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第5回 対照的な2社の報道姿勢
メディア批評&事件検証この地元紙には、素晴らしい記者がいる。だからこそ、触れておきたい。
地元紙がスクープとして出した1面の記事の中には、男の別件の容疑名に触れられていなかった。この記事が出る前に日本テレビの清水記者が地元紙から聞いた話を本田元教授に電話で説明していた。その中で清水記者は別件名を「詐欺容疑」と伝えた。下野新聞は本当に別件名を知っていたのだろうか。何を言いたいのかというと、しっかりとした取材で裏打ちしての報道だったのかということだ。
地元紙が一連の報道で日本新聞協会に新聞協会賞の推薦書を提出して認められなかった。提出された推薦書の「報道の意図」の中で、すごく気になる箇所があった。
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下野新聞が日本新聞協会に提出した26年度新聞協会賞「編集部門」推薦書。協会賞は認められなかった。
「栃木県内では、自白に頼った捜査で、再審無罪になった『足利事件』という教訓もある。しかし、精神的に問題のない人物が捜査機関に対し一貫して自発的に殺害行為を自供している点は、足利事件とは構図が異なっていた」。
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新聞協会賞の報道の意図の中で下野新聞は男が殺人容疑による逮捕状もとってもいない時期にスクープとして報道したことについて「精神的に問題のない人物が捜査機関に一貫して自発的に殺害行為を自供している点は、足利事件とは構図が異なっていた」と説明していた。
この文章からすると、捜査機関の取り調べ時の暴行などの違法捜査に残念ながら気づいてないようにも思える。捜査の基本でもあり、我々報道も同じことがいえる解剖医の取材はしたのだろうか。推薦書の中には報道にかかわった9人もの記者名が誇らしげに列記されている。
だが、誰一人解剖医の本田元教授への取材はなかった。本田元教授の取材をすると、捜査側の別の「顔」が見えてくる。解剖から8年たっても捜査側は犯人割り出しにつながる解剖結果の説明を受けにこないし、やっと来たかと思ったら、解剖の結果と供述が合わない口裏合わせなど不可解なことが起きていた。勝又拓哉受刑者が当時、暴力などを受けて精神的に問題のない人物だったとは決して言えないし、自分たちのおぼれた報道も慎んだに違いない。地元紙の今後の報道と活躍に期待したい。
連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/
(梶山天)
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。