日本はもう五輪に関わるな、「電通のための五輪」がもたらした惨状
メディア批評&事件検証・「高橋ルート」の構造
ではまず、最初に発覚した高橋被告を中心とする贈収賄事件「高橋ルート」について解説しよう。
大会組織委員会の森喜朗前会長は2022年12月12日の会合で、一連の事件は「組織委や五輪関係者が問題になったわけではなく、個人的な問題」との見解を示したが、これは自身を棚にあげようとする究極の無責任発言である。
この「個人的な問題」とは元理事の高橋氏を指すものと思われる。今回の東京五輪をめぐる汚職疑惑を、彼一人の個人的問題に限定しようとする論説はほかにも散見されるが、それらは完全に間違っている。
なぜなら今回の事件は、利権が発生する五輪そのものの構造的問題であり、高橋氏や贈賄側の人々は、それに便乗したにすぎないからだ。「高橋ルート」は、スポンサー契約を担当した組織委員会「マーケティング局」の管轄で起きている。スポンサー企業や関連グッズを販売するマーチャンダイジング企業の選定と、その契約を主に行なっていた部署だ。
一口にスポンサー契約といっても、その内容は契約金額、各企業の権利や義務など非常に多岐にわたり、専門知識が必要な業務である。だが組織委員会は東京都や関係官庁からの出向者で構成された寄り合い所帯で、契約書作成などの実務はほぼ電通に丸投げであった。そして電通は五輪に関する業務をほぼ1社独占で受注していた。
高橋氏は電通スポーツ部門の功労者で、古巣に対する発言力は絶大だった。その独占による外部チェック体制の不備が、この疑獄を発生させたのだ。
今回明らかになった不正は、全て「オフィシャルサポーター」というスポンサーカテゴリーで起きている。五輪スポンサーには「ゴールドパートナー」(契約料・1社約150億円)、「オフィシャルパートナー」(同約60億円)、「オフィシャルサポーター」(同約10〜20億円)という3つのランクがあった。
この3つ目のサポーターランクは表向き10億円から20億円とされていたが、それを値切り、高橋氏に賄賂を渡してもなお安い金額で五輪スポンサーになろうとしたのが、すでに立件されているAOKIやKADOKAWAである。またサン・アローは、キャラクターぬいぐるみ販売の権利を求めて高橋氏に仲介を頼み、金を払っている。
ここからわかるのは、高橋氏が賄賂ほしさに全ての企業に話を持ちかけたのではなく、スポンサーになりたい企業側から話を持ちかけている例もあるということだ。高橋氏の剛腕に期待したのは間違いないが、たとえ彼がいなかったとしても、他の有力者に相談していたと考えるのが自然だ。
つまり、五輪のスポンサー制度が存在し、それになりたいと希望する企業がある限り、そこに高橋氏がいようがいまいが、贈収賄が発生する可能性は常にあるということなのだ。
そして、本来彼と電通の暴走を見抜き、止めるべき存在だった大会組織委員会の理事会(名誉会長・御手洗冨士夫キャノン会長以下34名)はあまりにも無力で無責任だった。
本来はスポンサー料が10億円以上であるはずのオフィシャルサポーターに、高橋氏が押し込んだAOKIの契約料は5億円、KADOKAWAはたった3億円だった。報告を受けた理事会は他社との金額の乖離を問題にすべきだったのに、全てスルーしていたのだ。
だが彼らも、みなし公務員として安くない給与をもらっており、その責任は免れない。なのに、山下泰裕JOC会長や室伏広治スポーツ庁長官以外に、現在の疑獄事件に対して発言した者はほとんどいない。ここにも理事たちの無責任さが表れている。
さらにマーケティング局を含む組織委員会には、副知事や局長級を含め、開催都市である東京都から職員が多数出向していた。高橋氏と電通のやりたい放題を本当に誰も気づかなかったとしたら、無能の誹りを免れないだろう。
・「談合電通ルート」の構造
高橋氏の逮捕から3カ月、2022年11月になって明らかになった談合疑惑の中心も電通だ。疑われているのは、オリ・パラ本番前に行なわれたテスト大会関連の入札案件である。2018年に26件実施されたテスト大会の計画立案等の業務委託入札で、電通・博報堂など9社と1共同事業体が落札した。
テスト大会は、本大会と同じ競技場を使って運営や警備、誘導等の課題を解決するため、2018〜2021年に計56回行なわれた。このテスト大会を落札した業者と事業体が、いずれも本大会運営の随意契約を締結している。その契約料は全体で200億円を超えており、テスト大会での割り振りが随契の窓口となった。
組織委員会が電通に依頼して、入札参加が見込まれる企業を調査し、企業側の実施能力と契約希望会場の一覧表を作成していたことも判明していて、組織委側と落札業者側の双方で受注調整した官製談合の疑いが濃厚である。
