NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(3)―セイモア・ハーシュの暴露記事とウクライナ戦争の本質(上)―
国際2023年2月8日にインターネットで発表された、米国の伝説的なジャーナリストであるセイモア・ハーシュ氏の「米国はいかにしてノルド・ストリーム・パイプラインを破壊したのか?」(注1)という記事が、大半の主要メディアに無視されているにも関わらず反響を呼んでいる。
この記事は、昨年9月26日にバルト海のデンマーク領ボーンホルム島沖で発生した、ロシアからドイツに天然ガスを送る海底パイプラインのノルド・ストリーム1とノルド・ストリーム2の計4本のうち3本が爆破された事件を立案・計画したのは米国のジョー・バイデン大統領とその閣僚3人で、実行したのはノルウェーの協力を取り付けた米海軍だと指摘している。
史上最大規模の産業インフラの破壊に米国が手を染めたとなれば、本来なら特大級のスクープであり、国際政治に計り知れないほどの巨大な影響を及ぼすのは疑いない。米の否認とそれに追随する主要メディアの姿勢によって現実にはそうはなっていないが、この記事はハーシュ氏がどこまで意識したかは別にして、「ルールに基づいた国際秩序」や「民主主義対専制主義」といった語句を持ち出し、自国の対外活動を正当化する米国自身の正当性の欠如を曝き出している。
それ以上に、勃発してから1年を迎えるウクライナ戦争についても、「ロシアの謂れのない侵略」(Russia’s unprovoked invasion)という欧米各国政府とその主流メディアの常套句が、虚偽に満ちている事実を示していよう。本稿ではこの点を中心に論じていきたいが、その前にハーシュ氏の記事に関連して触れておくべき項目を何点か列挙したい。
Moon of Alabamaが指摘した強襲揚陸艦の関与
第一に、事件直後から実行犯が米国であるとの精度の高い分析が存在した事実を忘れてはならない。その代表的な例が、ドイツのインターネットサイトであるMoon of Alabamaが同年9月28日に掲載した「誰がやった?ノルド・ストリーム・パイプラインへの攻撃に関する事実」(注2)という記事だ。
そこではハーシュ氏の記事といくつかの点で内容が食い違っているが、決定的にどちらが事実かは現時点で断定困難であり、むしろ両者の指摘は真相究明に向け互いに補い合っているように思える。
前者(Moon of Alabama)は事件直後に後者(ハーシュ氏)の記事と同様、昨年6月5日から17日にかけて実施されたNATOのバルト海での軍事演習BALTOPS22(14カ国、47艦船、7000人が参加)に注目。そこで、米海軍のダイバーが軍用プラスチック爆薬C‐4をパイプラインに仕掛けたと指摘している。
だが主な相違点として後者はダイバーが潜水する前に使用したのはノルウェーのアルタ級掃海艇だと特定しているのに対し、前者は演習で「特殊な海面下の機雷破壊技術をテストしていた」(注3)という米海軍の強襲揚陸艦で、演習参加艦船中最大クラスのキアサージの関与を示唆している。後者は、キアサージには触れていない。
さらにMoon of Alabamaはハーシュ氏の記事が発表された翌日、「セイモア・ハーシュのノルド・ストリームの新事実に対するいくつかの小さな修正点」(注4)と題し、「ハーシュ氏の記事は真実だ」と強調。その上で、ハーシュ氏はダイバーたちが「BALTOPS22の終了までにC‐4を取り付けた」としているが、実際は「(取り付け作業の)すべての問題を解決するのに3~4週間はかかった」と指摘し、BALTOPS22終了後もキアサージは現場に留まり、作業が続けられていたと指摘している。
ただハーシュ氏の記事で圧巻は、やはり「バイデン大統領とその外交チーム(ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、トニー・ブリンケン国務長官、ヴィクトリア・ヌーランド国務次官)」の名を挙げ、今回の犯行を立案・計画した者と特定している点だろう。これについて、Moon of Alabamaは触れていない。
この4人は、ウクライナ戦争の主要な要因の一つと言える2014年2月の、ネオナチ主導の暴力で選挙により選ばれた大統領を追放したキエフのクーデターを、当時のオバマ政権の閣僚・スタッフとして背後で操っていた面々と重複する。
当時、バイデン氏は副大統領でサリバン氏は国家安全保障担当副大統領補佐官、ブリンケン氏は国家安全保障担当大統領副補佐官、そしてヌーランドは国務次官補で、彼らはウクライナのネオナチのクーデターを支援するインナーサークルを形成していた。それが復活し、犯行に手を染めたという図式だ。
米国の犯行を自認していたのに等しい言動
第二に、ハーシュ氏の記事について米国政府は「これは虚偽であり、完全なフィクションだ」(ホワイトハウスのエイドリアン・ワトソン報道官)と全面否定しながら、ハーシュ氏の記事が仮に出なくとも、上記のメンバーが米国の犯行を自ら暗示していた。
バイデン大統領はウクライナでの緊張が高まっていた昨年2月7日、ドイツのオラフ・ショルツ首相を招いてのホワイトハウスの記者会見で、記者団から「(バイデン大統領が)長年反対してきたノルド・ストリームのプロジェクト」について問われた際、「(ロシアの)戦車や軍隊がウクライナの国境を越えて侵攻してきたら、ノルド・ストリーム2はもう存在しないことになる。我々はそれに終止符を打つだろう」と返答。さらにパイプラインは「ドイツの管理下にある」として「具体的にどうするのか」という質問に対し、「我々は約束する。我々はそれを行なうことができるだろう(I promise you, we’ll be able to do it)」(注5)と、悪びれもせず述べている。
常識で考えて、他国の主権下にある他国の財産を「存在しない」ようにするなどという発言自体が異常だ。これでは、改めて米国は国際法にも国連憲章にも一切拘束されない無法国家と自認しているのに等しい。あらかじめ犯行を堂々と「約束」したのも同然だが、この発言が爆破事件後に主流派メディアで問題視された形跡はない。
さらにブリンケン国務長官に至っては爆破事件が起きた直後の9月30日、次のように発言している。
「ロシアのエネルギーへの依存を一掃し、プーチン大統領から帝国主義を推進する手段としてエネルギーを武器化することを取り上げるとてつもないチャンスだ。これは非常に重要で、戦略的な機会を提供する」(注6)。
いくら見え透いていても、一時は自国が「反テロ」の旗手であるかのように振舞いながら、実行犯が不明とされた段階で「同盟国」の資産が破壊された「テロ行為」について、「とてつもないチャンス」などと歓喜の表情を隠さないのは、やはり尋常ではない。この発言自体、自国の犯行を追認し、その動機も解説しているに等しい。
またヌーランド国務次官も、この1月22日の上院外交委員会で証言に立ち「ノルド・ストリーム2が海底で金属の塊になったのを知り、政権は喜んでいる」などと発言。これについてCIAの分析官出身で、現在の米国の対外政策の最も辛辣な批判者の一人であるコラムニストのフィリップ・ジェラルディ氏は、「バイデン政権はその傲慢さゆえに、破壊工作の背後に自分たちがいるのを多かれ少なかれ認めていた」(注7)と指摘している。
1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。