護士と山口広弁護士にお願いをして7年以上が経過しましたが、まだ救済が得られていない状況です」。

父親の金融資産も含めて献金していた母親が書いた念書は「献金は私が自由意思によって行なったものであり、違法・不当な働きかけによるものではありません」という内容で、その半年後に認知症と診断された。

中野さんは最後にこう訴えた。

「母を助けるために裁判提起やむなしになった時にも、裁判費用の捻出に困るほど母はお金を持っていませんでした。両親は不正なやり方で金融財産を収奪され、大切な果樹園を売却させられました。そのうえ、老いの衰えが見え始めた母から不起訴合意の念書を取り付け、それを教会に提出する様子を動画に撮影する。あたかも高齢者詐欺のようで、これが宗教団体のすることとは思えません」。

「統一教会には自浄作用など絶対にないことがわかります。悪質な高額献金を規制する被害者救済の法整備が一日も早くなされ、両親のような被害者がいなくなることを、同時に統一教会が解散されることを心から望みます」。

被害体験を聞き終えた山井氏は「酷悪非道なやり方ではないか」と述べた後、同時刻に行なわれた岸田首相の会見の発言を読み上げた。

「悪質な献金・被害者救済の新規立法について総力をあげて検討して参りました。与野党協議の内容を踏まえて、政府としては今国会を視野に出来る限り早く法案を国会に提出すべく最大限の努力を行なうことといたします。その際に消費者契約法の対象にならない寄付一般について社会的に許容しがたい悪質な勧誘行為を禁止すること。そして悪質な勧誘行為に基づく寄付について損害賠償請求を可能とすること。また子や配偶者に生じた被害の救済を可能とすること等を主な内容として検討して参ります」。

山井氏は、訴訟代理人として中野さんの隣に座っていた木村弁護士に「中野さんの母親の献金は、社会的に許容しがたい悪質な勧誘行為に基づく寄付に当たるのでしょうか」と質問。木村弁護士は「私は当たると思います」と答えたうえで、こう続けた。

「『社会的に許容しがたい悪質な勧誘』の意味がはっきりしないので、一般論としては『当たる』と思いますが、『当たらない』と判断される可能性も十分にある」「いわゆるマインド・コントロール下にある献金を救済できるようなものになるのか。本当に条文に入るようなものになるのかどうかはまだわからない」。

結局、政府案の条文が出てこない限りは判断のしようがないということだ。早期の条文提出を求めていた長妻氏はこう締め括った。

「『こういう日本人を食いものにするような行為を放置していることこそ、法治国家としていかがなものか』と思う。与党政府も条文を出してわれわれ(野党)とすり合わせる。われわれも『条文を一字一句変えない』という頑なな態度ではないので、より良い新法を作って二度と日本人が食いものにならない社会を作りたいと思う」。

・政府案〝ザル法〞ぶりと茂木幹事長の狙い

こうして法案作成を終えていた野党(立民と維新)は、条文のすり合わせを自公と始めようと手ぐすね引いて待っていたが、政府与党の動きが加速することはなかった。

条文提出は遅れに遅れ、岸田首相の決意表明から10日後の11月18日になって自民党の茂木敏充幹事長がようやく政府案の概要(要綱)を示すというスローペース。しかも、肝心のマインド・コントロール下における献金規制が欠落。公明党や創価学会に配慮したのは明らかだった。

この日も、政府案の概要発表のタイミングに合わせ、ほぼ同じ時間帯に野党は国対ヒアリングを設定、すぐに反論できるようにした。そして、同じく念書作成を伴う高額献金被害者の鈴木みらいさん(仮名)から体験談を聞き、新たに発覚した養子縁組関連の質疑応答をしている時、茂木幹事長が示した政府案の概要のコピーが配布された。

終了予定時間が迫っていたが、この日も司会役を務めた山井氏が若干の延長を告げ、全国弁連の阿部克臣弁護士にコメントを求めると、「これはもう一読して、統一教会には適用されないということがはっきり言えると思います」という否定的な回答が返ってきた。

