権力者たちのバトルロイヤル:第44回 イーロン・マスクの「新国家」
国際・ツイッター買収
その視点に立てば、ツイッター社買収はビジネスではなく、自身の政治ポリシーを効果的に拡散するツールと見ることができる。
事実、買収前後からイーロン・マスクはかなり踏み込んだ政治発言をするようになった。 しかも買収直後、CEOを含めた経営陣9人をすべて解雇、2020年の大統領選でもツイッター社がバイデン次男、ハンター・バイデンのスキャンダルに関するツイートを削除するなど「意図的な世論誘導」を行なってきた実態を明かし、監視役と誘導役の社員を大量レイオフするなど大鉈を振るった。
実際、日本でもマスクの買収後、ツイッターのトレンドがガラリと変わり、政治的なハッシュタグが消え、リベラル系メディアの記事を推奨するツイートがなくなった。
それまで無法地帯と揶揄されるほど「最も自由な言論空間」であったツイッターは、18年以降、一気に管理が厳しくなった。少しでも世論と反対の意見を述べれば何の基準も示さないまま削除対象となり、突然アカウントが停止されるなど「自由な発言」ができなくなっていた。
それをマスクは、かつての「自由な発言の場」へと戻そうとしている。そのきっかけにすべく、マスクは大手メディアによって形成された「世論」とは真っ向からぶつかる政治発言を繰り返すようになった。あえて物議を醸す「ロシア寄り発言」と「中国寄り発言」をぶち上げては8600万人のフォロワーに議論を呼びかけているのだ。
ロシアに関しては、相当に踏み込んでいる。「2014年にロシアが併合したクリミア半島を正式にロシア領とする」「2022年9月に併合を宣言したウクライナ4州は国連の監視下で住民投票を行ない、それによって帰属先を決める」という〝和平プラン〟をツイートした。これにウクライナのゼレンスキーはぶち切れ、ロシアのメドベージェフ元大統領は絶賛した。
またネット回線がロシア軍によって寸断されたウクライナへの支援として衛星によるネット回線システム(スターリンク)を無償で提供し、こちらも米政府の方針であるロシア国営メディアの情報遮断を拒否。このことも「ロシア寄り」と大きな批判を受けた。
中国に関しては、「台湾は中国の特別行政区にすればいい」とツイート、習近平を大喜びさせ、台湾総統の蔡英文を激怒させた。
当然、香港の一国二制度を反故にした中国政府におもねる発言として大バッシングを受ける。しかも、この発言が炎上している最中、火に油を注ぐかのように新疆ウイグル自治区にテスラのショールームを開設。これにはリベラル系メディアと人権団体が「中国の民族浄化を容認するのか」と、反マスクキャンペーンに発展する騒ぎまで引き起こしている。
・アメリカの正義
確かに、これらのツイートを見れば「何を考えているんだ」と批判をしたくなるが、「アメリカの政治家」として見れば、発言の裏に隠された「策士」ぶりが浮かんでくる。
実際、ロシアについては、ロシア軍の侵攻を邪魔する「最大の敵国企業」が実はイーロン・マスクなのだ。
スペースXの衛星事業は、米軍と協力してミサイル防衛システムを開発してきた。ウクライナ侵攻後、即座に同国近辺に軍用監視衛星が大量に配置され、ロシアが発射したすべてのミサイルを追跡して軌道と目的地をリアルタイムで米軍に提供する「監視システム」を構築している。
これに加えて米軍の軍事支援の一貫として、ウクライナ軍のために軍事用スターリンクの衛星ネット回線を提供しており、ロシアのミサイルや軍用機が次々と撃ち落とされているのは、マスクが配備したスパイ衛星の情報がベースとなっている。
先のロシア寄りの和平案にせよ、「これを呑まなければ、今後、さらに徹底的に邪魔してやる」がセットになっている。単純な和平論者ではないのだ。
中国に対しても、イーロン・マスクは実に悪辣な戦術を採っている。マスクは18年、習近平の外資規制の方針転換を受け、上海に工場を建設。2020年以降、生産台数の半分を中国市場で販売し、これが、マスクが中国政府におもねる理由だと批判されてきた。
ところがテスラ車はスターリンクの衛星ネット回線で結ばれた「走るスマホ」。スターリンクの衛星ネット回線は、当然のことながら中国の情報検閲システム「金盾」の監視除外となる。テスラ車ユーザーは、スターリンクを使えば中国の検閲をかいくぐり、国内で禁止となっているグーグル検索で西側のネットにアクセスできるのだ。
先にも説明したが、テスラ車には米軍の無人輸送システムが導入されている。つまり、テスラ車には「米軍の偵察車両」として周辺映像を撮影し、どのルートをどのように走行したか、さらに車内での会話などが自動的に衛星回線を通じて米軍に提供されているといわれる。いわば100万台のスパイ車両が中国国内を走り回っているわけで、しかも高級車であるテスラ車のユーザーは中国でも富裕層であり、共産党の関係者も多い。
これに気付いた習近平政権は、慌てて党や軍の高官の購入禁止に加え、政府施設におけるテスラ車の走行を禁じたが、本当ならば全面禁止にしたいところだろう。なまじマスクが「中国寄り発言」を繰り返すだけに手が出せなくなっているわけだ。
イーロン・マスクは大手メディアが批判するような単純な親ロでも親中でもない。自分自身がロシアと中国の「抑止力」となる手立てがあるから、ロシアと中国に妥協できる「現実的なプラン」を提示しているのだ。
マスクは、相当に有能な「政治家」であることがわかる。その政治家マスクは、どこに向かっているのか。その答えは今のアメリカの「正義」への嫌疑ではないか。
事実、マスクはLGBTやBLMを批判し、リベラル層が主張する「きれいごと」は本当に正しいのかと8600万人のフォロワーに常に問いかけている。「正しい意見」とされた世論には、誰も反論してはならない。その「押しつけ」に慣れた今のアメリカ人の多くは、当然のように「アメリカの正義」を世界に押しつけ、アメリカの正義以外の価値観を許さなくなっているのではないか……と。
アメリカの価値観を正義として一方的に押しつけ、それに応じなければ「悪の帝国」とみなして攻撃する。それは今のリベラル系メディアがネット空間で行なっていることであり、またバイデン政権による「悪の敵=東側」と「正義の陣営=西側」に色分けした新たな冷戦体制も「同じ構造」ではないか。そう問うている気がするのだ。
今、アメリカに必要なのは、リベラル系メディアが一方的に主張してきた「きれいな正義」ではなく、多様な言論空間から自然に生まれる「新しいアメリカの正義」、それがアメリカという国家をイノベーションすると彼は信じているのだろう。
南アフリカ出身のイーロン・マスクには大統領選の被選挙権はないが、この男が来秋の大統領選に大きな影響力を持つことは間違いあるまい。
(月刊「紙の爆弾」2023年2月号より)
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1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。