権力者たちのバトルロイヤル:第44回 イーロン・マスクの「新国家」
国際・アメリカの正常化
2022年の世界は混迷を極めた。その混迷はウクライナに侵攻したロシア、覇権主義をむき出しにした中国によって引き起こされたわけではない。むしろアメリカの「暴走」が主要因ではなかったのか。
事実、ロシアの侵攻後、アメリカのジョー・バイデン政権は露骨なまでにロシアと中国を国際市場から排斥し、アメリカが主導する新たな「西側」構築に動いてきた。ロシア・中国の脅威論を振り回し、安全保障を軸とした「拡大NATO」を推進、さらに半導体(チップ)など欧米先進国のハイテク技術を「テクノデモクラシー戦略」という新COCOM(輸出規制)で囲い込もうとしている。
これに追従せざるを得なくなったEU(欧州連合)や日本などは、実質崩壊している「ドル」の維持のため、極端な通貨安やエネルギー高騰を受け入れるしかなかった。結果、経済は極度に悪化、一方のアメリカはインフレが加速するなかでも株高や賃金高によって「一人勝ち」の状態が続いている。
ようするにEUや日本の富がアメリカに吸い上げられる構造なのだ。日本の庶民が防衛予算の増加に増税、物価高という三重苦に喘いでいるのは、アメリカの政策が原因であろう。
同盟国の富を吸い上げるアメリカの「暴走」。その正常化のカギを握る人物がいる。もちろんドナルド・トランプでもなければ、この連載でもとり上げたヒラリー・クリントンでもない。そう、イーロン・マスクである。
2022年10月27日、ツイッター社を完全買収したことで物議を醸したマスクだが、同年4月に始まった買収騒動以降、かなり踏み込んだ「政治的な発言」を繰り返している。この稀代のイノベーターは、どうやら本気でアメリカという国家を「イノベーション=革新」しようとしている。
権力者としてバトルロイヤルに新たに参戦しそうなイーロン・マスクを改めて精査していきたい。
・マスク企業の特徴
まず重要なのは、イーロン・マスクが「現代アメリカの重工業の担い手」という点である。
そのキャリアがITベンチャーの成功からスタートしたこともあり、GAFAのマーク・ザッカーバーグ(フェイスブック=メタ)やジェフ・ベゾス(アマゾン)といったビッグテックの創業者と比較されやすいが、マスクの経営する企業群は自動車(テスラ)、発電(テスラエナジー)、ロケットや通信衛星(スペースX)といったヘビー・インダストリアル(重工業)に分類される。
違いはそれだけではない。米系巨大テックはコスト削減のために6割以上をインドへ外注するグローバル企業であり、アップルも、その製造は、やはりコストの安い中国や中進国に丸投げしている。そして利益の大半は世界市場で得ている。
対してマスク企業はアメリカ国内に工場を作り、アメリカ人を雇用し、国内市場を主戦場とし、アメリカでしか作れない「最高の工業製品」を製造してきた。GAFAなどとは真逆の立ち位置なのが理解できよう。
この「ザ・アメリカン・カンパニー」という特性が、イーロン・マスクを世界一の富豪に押し立てた。2021年度の推定保有資産は3020億ドル(約34.5兆円=当時)に達する。そもそも企業規模からすれば、GAFAよりはるかに売上も規模も小さいマスク企業の時価総額が跳ね上がるのは、「アメリカという国家の威信を体現している」と、国民から熱烈に支持されているからであろう。
米軍との友好関係を築いたのも「ザ・アメリカン・カンパニー」の特性あってのこと。テスラの自動運転システム(オートパイロット)は、他社のオートクルーズ機能とはまったく違うことで知られる。アフガン・イラクで現地での輸送活動がゲリラ攻撃に晒されてきた米軍は、乗員の安全確保のために無人輸送車を開発した。そのシステムがそっくりテスラに提供されたといわれているのだ。
当然、世界初の民間ロケット企業のスペースXもまた、軍事技術が数多く提供されている。ロケット技術は、そのままICBM(大陸間弾道ミサイル)となる。スペースXが開発した一段ロケットの再利用を目的とした垂直着陸システムも、米軍の持つVTOL(垂直離着)技術がなければ不可能という。その証拠に今現在までスペースXが株式公開していないのも、主要株主が米軍関連だからといわれている。
利益を求めてグローバル企業となるのではなく、ドメスティック(国内)に特化する。そしてアメリカ国内最大の「技術と規模」を誇る米軍の全面支援を得て「オール・アメリカン」となり、米国民から熱烈な支持を受ける。マスクが展開してきた経営戦略は、むしろ、有力な政治家やアメリカ大統領候補に近いものがあろう。
今のイーロン・マスクは、アメリカで最も影響力を持つ「政治家」でもあるのだ。
1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。