【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第4回 地獄への道は善意のバラで敷き詰められている―オンライン署名運動がもたらすもの―

寺島隆吉

私が主宰する研究所が運営しているサイトに『翻訳NEWS』というものがあります。

その管理者を励ます会が和歌山県の南紀白浜で行われ、そこに車で出かけたので、出入りを含めて1週間近くも、このブログが中断されることになりました。

ウクライナ情勢が緊迫の度合いを強めているだけに、しかも「コロナ騒ぎ」関係の記事でも書きたいことが山積しているので、正直言って、ストレスが極度に高まっています。

岐阜に帰ってきてからも処理しなければならない雑事も多々あったのですが、今日は、やっと体が空いたので、コロナ関係ではなく前章の続きを書こうと思ってパソコンに向かいました。

というのは、ウクライナ情勢に関しては、大手メディアで偽情報が蔓延しているからです。

この状況をこのまま放置しておくわけにはいかないと思い始めたからです。

まして岸田政権が「ウクライナからの難民を受け入れる」という声明を出しているので、ますます「このまま放置しておくわけにはいかない」と思い始めたのです。

なぜなら、間違った「コロナ政策」のため、少なからぬ企業が倒産したり生産活動を中止したりして、その結果、多くの失業者や自殺者を産み出しているのに、それを放置したままで難民を受け入れてどうする気なのだろうかと思ったからです。

私の知人の息子さんも、「就職氷河期」だったため未だに定職に就けず、人材派遣会社を頼りに仕事場を転々としてきました。

たまたま見つかった「期間工」の仕事も、このコロナ騒ぎで生産が一時停止となり、会社の寮からも追い出されてネットカフェを寝泊まりの場とせざるを得なくなりました。

日本人でさえ、このような状態に追い込まれているときに、ウクライナから難民を受け入れるとした場合、政府は彼らの生活をどのように保証するつもりなのでしょうか。

まして、今度のウクライナ危機は、以前のブログでも書いたように、アメリカが2014年に仕組んだクーデターが発端になっているのですから、そして今もアメリカがウクライナのゼレンスキー政権を利用して意図的に危機を作り出しているのですから、なおさらのことです。

そこでウクライナの現情勢をどう理解したらよいか、私見の続編を書こうと思ってパソコンに向かったのですが、毎朝メールを点検するのが習慣になっているので、思わずメールボックスを開いてしまいました。

するといきなり、「ウクライナ・キエフにEU加盟国首脳を外交団として派遣して!」と題するメールが、Change.org という署名運動のサイトから送られてきているのが、眼に飛び込んできました。

それは次のようになっていました。少し長いのですが、以下に引用します。あとで引用して説明しやすくするために段落番号を打ちました。

 

ウクライナ・キエフにEU加盟国首脳を外交団として派遣して!

(1)私たちは今、世界的な危機に直面しています。

(2)2022年にもなって、ヨーロッパの独立国に対して軍事侵略が行われるなど、誰が想像できたでしょう。

(3)EUの政治家たちがロシアへの次なる制裁について偉そうに語っている間、ウクライナの人々は、自国の独立と子どもたちの未来のために勇敢に戦っています。彼らの精神と団結する気持ちは壊されていません。海外で働く若いウクライナ人男性たちは、仕事を辞め、祖国を守るために帰国しています。ウクライナのトップリーダーや有名人でさえも、自衛のために戦っています。いざというとき、私たちの国の政治家やリーダーも同じように行動できるでしょうか。

(4)一方、ロシア兵士の多くは数年前までまだ子どもだったような若者たちです。彼らを批判する人も多くいますが、ロシア兵士が脱走したり命令に背けば死刑になり得るということを考慮しなければなりません。彼らは誤った情報を政府から与えられ、年老いた独裁者が始めた血迷った戦争に駆り出されています。若いロシア兵士たちも自国の政府に裏切られていると言っても過言ではありません。

(5)この戦争を止めるために、私たち一般市民ができることはあまりないかもしれません。しかし、国のリーダーたちにはできることがあります! それは、EU各国の首脳が紛争地域に集結することです。

(6)この方法が実際に成功した例があります。ロシアがジョージアに軍事侵攻した2008年には、リトアニア、ラトビア、エストニア、ウクライナ、ポーランドの各国首脳がジョージア入りし、同国に対する支持を表明しました。この各首脳の行動が、ロシア軍の撤退につながったのです。

(7)必要なのは、EU加盟国首脳たちの少しの勇気と、行動する意志だけです。今こそ行動する時です!

