【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

制裁をめぐる補論:『復讐としてのウクライナ戦争』で書き足りなかったこと〈下〉

塩原俊彦

二次制裁をめぐるもう一つの争点

どう考えても、二次制裁は第三国たる域外国の国家主権を侵害しているようにみえる。この横暴を米国政府が同盟国におしつける場合、米国に盲従する日本はともかく、欧州諸国は当然、反発してきた。

NS-2をめぐる事例以外にも、同じような類例がある。それは、世界的な決済サービスを提供する機関、SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunications)に関係している。

イランとの貿易再開を望む欧州に対して、米国はSWIFTによる二次制裁を脅しとして利用し、イランと欧州諸国との協力強化を阻もうとしてきたのである。

SWIFTは、1973年に19カ国248行がベルギーの法律に基づいて設立した協同組合で、組合員によって所有されている。現在までにSWIFTは200カ国以上の1万1000以上の組織を束ねており、その多くは銀行だが、金融機関以外の企業も約1000社ある。

SWIFT自体は1970年代半ばに、米国のファーストナショナルシティ銀行(シティバンクの前身)の決済市場における独占を打破するために作られたものだが、決済システムというより情報システムと見たほうが理解しやすい。SWIFTによって、ある銀行が別の銀行の誰に、いくら支払ったかという情報をすべて伝えることができるからだ。

SWIFTが処理する決済の約40%は米ドル建てであるため、米国との密接な関係を維持する必要がある。SWIFTが米ドルへのアクセスを維持したいのであれば、米国と協力し、米国の制裁に違反する支払いを阻止する以外に選択肢はない。だからこそ、米国政府はSWIFTから離脱させるという脅しを二次制裁に利用できるまでになっている。

現に、2012年、米国の強い圧力により、SWIFTはイランの銀行をネットワークから排除したことがある。2012年3月、金融機関のシステムからの切り離しが初めて行われた。

この場合、SWIFTは、欧州理事会(EUの首脳と欧州委員会からなるEUの最高政治機関)がベルギー財務省に確認したイランへの包括的制裁措置に従う形式をとった。当時、欧米の規制当局はイランに対して統一見解を示しており、欧米政府の圧力に従ったことになる。こうして、イランは送受金がほぼ不可能になった。

2015年のイラン核合意(イランとロシア、米国、中国、英国、フランス、ドイツが署名したイラン・イスラム共和国の核開発計画に関する包括的共同行動計画[JCPOA])後、制裁は段階的に縮小されたが完了しなかった(とくにイランに押収した国際準備金はすべて凍結解除されていない)。それでも、多くのイランの銀行が欧州の制裁リストから削除され、その後、SWIFTに復帰している。

しかし、緩和は短時間で終わる。2018年、当時のトランプ大統領は米国のJCPOA離脱を発表し、イランに追加制裁を科したのだ。700以上のイランの団体や個人、船舶、航空機に制裁が科された。

イランの多くの銀行がSWIFTへのアクセス拒否に陥ったが、この際、米国の制裁に続く欧州の追加制裁は行われなかった。欧州は核取引の維持に関心を持ち、米国の外交上の共同申し入れ(デマルシェ)に強く反対したのである。

スティーブン・ムニューシン米財務長官(当時)は2018年11月2日、SWIFTがイランの金融機関にサービスを提供すれば、米国の制裁を受ける可能性があると露骨な脅しをかける。

SWIFTは11月5日、米国の制裁措置の復活に応じ、「特定のイラン銀行」のクロスボーダー決済ネットワークへのアクセスを停止すると発表した。これが意味しているのは、SWIFTが単に「米国政府の執行機関」にすぎないということだ(2022年、ロシアの銀行のSWIFTからの排除はこうした過去があったからこそすんなりと実施されたのである)。

だからこそ、米国の支配から逃れたい中国、インド、ロシアはSWIFTに代わる国際決済・情報システムの構築を課題とするようになる。それだけではない。EUもまた米国対策を本気で模索するようになる。

上海協力機構の対応

2020年3月、中国、インド、ロシア、パキスタン、キルギス、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンの財務省および中央銀行の代表が出席してモスクワで開催された上海協力機構(SCO)の会議において、中国人民元、インド・ルピー、ロシア・ルーブルなど各国の通貨で貿易を行うプロセスを早急に立ち上げることで合意する。

Wired framed SCO ( The Shanghai Corporation Organisation ) flags : China, Kazakhstan, Russia, Kyrgyzstan, Tajikistan, Uzbekistan

 

その狙いは、米国の制裁を逃れるために、米ドル建て決済からの脱却を促すことにあった。ドル建ての取引は、どこかで米国の銀行を経由する必要があり、米国の制裁の影響を受けやすい。これを回避するには、SCO間でのドル建て以外の決済を可能とする仕組みの構築の必要性が明確に認識されたことになる。

