【特集】沖縄の日本復帰50周年を問い直す

人々の間に在る壁:「台湾有事」を巡る認識の違い

与那覇恵子

「台湾有事」の際に沖縄が戦場になるという「日米共同作戦計画」のニュースが流れたのは2021年12月である。PFAS、ダイオキシンなど水や土壌汚染、爆音、軍機からの部品落下、日々の基地被害に抗議や要請の声をあげる市民の声が日米両政府に無視され続けるなか、今度はミサイル攻撃で命を失うと日米政府に名指しされたには沖縄の私たちだ。

誰もが一斉に反対の声をあげる、右も左もイデオロギーを超えて立ち上がるだろうと思った。しかし、戦争準備が急速に進む1年だったが、国会を取り囲む大規模抗議もデモも無かった。大手メディアが沖縄の戦場化をあえて無視する日本本土はもちろんのこと、自分や孫や子供が戦争の犠牲になる危機が迫る沖縄でさえ、認識の違いが人々の間に壁を作っている状況がある。

1つ目の壁は、危機感を感じる人達と感じない人達との間にある。「まさか戦争は起こらないだろう」と否定したい気持ちは理解できる。が、ここ1年、日米政府が対中国戦争に積極的である証拠は身の回りに豊富だ。基地近くの土地を国が管理、反戦の声を抹殺し市民が互いに監視しあう社会を作る重要土地規制法は22年9月から施行された。

憲法に謳われた専守防衛の基本方針は国会討議も無く閣議決定によって崩壊、敵基地攻撃能力の表現で先制攻撃も辞さずの姿勢に変わった。国民が低賃金や物価高に苦しむなか、岸田文雄首相は米国からミサイルを買うために防衛費をGDP比2%に増額すると公言した。

その後、与那国、八重山、宮古、沖縄本島では要塞化が進んでいる。目前を自衛隊の戦車が通り、米軍は返還されたはずの那覇軍港で米国人の避難訓練を実施し、国民保護法のもとに沖縄県は非現実的な避難計画を作成せざるを得ない。残念だが、無視したくともできない戦争準備が進む。

Sea from near Agarizaki(与那国島)

 

2つ目の壁は、危機感は共有しても、「軍事力増強で戦争被害を防げる」という抑止論的考えと「軍事力増強で戦争被害が誘発される」との沖縄戦の教訓に見る考えとの間にある。筆者が後者を支持する理由は、太平洋戦争の歴史が証明するからだ。

広島、長崎の原爆投下はそこに軍港があったからで、米軍が台湾上陸を沖縄に変更したのは、そこに日本軍がいたからだ。軍が駐留した南大東は攻撃で犠牲が出たが、駐留しなかった北大東は犠牲が全く出なかった。

Nuclear explosion. Weapons of mass destruction. Nuclear test. Atomic bomb mushroom cloud, comic book style vector Illustration.

 

ウクライナのゼレンスキー大統領は22年12月に米国を訪問、軍事支援の確約を取り付けたが、それが意味するものは戦争が長引くということである。軍備増強は戦争準備や戦争続行の合図でしかない。

3つ目の壁は、「軍隊が住民を守る」という考えと「軍隊は住民を守らない」という考えにある。筆者が後者に賛同するのは、やはり歴史的事実ゆえだ。

沖縄戦では、軍が守ると信じて日本軍のいる南部に避難した住民からより多くの犠牲が出た。方言を話しただけでスパイ容疑で殺害され、食べ物を強奪され避難壕を追い出され、米軍より日本軍が残虐だったなど「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓を持ち出すまでもない。今や、自衛隊は「住民を守れない」とすでに公言しており、軍事専門家の「軍の目的は国民を守ることではない」とのコメントもよく耳にする。

また、「米軍が日本を守る」と言う考えと「米軍は日本を守らない」という考えも異なる。筆者が後者である理由は、その時々で米国大統領がどう異なる発言をしていようが、結局、参戦の判断は連邦議会が下すと米国法で規定されており、米国が自国の利益優先であるのは自明のことだからである。また、米軍基地から米兵が消え、基地が米軍から自衛隊に引き継がれており、島から米国人を脱出させる訓練が実施され自衛隊が増強されている現状が目の前にあるからだ。

「台湾有事」に関しても、「中国が起こす」と考える中国脅威論と「米国が起こす」と考える米国代理戦争論がある。メディアの論調やネット上の意見を読む限り、日本では、中国脅威論が多勢に思えるが、中国が台湾に侵攻する根拠や理由が述べられていないため感情的に聞こえる傾向がある。

China and Taiwan tensions, conflict and crisis. Newspaper print. Vintage press abstract concept. Retro 3d rendering illustration.