阿部弁護士は3つの理由を挙げていったが、1番目が「寄付の勧誘に関する一定の行為の禁止」の要件に「霊感等による知見として、本人や親族の重要事項について、現在又は将来の重大な不利益を回避できないとの不安をあおり、又は不安を抱いていることに乗じて、当該不利益を回避するためには寄付をすることが必要不可欠であることを告げること」が入っていたこと。

「この『寄付をすることが必要不可欠であることを告げること』という行為を統一教会がやっていないので、要件としてかなり厳しい。かなり適用範囲が狭い条文になっている」(阿部氏)。

2番目が「霊感等による知見として」の「霊感」を狭い意味で解釈すれば、現在の統一教会被害には適用できない可能性が高いことだ。

一時代前には先祖の因縁を語って恐怖や不安を与えて壺などを買わせる霊感商法が主流だったが、現在は信仰に基づいて献金をさせる方法に置き代わっている。

過去のやり口に網をかける一方、現在のやり方に抜け道を設けるのは本末転倒も甚だしい。阿部氏はこう続けた。

「現在は『世界統一国の実現のため』とか、『日韓トンネルを作る』とか教義に基づいて献金をさせる。正体を隠した勧誘をしてから献金まで段階を踏んで教義を植え付けていく。これが『霊感』に当たるのかは、外れる可能性がかなりあるのではないかと思います」。

3番目が家族の取消権で、「扶養義務等に係る定期金債権のうち」と限定している部分。「家族の扶養義務の侵害」の範囲でしか献金を取り消すことができないのだ。家族の資力にもよるが、月に数万円程度で、それほど大きな金額にはならないというのだ。

阿部氏はこんな事例を挙げた。

「1億円の財産があって5000万円を献金した場合、残りの5000万円があるから扶養請求権を侵害していないということで(献金を)取り戻せないのではないか」。

統一教会の被害者の献金額は1億円を上回ることが少なくない。山上徹也容疑者の母親もそうだったし、1審2審で敗訴して最高裁に上告中の中野さんも母親が約1億8000万円を献金、そして、この日のヒアリングに招かれたみらいさんも親が約1億5000万円を献金していた(なお親子で返金要求をしようとしている時に3000万円のみの返金に応じるという念書に親が署名)。

しかし2人ともすでに扶養家族から外れているので取消権は使えず、仮に使える年代であっても桁違いに少ない数十万円から数万円程度しか取り戻すことはできないのだ。

茂木幹事長が概要を示した政府案は、抜け道だらけで実効性に乏しく、しかも桁違いに少ない額しか戻ってこないザル法としか言いようがない。「新法成立後もマインド・コントロール下にある日本人信者から高額献金を集め続けることができる!」という統一教会の高笑いが聞こえてくるではないか。

しかし被害者救済に取り組んできた弁護士は「統一教会には適用されない」と一蹴し、立民や維新も「不十分」と反発、マインド・コントロール下における献金規制を設けることを求めている。12月10日、なんとか救済新法は可決成立したが、要注意人物といえるのが、次期総理への野望を露わにする茂木幹事長だ。

News headline that says “Regulation”.

 

11月18日の幹事長会談で「これは政府としての紙です。首相も含めての(見解)と理解してください」と政府案の概要について説明。「政府の代表者気取りか」「ポスト岸田を狙った実績作りか」という声が出た。政府案評価の国民民主党を取り込んでザル法のまま、中身が乏しい新法成立の「やっている感」演出で臨時国会を乗り切った。

野党案に反対する公明党や創価学会に恩を売ると同時に、岸田政権を支えた実績作りにもなると目論んだかに見えるのだ。

(月刊「紙の爆弾」2023年1月号より)

 

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横田一 横田一

1957年山口県生まれ。選挙取材に定評をもつ。著書に『亡国の首相安倍晋三』(七つ森書館)他。最新刊『岸田政権の正体』(緑風出版)。

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