数カ月後、ロシアの統計に異変が起きる。史上初めて、ロシアと中国の貿易額の半分以上がドル以外の通貨で決済されたのだ。中ロの企業は、国際取引にルーブルと人民元の使用を拡大したのである。

中国の対応

将来の米国との決定的対立を見据える中国は、ドル決済からの離脱の必要性をもっとも深刻に受け止めていた。中国はすぐに二国間通貨スワップを拡充する動きに出た。

通貨スワップはドルや他の通貨を介さずに、自国通貨と他国通貨を直接交換することを可能にする協定であり、2008年から2009年にかけての金融危機に際して、注目されるようになったものである。

当時、米国連邦準備制度理事会(FRB)は欧州中央銀行(ECB)に米ドルを送るオープンラインを持つことに合意し、先進国経済における米ドル不足の危機を回避しようとしたのだ。前述のドゥマレ氏の本では、中国の中央銀行である中国人民銀行はFRBよりも多くのスワップラインをもち、「5000億米ドル近い通貨スワップ契約を60件結んでいる」と紹介している。

これとは別に、中国は2012年からCross-Border Interbank Payment System(CIPS)と呼ばれる人民元での国際決済を処理するための独自の金融メッセージサービスの構築に着手していた。2015年10月には、上海で第一段階がスタートした。

CIPS inscription “The Chartered Institute of Procurement, Supply”. With web, dark background and world map. Graphic concept for your design.

 

だが、ドゥマレ氏によると、2016年の1年間で、CIPSが処理した取引額はわずか7000億ドルにすぎず、SWIFTの1日の取引額の10%程度に留まった。CIPSは世界中の20の銀行しかリンクしていなかっただけでなく、1日11時間しか営業しておらず、証券購入や投資フローを処理できないなど、実用的でなかったのだ。

それでも、中国政府は新興国などにCIPSの利用を働きかけ続け、「2021年、CIPSは12兆ドルを超える取引を処理した」という。これはSWIFTの売上高のほんの一部に過ぎないが、それでも5年間で17倍に跳ね上がったことになる。ドゥマレ氏は、「現在、100カ国以上の約1300の銀行がこの枠組みに参加している」(130頁)と記している。

2014年から米国の制裁下にあるロシアの銀行VTBは、2016年にCIPSに参加した。その後、ロシアのウクライナ侵攻に伴いSWIFTから除外された銀行を含め、さらに20のロシアの銀行がCIPSに加盟している。

インドとロシアの対応

なお、インドについては、2016年、インドの中央銀行は国内決済の枠組みであるUPI(Unified Payments Interface)を立ち上げる。

Chennai, Tamilnadu, INDIA, Aug 22, 2022:Selective focus of a Juice stall in India installed a Paytm UPI application for a cashless payment facility. Digital India Initiative.Cashless economy concept.

 

それからわずか4年で、インド全土で広く採用されるようになっており、2021年、UPIは総額約1兆ドルに相当する約350億件の取引を処理したとされる。CIPSと同様、このシステムには米国の金融チャネルとのつながりがないため、米国からの制裁を受けることはない。

ロシアでは、2014年から、中央銀行であるロシア銀行のもとで、「金融メッセージングシステム」(Система передачи финансовых сообщений, СПФС[SPFS])がスタートする。

それは、24時間365日稼働し、SWIFTおよびユーザー独自のフォーマットでメッセージングを提供するものだった。SPFSはまた、ロシア連邦財務省の金融メッセージの送信のためのサービスを実装していた。人民元ベースのCIPSとは異なり、SPFSはすべての通貨に対応しているという特徴がある。

2021年4月26日にロシア語雑誌『エクスペルト』に掲載された記事(https://expert.ru/expert/2021/18/chem-swift-ne-shutit/)によると、SPFSには約400の信用機関などのユーザーが接続しており、1日に7万件以上のメッセージが送信されている。

2020年のSPFSの月間トラフィックは約200万メッセージで、SWIFTを介したロシア国内のメッセージトラフィックの20%を超えた。当時、21の非居住者銀行がシステムに接続していたとされ、そのほとんどはユーラシア経済連合加盟国の銀行(ベラルーシのベルガスプロムバンクやカザフスタンのユーラシア銀行など)だった。

2022年12月19日付の『エクスペルト』誌の記事(https://expert.ru/expert/2022/51/bez-swift/)は、「2022年2月末時点で、ベラルーシ、アルメニア、キルギス、カザフスタン、タジキスタン、キューバの銀行を含む331組織がSPFSに接続されている」と紹介している。春には、中央銀行のエリヴィラ・ナビウリナ総裁が、SPFSの接続国が12カ国に達したと発表した。