 

ロシアがウクライナに侵攻したから・・という理由を述べる人も多いが、逆に筆者が「台湾有事」は「米国が起こす」と考える背景も、まさにそれが理由なのである。そして、そこには根拠や歴史的事実が存在する。

ロシアのウクライナ侵攻が米国によって誘導されたとする根拠として挙げられるのは、前稿でも述べた米ランド研究所(RAND Corporation)が2019年に出したレポート「ロシア拡張〜有利な条件での競争」である。

「アメリカが優位に立つ領域や地域でロシアが競争するように仕向け、ロシアを軍事的・経済的に過剰に拡張させるか、あるいはプーチン政権の国内外での威信や影響力を失わせる」というロシアに対する米国の戦略が述べられている。

今、ウクライナ戦争で私達が目にしているのは、まさにその米国の戦略が実現した状況であると言える。ジャーナリスト岡田充氏は、米国は中国に対しても同様の戦略を取るとして、すでに2019年から開始された米国の対中挑発、(a)金額、量ともに史上最大規模の武器売却を実施(b)閣僚・高官をくり返し台湾に派遣(c)軍用機を台湾領空に飛行させ台湾の空港に離発着(d)米軍艦による台湾海峡の頻繁(ひんぱん)な航行(e)米軍顧問団が台湾入りし台湾軍を訓練、を例として挙げている(1)。

さらに、ウクライナ侵攻が米国誘導である論拠となり得る歴史的背景については、元TBS社員で政治塾を主宰する田中良紹氏による以下の叙述を挙げたい。

「(2014年)ゼレンスキーがトルコ輸入のドローンによるウクライナ東部の親露派武装勢力の攻撃でプーチンを挑発。プーチンはウクライナ国境に軍を集結、軍事訓練を行ってゼレンスキーをけん制しつつ、12月にバイデンと2時間のオンライン会談を行った。プーチンの『ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアの目と鼻の先に西側の核ミサイル基地ができる。それではロシアの安全が保障されない』という訴えにバイデンは聞く耳を持たず、『同盟国でないウクライナに米軍が出兵することはない』と言い、『NATOに加盟する前ならウクライナに侵攻しても米軍は出兵しない』と誘いをかけた。現在、バイデン大統領はウクライナに軍事支援を続けるなか、より大きな脅威として中国の存在を度々口にしており、すでに次のターゲットとして中国が頭にあると思われる言動をしている」(2)。

wheeled armored troop-carrier BTR-60PB army Ukraine

 

もともと、「台湾有事」なるものを言い出したのも米国であることは知られている。米国インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン前司令官が、2021年3月に米国議会上院の軍事委員会の公聴会で「中国が台湾に侵攻する台湾有事は6年以内」と発言した(3)。その根拠となる中国側の動向に関する具体的証拠や事実は示されないままの発言であった。

最後に指摘しておきたい壁は、「台湾有事」は「日本有事」であるか否かを巡る考えの違いである。残念だが、今のところ、筆者は、何故「台湾有事」が「日本有事」なのか、その理由について論理的に述べている論考に出会っていない。

「台湾有事」が「日本有事」であるとする理由や根拠を論理的に述べることができないならば、それを主張するべきではない。筆者が「台湾有事」は「日本有事」ではないとする理由を1つ挙げるとすれば、日本が米国と共に、中国は一つであると国際的に認めているからである。台湾を中国領土と認めつつ、台湾侵攻を日本侵攻と同一視することは論理的に矛盾する。

人々の間に認識の違いは存在する。が、それら認識の違いによる壁があったとしても、壁を無視したり討議を拒否したりするのではなく、違いに向かい合い、真摯な討議を通して「人と人が殺し合い、国土や文化や経済が崩壊する戦争だけは避けよう、安心して日常をおくることができる平和を対話や外交で実現していこう」というシンプルな思いに結集したいものである。

 

(1)ウクライナ侵攻「予言」したランド研究所のレポートが話題。台湾有事煽る米政権の戦略とシナリオが「酷似」と | Business Insider Japan

(2)ゼレンスキーは和平交渉を志向したがそれを妨害する勢力があった(田中良紹) – 個人 – Yahoo!ニュース

(3)NHKニュースウェブ:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220118/k10013434791000.html

 

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与那覇恵子 与那覇恵子

独立言論フォーラム・理事。沖縄県那覇市生まれ。2019年に名桜大学(語学教育専攻)を退官、専門は英語科教育。現在は非常勤講師の傍ら通訳・翻訳を副業とする。著書は「沖縄の怒り」(評論集)井上摩耶詩集「Small World」(英訳本)など。「沖縄から見えるもの」(詩集)で第33回「福田正夫賞」受賞。日本ペンクラブ会員。文芸誌「南瞑」会員。東アジア共同体琉球・沖縄研究会共同代表。

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