編集後記:つむじ風のいたずら
編集局便りふぅっと春風が吹き抜けた。「おーい3月だ。皆が里帰りしに来るな、まだかなぁ。家の掃除は済んだか?」。田んぼを縫うタンポポが咲き始め、空のどこからか、あなたが時を超えて私の名前を呼んだのは、間違いじゃなく、つむじ風のいたずら……。
栃木県日光市で農業を営む斎藤たか子さん(71)は暦(こよみ)を見て、そう思った。最愛の夫の幸男さんは2020年暮れに急死した。子宝に恵まれず、ずっと二人きりの生活で、家族と言ったら3月になると里帰りして、自宅の部屋や廊下に巣を作り、夏になると子どもたちを連れて飛び立つツバメたちだ。そのツバメたちとの悲喜こもごもの生活が何より幸福な日々だった。
ツバメたちと家族のような付き合いが始まったのは28年前。同居していた義母が亡くなり、夫婦2人の生活になった。茶の間でテレビを見ていると、たまたま開けていた、さほど広くもない引き戸の玄関から、なぜか2羽のツバメが舞い込んできた。藁や土を加えてはせっせと巣作りを始め、夫は「母さんの生まれ変わりだ」と笑って歓迎した。
ツバメたちの出入りのために、昼間は玄関を開けっ放しにした。毎朝、午前4時ごろの親鳥の鳴き声で目を覚まし、フンで汚れないように畳や床に敷いた新聞紙を取り替える。ひなが生まれると、ツバメは、夫婦に知らせるかのように最初にかえった卵の殻を加えて廊下に落とした。翌年もその翌年も、それからずっと同じ光景が続き、夫婦は春を心待ちしてきた。
しかし、夫が亡くなると、一人暮らしになった。防犯対策のために玄関を開けたままにできなくなった。近くの電線にとまった2羽は、戸惑うように玄関前をくるくると飛び回る。「ごめんね」。たか子さんは夫の遺影に手を合わせた。その年からツバメたちの巣は家の外に作られている。
ヒナが巣立つ時期がくると、あの子たちはいつも、まず家の中で独り立ちに向けて飛ぶ練習をする。旅立ちの朝は、茶の間の鴨居に横一列に並んで鳴き声を響かせた。夫婦で見送るとき、夫は別れの涙を必死にこらえる妻の背中に手を回して、こう言ったものだ。「うちの子供たちは黙って出て行かない。ちゃんと俺たちのことを考えて挨拶してしていく。偉いよ、こいつらは」。
ツバメたちのあいさつを聞くことも、夫のあの大きな手のぬくもりを感じることも、もうできない。
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。