この談合疑惑の中心が、組織委員会の「大会運営局」であり、電通はここにも社員数名を派遣していた。発注側と受注側の中心に電通がいるのだから、発注見込み金額もダダ漏れであり、他の広告会社を巻き込んで発注調整するのは造作もなかっただろう。
だが、これによって発注金額が当初予測の3割以上も高騰し、結果的にその分を税金でカバーしたことが、大会経費の膨張に繋がったと考えられる。
ここでも、巨大スポーツ大会の運営経験がない組織委員会が電通1社に頼り切り、その言いなりになっていた構造が垣間見える。
・大手メディアの責任も甚大
事件後、大手を中心に日本中のメディアがこの疑獄事件を連日のように報じている。だが、特に大手メディアは、大会開催まで五輪翼賛報道一色だったことを忘れてはならない。
というのも、全国紙5紙(朝日・読売・毎日・日経・産経)は揃って五輪スポンサーになっていたからだ。そして、新聞社とクロスオーナーシップで結ばれている民放キー局も、同様に〝五輪万歳〟報道に徹していた。
新聞社がスポンサーになれば批判的報道が抑制されることは誰の目から見ても明らかだったのに、広告出稿増などの五輪特需ほしさに自らスポンサーになったのだ。ちなみに、大手新聞社がこぞってスポンサーになった例は、過去の大会では一度もなかった。
もちろん、五輪開催に至るまでの様々な問題を、大手メディアが全く報道しなかったわけではない。たとえば森氏の組織委員会会長辞任劇のように、酷すぎて隠せないような事例は報道された。しかし、組織委内部で密かに展開されていた今回の疑獄事件については、その端緒さえ報じた新聞社はなかった。
途方もない開催経費の増大や、コロナ禍・酷暑下での無理な開催の是非、組織委経費のほとんどが非開示で第三者による検証が不可能な点等、大手メディアが組織委員会を追及すべき事案は山ほどあったのに、メディアは組織委と癒着し、報道機関としての責任を放棄してきた。
そうした姿勢が、高橋氏を中心とした疑獄事件の首謀者たちや、談合ルートの広告会社幹部らに「どうせメディアにはバレっこない」という確信を抱かせ、彼らを増長させたとすれば、その責任は甚大である。現在全国紙は嬉々として五輪疑獄を報じているが、そもそもの責任が自分たちにもあることを、深く自省すべきだろう。
・腐った五輪と決別せよ
一連の捜査や逮捕によって明らかになったように、五輪は利権にありついた一部の人間だけが儲かり、開催する都市や国全体は大損するという、腐敗に満ちた商業イベントである。だからこそ、五輪開催に手を挙げる都市がなくなってきているのが現状なのだ。
夏は2032年の豪州・ブリスベン五輪までは開催地が決まっているものの、冬は札幌が熱を上げている2030年大会は未決定で、その後はどうなるかわからない。すでに世界陸上や世界水泳など、五輪を代替できる大会はいくつもあるのだから、肥大しきった五輪はもう廃止すべきなのだ。
JOCの山下会長は今回の事件に対し「今後は事業の透明化を図り、問題が起きないようにしたい」などと言っているが、それは不可能だ。なぜなら、実際に五輪の現場を動かしてきたのは、組織委員会に数百人の社員を派遣していた電通であり、JOCや理事などは決定権のない、ただのお飾りに過ぎなかったからだ。
つまり、諸悪の根源の電通を排除してその仕組みを根本から変えない限り、透明化などできるはずがない。だが、招致活動中から電通丸投げ体質が染み込んでいる国やスポーツ団体関係者にそれを望むのは極めて難しいだろう。
では、どうすべきなのか。
私は五輪問題で様々なメディアから取材を受け、「最後に、今後は五輪をどうするべきだと思うか」というような質問をよく受ける。しかし、そんなことはIOCが勝手に考えればいいのであって、日本がやるべきことは、これ以上、この腐敗した五輪という腐ったイベントに関わらないことである。
五輪はさまざまな利権構造の集合体であり、それ自体が汚職や談合を引き起こす苗床のようなものだ。だとすれば、今回の東京五輪を一罰百戒として、二度と日本国内で五輪を開かないようにすべきである。当然、現在招致活動中の札幌冬季五輪なども論外であり、即刻招致を中止すべきだ。
電通は東京五輪で1兆円の売上を目論んだが、コロナ禍もあって達成できなかった。それどころか、あまりの強欲さゆえに、贈収賄や談合事件の中心となり、日本における五輪の価値を完全に崩壊させた。おまけに電通自身のブランドにも深い傷をつけた。
だが、東京五輪の闇はまだまだ深い。東京地検特捜部と公正取引員会が、この反社的企業の腐敗をさらに暴き出すことを期待したい。
(月刊「紙の爆弾」2023年2月号より)
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博報堂を2006年に退社後、著述業。原発安全神話を追及したのを皮切りに、広告が政治や社会に与える影響を調査・発表している。