【特集】ウクライナ危機の本質と背景

NATOの戦略混迷に比例した破局への接近(3)―セイモア・ハーシュの暴露記事とウクライナ戦争の本質(上)―

成澤宗男

米国の「奴隷」に堕ちた欧州の無残な末路

第三に、欧州諸国がもはや完全に自立性を喪失している現状が改めて浮き彫りにされた。特にドイツは顕著で、前述のバイデン発言は、自国の権益が堂々と他国から「もう存在しないことになる」などと宣言されたにも等しいのに、直後に発言をふられたショルツ首相は「ウクライナに対する侵攻があれば、必要な制裁措置に対応するためのあらゆる準備を集中的にしている」とパイプラインには触れないまま最後に米国との関係で「我々は団結し、共に行動して必要なすべてのステップを踏んでいく」(注8)などと強調した。

このため記者会見前の段階でバイデン大統領はショルツ首相に対し、パイプラインの破壊をあらかじめ通告していたのではないかという疑問が指摘されているが、自国の産業インフラがあたかも排除の対象であるかのように米国から突き付けられながら、米国への「団結」で応じるというのは、常識はずれの言動というしかない。

EUも1月21日、米国がパイプラインを爆破したという主張は「推測」にすぎず、「公的な調査のみが実際に誰が計画的な妨害行為をやったのかについて結論を出す」(注9)との声明を発表した。だが爆破事件以降、加盟国の重要なインフラが爆破されたにもかかわらず、EUとして「公的な調査」を手掛けた事実はない。

ただ、EUの専門機関の一つの欧州司法機構(ユーロジャスト)は昨年10月にパイプライン爆破の合同捜査チーム(JIT)を立ち上げる計画だったが、スウェーデンが「国家安全保障に直結する守秘義務の対象になる情報がある」(注10)という理由で多国間協力を拒否している。

このため、ロシアは2月17日、国連のグテーレス事務総長に対し、パイプライン爆破を調査する委員会の設置を要求。だが同年2月21日の国連安全保障理事会では、ロシアは米英仏の常任理事国の反対に直面。その際に、AP通信によれば欧州側は次のような動きを示している。

「会議に先立ち、デンマーク、スウェーデン、ドイツの大使が理事会に書簡を送り、パイプラインは『妨害工作による強力な爆発』で広範囲に損傷したと調査結果を発表した。それによると3カ国で更なる調査が実施されており、いつ終了するかは不明だという。ロシアにはこの調査について報告済みだとしている」(注11)。

これに対し、ロシアのドミトリー・ポリアンスキー国連副大使は「真実ではない」として、「わが国が情報を得ようとする試みは、3カ国によって拒否されるか無視された」(注12)と反論している。

真相に触れない3カ国の奇妙な動き

ドイツは無論、デンマークもスウェーデンも同じEU加盟国の産業インフラが爆破されたにもかかわらず「いつ終了するかは不明」とはずいぶん悠長な印象を禁じ得ない。だが、おそらく捜査の進展がどうあれ、永遠に実行犯を特定した「調査結果」を発表する意図はどの国もないだろう。

このうちスウェーデンの公安警察は昨年10月6日にウェッブサイトで、「ノルド・ストリームのガスパイプラインで保安庁が実施した犯罪現場調査がこのたび完了した。この調査により、重大な妨害工作の疑いが強まった」(注13)と発表している。

それによると、「現場調査の過程で、いくつかの物品が押収された。予備捜査の枠内で、保安庁はさまざまな捜査手段を継続的に実施している。この作業の一環として、今後、押収品の検証と分析が実施される。さらなる調査により、誰かが疑われ、後に起訴される可能性があるかどうかが明らかになる」という。

ならば現在、「予備捜査」の次の段階に進んでいると考えられるが、スウェーデン海軍の海底における高度の軍事能力を考慮すれば、もう実行犯が特定されていておかしくない。

だが検察は今日まで、「この問題は非常にデリケートだ」(注14)との理由で、「予備捜査」の仔細を国内ですら一切明らかにしていない。トルコの反対に直面しながらフィンランドと共にNATO加盟を急ぐスウェーデンにすると、ハーシュ氏の記事を裏付けるような行為は「非常にデリケート」になるのは自明だろう。ましてや、中国も含めたロシアの国連内の調査委員会設置に賛成できるはずもない。

またドイツは、連邦検察によると「2隻の船を使って海水と土のサンプル、そしてパイプラインの破片を採取した。爆破現場も徹底的に調査した」としながら、「現時点では(実行犯を)証明することはできない。捜査は続いている」(注15)という。

