【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

ノルドストリームを爆破させたのはバイデン大統領!?:ウクライナ戦争がいかに歪んだ戦争であるかを知ってほしい

塩原俊彦

ピューリッツァー賞の受賞歴のあるジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏は2023年2月8日、「アメリカはいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか」という長文の記事(https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream?r=5mz1&utm_campaign=post&utm_medium=web)を公開した。

そのなかで、彼は「作戦計画を直接知っている」ある無名の情報源を引用して、アメリカ海軍の「熟練深海ダイバー」が2022年6月の訓練中にC-4爆薬を仕掛け、その3カ月後に遠隔操作で爆発させた方法を詳述している。

Bomb icon in comic style. Dynamite cartoon vector illustration on white isolated background. C4 tnt splash effect business concept.

 

バルト海海底に敷設された天然ガス輸送用パイプライン爆破の命令を下したのはジョー・バイデン大統領であるとしている。具体的には、バイデン大統領の外交チーム(ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、トニー・ブリンケン国務長官、ビクトリア・ヌーランド国務次官)が関わっていたという。

作戦計画の立案過程

まず記事の内容を大雑把に説明しておこう。爆破そのものに関わったのは、アメリカ海軍の潜水士である。

「作戦計画を直接知る関係者によれば、2022年6月、海軍の潜水士は、「BALTOPS22」として広く知られる真夏の北大西洋条約機構(NATO)演習に隠れて、遠隔操作による爆発物を仕掛け、3カ月後に4本のノルドストリーム・パイプラインのうち3本を破壊した」と、ハーシュ氏は書いている。

Stockholm, Sweden – June 03, 2022: The USS Kearsarge aircraft carrier in Central Stockholm for the NATO-led BALTOPS 22 exercise

 

バイデン大統領は、前述したサリバン大統領補佐官に省庁間のグループを結成し、ノルドストリーム爆破計画を練ることを許可したという。2021年11月から12月のことであったとみられる。

2021年12月、彼は、統合参謀本部、アメリカ中央情報局(CIA)、国務省、財務省の関係者で新たに結成したタスクフォース会議を招集し、ウラジーミル・プーチン大統領による侵攻が迫っていることへの対応策について提言を求める。その極秘会議は何度か開催され、ノルドストリーム爆破計画が具体化していくのだ。

海軍は、新しく就役した潜水艦でパイプラインを直接攻撃することを提案した。空軍は、遠隔操作で爆発させる遅延信管付き爆弾の投下を検討した。CIAは、「何をするにしても、秘密裏に行わなければならない」と主張した。

当時のCIAのウィリアム・バーンズ長官は元駐ロシア大使で、彼はすぐに、CIAのワーキンググループを承認し、深海潜水士を使ってパイプラインを爆発させるという秘密作戦の計画を練り始めたという。

バイデン大統領の直接関与

バイデン大統領は2022年2月7日、ホワイトハウスでドイツのオラフ・ショルツ首相と会談した。その後の記者会見でバイデン大統領は、「もしロシアが侵攻してきたら……ノルドストリーム2はもう存在しない。我々はそれに終止符を打つ」と口走る。

バイデン大統領のこの発言は、「東京に原爆を置いて、それを爆発させると日本人に言っているようなものだ」と、その関係者が話したと、ハーシュ氏は述べている。CIA高官の何人かは、パイプラインの爆破は「大統領がその方法を知っていると発表したため、もはや秘密のオプションとは見なされない」と判断したという。

こうして、ノルドストリームの爆破計画は、「突然、議会に報告する必要のある極秘作戦から、米軍の支援を受ける極秘の情報作戦とみなされるものに格下げされた」と、同高官は説明している。

アメリカには、1980年に制定された情報監視法がある。それによって、CIAは「重要な情報活動」を含む活動を「完全かつ継続的に」議会の監視委員会に報告することを義務づけられている。

議会の監視委員会に「予想される重要な諜報活動」を含む活動を報告しなければならないのだが、特別な場合には、大統領は各議会の多数派と少数派のリーダー、および情報委員会の委員長と上位少数派のメンバー、いわゆる「ギャング・オブ・エイト」だけにブリーフィングすることを許可されている。

だが、潜水士は海軍だけに属しており、米国の特殊作戦司令部のメンバーではないため、こうした説明もする必要はない。爆破作戦はごく少数によって極秘に進められた。その中心メンバーがサリバン大統領補佐官、ブリンケン国務長官、ヌーランド国務次官の3人であったが、もはや彼らだけの秘密にすることで、爆破計画が着々と進んだのだ。

ノルウェーの協力

爆破作戦の実行において、ノルウェー政府の協力があった。忘れてならないのは、NATOの最高司令官がイェンス・ストルテンベルグ氏であることだ。熱心な反共主義者である彼は、ノルウェーの首相を8年間務めた後、2014年にアメリカの後ろ盾を得てNATO事務局長になったのである。

この協力の背後には、もしアメリカ側がノルドストリームを破壊することができれば、ノルウェーは自国の天然ガスをヨーロッパに大量に販売することができるようになるという思惑があった。

2022年3月中旬、アメリカから数人がノルウェーに向かい、ノルウェーのシークレットサービスや海軍と面会した。バルト海のどこに爆薬を仕掛けるのが最適か、というのが重要な問題だった。ノルトストリーム1と2は、それぞれ2本のパイプラインを持つ。

Nord stream 1 and 2 pipeline 3D rendering

 

ノルウェー海軍は、デンマークのボーンホルム島から数マイル(約1.6キロ)離れたバルト海の浅瀬にある適切な場所をいち早く探し出した。ダイバーはノルウェーのアルタ級掃海艇から、酸素、窒素、ヘリウムの混合ガスをタンクに注入して、パイプラインの上にC4爆弾を設置し、コンクリートの保護カバーで覆った。

ノルドストリーム1、ノルドストリーム2の爆発場所
(出所)https://www.washingtonpost.com/world/2022/09/27/nord-stream-gas-pipelines-damage-russia/

 

ローマの南に位置するイタリアのゲータに旗艦を置くアメリカ第6艦隊は、過去21年間、毎年6月にバルト海でNATOの大規模演習を主催し、この地域の多数の同盟国の艦船が参加してきた。

6月に行われる今回の演習は、「バルト海作戦22」(BALTOPS22)と呼ばれるもので、ノルウェー側は、この演習が機雷を設置するための理想的な隠れ蓑になると提案する。第6艦隊の計画担当者を説得して、このプログラムに研究開発演習を加えるように仕向けた。

これは有益な訓練であると同時に、巧妙な偽装でもあった。しかし、バイデンの外交チームは爆発までの期間が2日間では演習の終了に近すぎるし、米国が関与したことが明らかになることを懸念したのである。

そこで、バイデン大統領の命令でC4爆薬を遠隔で爆発させるまでに期間を設けることになった。6月の演習から3カ月後の2022年9月26日、ノルウェー海軍のP8偵察機が一見、日常的な飛行を行い、ソナーブイを投下した。

Military aircraft used for maritime surveillance. Weapons bay on belly open. Boeing P-8 Poseidon.

 

その信号は水中を通して、最初はノルドストリーム2、そしてノルドストリーム1へと伝播した。数時間後、高出力C4爆薬が作動し、4本のパイプラインのうち3本が使用不能に陥ったのである。

ノルドストリームの爆破によって噴出するメタンガス
(出所)https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream?r=5mz1&utm_campaign=post&utm_medium=web

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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