1991年の約束を踏みにじって、東に拡大する一方のNATO。Why Russia Wanted Security Guarantees From the West — Strategic Culture (strategic-culture.org)
Strategic Infographics’February 27, 2022

 

しかし後述するように、このような呼びかけは、「地獄への道は善意のバラで敷き詰められている」という格言の典型例であるように、私には見えます。

これを読むと、日本の善意の民衆がアメリカと大手メディアの流す情報に、いかに簡単に乗せられているかがよくわかります。以下で、そのことを段落番号順に説明していきたいと思います。

この署名呼びかけ人は、まず冒頭で「私たちは今、世界的な危機に直面しています」と述べています。これは間違いありません。なぜなら対処を一歩間違えると「核戦争」になるかもしれませんし、「第3次世界大戦」になるかも知れないからです。

ロシアのプーチン大統領は「戦争よりも交渉を!」という世界的な世論の声に推されて、一気にウクライナ軍を殲滅することを躊躇っているからです。

かつてプーチン大統領は、アサド大統領の要請にこたえてシリアの戦場にロシア軍を送りました。そしてアメリカ軍ですら手を焼いていたISISというイスラム過激派・原理主義集団を、あっという間に鎮圧してしまいました。

このような戦闘力をもってすれば、ウクライナ軍を撃破することは、ロシア軍にとってはいとも簡単なことだったはずです。ところがウクライナ側は戦局が不利になるたびに「戦争よりも交渉を!」という世論を利用して、「休戦」と「交渉」を要求してきました。

このような交渉に応じれば、キエフ側に戦力を補充し戦線を建て直す時間を与えることになります。そして事実、キエフの政権は戦線を建て直すことができると、交渉を打ち切って再び戦闘を開始しました。

今までの経過を見ると、この繰り返しなのです。

そもそも、この8年間、ミンスク合意を踏みにじって何度もドンバス地方を攻撃し沢山の民衆を殺してきたのがキエフ側なのです。それに業を煮やしてロシア側は、ドネツク共和国とルガンスク共和国の民衆の命を守るために、この2カ国の独立を承認することになったのでした。

この詳しい経過は前章および前々章で書きましたから、割愛します。(第1章では、「爆発を含む停戦違反件数」の具体的なグラフが、「時系列」で示されています)。

ロシア軍が一気にウクライナ軍を殲滅できなかったもうひとつの理由があります。それは、「アゾフ大隊」と呼ばれるネオナチ集団が、拠点とするマリウポリ市で、民衆を「人間の盾」とするゲリラ戦を展開したことにあります。

プーチン大統領は「戦闘にあたっては民衆を犠牲にするな」という命令を軍に命じていましたから、ロシア軍は非常に不利な戦いを強いられ、ロシア軍の犠牲者は増えるばかりでした。

プーチン大統領してみれば、アメリカ軍はイラクやアフガニスタンなど侵略した国ではどこでも無差別に殺戮してきましたから、同じことをロシアはしたくないという思いがあったのでしょう。アメリカ軍はテロリストがいるという理由だけで、結婚式や葬儀の列に平気で爆撃を加えましたから。

しかも、その葬式や結婚式には一人のテロリストさえいなかったことが珍しくありませんでした。ベトナム戦争時には「ソンミ村事件」のように、村ごと焼き払って無実の住民全てを殺戮したこともあります。同じことをロシアはしたくないという思いがプーチン大統領にあったのでしょう。

しかし、このような善意は「戦局を長引かせ、紛争の解決を遅らせるどころか、ロシア兵の死者を増やし、下手をすると核戦争に至る恐れすらある」というのが、元アメリカ財務次官ポール・クレイグ・ロバーツ( 経済学博士)の意見でした。ロバーツ博士は自分のブログの最後を次のように結んでいます。

 

ロシア(プーチン大統領)には西側諸国の一員になりたいという欲求がある。しかしそれは現実からかけ離れた欲求だ。ロシアが直面している勢力の不合理さについて、もう少し理解しない限り、ロシアの選択肢は以下の2つだけになってしまうだろう。核戦争を選ぶか、米国の新たな傀儡国家になるか、だ。

 

ロバーツ博士は右で「ロシアが直面している勢力」の「不合理さ」と言っていますが、アメリカのバイデン大統領は、オバマ大統領時の副大統領でしたし、2014年のウクライナのクーデター政権をホワイトハウスから直接に指揮した当の人物でした。

また日頃からバイデン政権と対立し実験的ワクチンの強制接種に反対してきた共和党の議員からすら、「プーチン大統領の暗殺にロシア人は立ちあがれ」という呼びかけが出てくるというのが、アメリカという国の実態なのです。

外国の大統領の暗殺すら、公の場で呼びかけて恥じないのが、良識の府であるとされる上院(日本でいえば参議院)の議員なのです。「神に許された国」を自称する国の傲慢さ、ここに極まれり!、と思うのは私だけでしょうか。

ここまで、「ウクライナ・キエフにEU加盟国首脳を外交団として派遣して!」と題して、Change.org という署名運動のサイトから送られてきたメールの冒頭段落(1)だけについて、私見を述べてきました。

これだけでも、すでに5頁にわたる分量になってしまいました。この調子でいくと、最後の段落(7)に至るまで、どれだけかかるのか。書き始めてみたら気が遠くなってきましたが、もう少しだけ書き続けてみることにします。

 

1 2
寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