だが、これが事件直後に『ワシントン・ポスト』等の主要メディアが盛んに仄めかしていた荒唐無稽な「ロシア犯行説」がもし事実であったなら、各国は躊躇なく「調査」の進行内容をすでに公表していたのではないか。

こうした欧州の対応をみると、1993年発効のマーストリヒト条約(欧州連合条約)に掲げられた欧州独自の「共通外交・安全保障政策」(CFSP)の実現という理想は、30年前の幻でしかない。

むしろ英国の優れたジャーナリストであるマーチン・ジェイ氏が嘆くように「米国への奉仕がどのように過酷であろうが、米国の要求に服従することが期待されてしまう新世界秩序での奴隷」(注16)の地位に甘んじる意向を、欧州は羞恥心も感じさせず表明しているように思われる。

いずれにせよ、ハーシュ氏の暴露記事が関連する問題は、以上に留まるものではない。だが最も注目すべきは、この記事がウクライナ戦争での欧米の主張と行動の根本的な虚偽性を証明しているという点なのだ。それを次項で触れる。

(この項続く)

(注1)「How America Took Out The Nord Stream Pipeline」(URL:https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream).
(注2)「Whodunnit? – Facts Related to The Sabotage Attack On The Nord Stream Pipelines」(URL: https://www.moonofalabama.org/2022/09/whodunnit-facts-related-to-the-sabotage-attack-on-the-nord-stream-pipelines.html).
(注3)(注2)と同。
(注4)February 09, 2023「Some Small Corrections To Seymour Hersh’s New Nord Stream Revelations」(URL:https://www.moonofalabama.org/2023/02/some-small-corrections-to-seymour-hershs-new-nord-stream-revelations.html).
(注5)February 07, 2022「Remarks by President Biden and Chancellor Scholz of the Federal Republic of Germany at Press Conference」(URL:https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/02/07/remarks-by-president-biden-and-chancellor-scholz-of-the-federal-republic-of-germany-at-press-conference/).
(注6)September 30, 2022「Secretary Antony J. Blinken And Canadian Foreign Minister Mélanie Joly At a Joint Press Availability」(URL:https://www.state.gov/secretary-antony-j-blinken-and-canadian-foreign-minister-melanie-joly-at-a-joint-press-availability/
(注7)February 22, 2023 「America the Feckless: Lies and hypocrisy are at the heart of the Biden foreign policy」(URL:https://www.greanvillepost.com/2023/02/22/america-the-feckless-lies-and-hypocrisy-are-at-the-heart-of-the-biden-foreign-policy/).
(注8)(注5)と同。
(注9)February 22, 2023「UN Security Council Holds Meeting on Nord Stream Sabotage」(URL:https://news.antiwar.com/2023/02/22/un-security-council-holds-meeting-on-nord-stream-sabotage/).
(注10)October 15,2022「Sweden shuns formal joint investigation of Nord Stream leak, citing national security」(URL:https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-nordstream-germany-sweden-idAFKBN2R91UQ).
(注11)February 22, 2023「Russia and West clash over probe of Nord Stream sabotage」(URL:https://apnews.com/article/politics-united-nations-germany-sweden-denmark-eaddc9fbc0b1a60c74f9d18dc5561626).
(注12)(注11)と同。
(注13)October 6,2022「Stärkt misstanke om grovt sabotage i Östersjön」(URL:https://sakerhetspolisen.se/ovriga-sidor/nyheter/nyheter/2022-10-06-starkt-misstanke-om-grovt-sabotage-i-ostersjon.html).
(注14)October 6,2022「Swedish probe of Nord Stream leaks points to ‘serious sabotage’」(URL:https://www.aljazeera.com/news/2022/10/6/initial-probe-of-nord-stream-gas-leaks-points-to-sabotage-sweden
(注15)June 2 ,2023「Germany: No evidence of Russian sabotage of Nord Stream」(URL:https://energywatch.com/EnergyNews/Policy___Trading/article14955340.ece).
(注16)February 15 , 2023「Did Scholz Know All Along About the Biden Plan to Bomb Nord Stream? 」(URL:https://strategic-culture.org/news/2023/02/15/did-scholz-know-all-along-about-the-biden-plan-to-bomb-nord-stream/).

 

ISF主催トーク茶話会:元山仁士郎さんを囲んでのトーク茶話会のご案内 

ISF主催公開シンポジウム:新型コロナ対策の転換と ワクチン問題の本質を問う 

※ウクライナ問題関連の注目サイトのご紹介です。

https://isfweb.org/recommended/page-4879/

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。

ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」の動画を作成しました!

1 2
成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