2015年になると、ロシアは欧米主導のビザやマスターカードに対抗しようと、国内決済カード、「ミール」(Mir)を立ち上げる。同年、モスクワはVisaとMastercardに対して、国内取引を処理するためにロシアの方式であるNational Card Payment Systemを使用するよう強制した。2022年にVisaとMastercardがロシアから撤退した後も、カード決済が継続されるようにしたのである。

Sanctions concept with map of Russia, 3D rendering isolated on white background

 

EUの反乱

すでに解説したように、欧州諸国も米国による二次制裁という脅しのために各国の企業活動の侵害という被害に直面してきた。このため、SWIFTからの離脱といった荒療治ではない方法で、米国政府の横暴から自国を守る方法を模索するようになる。

2018年9月、EUは、ワシントンの手を逃れるための斬新な計画を発表する(https://www.nytimes.com/2018/10/04/business/dealbook/iran-sanctions-europe.html)。

EUのフェデリカ・モゲリーニ外務・安全保障政策上級代表は、EUが米国のイランに対する経済行動から非米国企業を保護するために働く「特別支払機関」を設立しつつあることを明確にしたのだ。それが、「取引交換支援機関」(Instex)と呼ばれるものである。

この計画は、米ドルを使用しないEUとイラン間の貿易のための決済機関として機能し、SWIFTを迂回できるようになって完了する。だが、Instexは銀行ではない。

ヨーロッパとイランの輸入業者と輸出業者が連絡を取り合い、取引台帳を保持するもので、「物々交換」(バーター)のようなものにすぎない。しかも、ほとんどの欧州企業は、米国からの報復を恐れて、このシステムを使いたがらない。

このため、米国はEUのこの試みを大した問題ではないと受け流した。2019年1月にInstexはスタートしたが、その利用が食糧などの人道支援に限定されるなど、必ずしも取引は拡大しなかった。それでも、Instexが米国の制裁に対する欧州の不満の最も具体的なシンボルでありつづけていることは忘れてはならないだろう。

そもそも制裁の効果に疑問

このように、国連レベルの制裁も米国主導の制裁も、世界中が納得する制度として実施されているわけではないことがわかるだろう。おそらく中国は、米国のこれまでの身勝手な制裁および二次制裁を利用した脅しの手法を模倣しながら、中国の影響力を世界中に拡大しようとするだろう。

何度も紹介したドゥマレ氏の本には、2011年に中国の当局者が米財務省の制裁機関、外国資産管理局(OFAC)職員との「一見何の変哲もない会議を行った」話がでてくる(155頁)。この場で、中国側は米国側の制裁に関する専門的な質問をしてきたのだという。

「その結果、中国が独自の制裁法案を作成中であることが判明した」とある。現に、2016年から2017年にかけて、米国のミサイルシステム(迎撃ミサイルシステム[THAAD])が韓国に配備されたことに対する北京の報復措置により、韓国の財閥であるロッテは約20億ドルの損失を被り、韓国経済全体では、損失額は160億ドル近くにのぼったという事件が起きた。

だが、そもそも制裁に意味はあるのだろうか。1997年10月に公表された「経済制裁の費用と便益に関する証拠」と題されたキンバリー・エリオットの論文(https://www.piie.com/commentary/testimonies/evidence-costs-and-benefits-economic-sanctions)には、「1970年代から1980年代にかけて、米国の一方的な制裁で成果を上げたのは、わずか13%であった」と記されている(下表を参照)。

「経済制裁によって米国が1995年に対象26カ国への商品輸出を150億ドルから190億ドル損失したと推定している」との記述もある。この輸出減少は、比較的賃金の高い輸出部門において20万人以上の雇用が減少することを意味するというのだから、深刻な問題をはらんでいることになる。

(出所)Kimberly Elliott, Evidence on the Costs and Benefits of Economic Sanctions, 1997, https://www.piie.com/commentary/testimonies/evidence-costs-and-benefits-economic-sanctions

 

制裁期限を設けず、目的も不明確なまま、覇権国家の権益維持や政治家の卑しい政治的動機に基づいて科される制裁に「正義」はあるのだろうか。公的制裁はこんな疑問を投げかけている。

にもかかわらず、日本のマスメディアは、唯々諾々と米国主導の対ロ公的制裁を受け入れている日本政府を批判しない。私からみると、日本のマスメディア関係者はあまりにも不勉強であると断罪せざるをえない。どうか、この「制裁をめぐる補論〈上〉〈下〉」はもちろん、拙著『ウクライナ戦争3部作』を熟読するところからはじめてもらいたい。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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