日本の教員はウクライナ戦争をどう教えるのか:戦前教師の歴史の反復か、それとも?
国際2023年3月5日付の「ワシントン・ポスト」に「ロシアを離れた子どもたちにウクライナ戦争を語る」という記事が公表されている。そこで問われているのは、ウクライナ戦争を子どもたちにどう教えるかという問題だ。
ロシア国内では、学童への「愛国心」の授業が義務づけられ、教師は教室で反戦の意見を述べただけで懲役刑に処されている、と記事は書いている。厳しい検閲法に違反した未成年者に対する反発が高まっており、教師に異議を唱えたり、反戦の意見を述べたりした生徒は、公然と非難され、追放されているという話も紹介されている。
これに対して、ロシアからアルメニアの首都エレバンに逃れたロシア人らは、授業において、生徒たちに自分の意見を述べる場を与え、歴史や国際法から反論や類似点を見つけるよう促しているという。授業では、ロシアとウクライナの関係、帝国の崩壊、集団的責任の概念など、さまざまな問題について議論するそうだ。
日本でどう教育するのか
ここで論じたいのは、日本という国において、ウクライナ戦争を学生や生徒にどう教えるかという問題である。2023年度が始まる4月に合わせて、この問いを多くの教員に突きつけたいと思う。
まず、2023年4月6日付の日本経済新聞にとてもいい記事が掲載されていたので紹介したい。タレント・スザンヌさんは談話のなかで、つぎのように話している。
「でも、小学4年の長男はユーチューブで情報を知る。例えばロシアによるウクライナ侵攻のことも、好きなユーチューバーが『プーチン大統領が悪い!』と言うと、子どもは純粋だからそのまま信じてしまう。そんなときは『物事には何でも側面があってね、他の面を見たら、違う面もあるよ』って話をしたり、一緒に調べたりするようにしている」。
とてもすばらしい親子だと思う。そうした会話の「ネタ」として、ここでは、池上彰氏の記事を検討するなかで、陥りがちなインチキ、嘘、フェイクについて語りたいと思う。各局のテレビ番組に登場する「池上氏=ジャーナリスト?」によって国民がどのようにだまされているかを具体的に知ってもらいたいのだ。
『週刊文春』の2023年3月9日号にある「ウクライナ戦争はまだ続く」という記事のなかで、池上氏はつぎのように書いている。
「演説の中でプーチン大統領は、『戦争を始めたのは彼らだ』と主張しています。西側諸国が戦争を始めたのであり、『我々はそれを阻止するために武力を行使した』と言っています。
なんとも荒唐無稽な発言ですが、プーチン大統領にしてみると、2014年に西側諸国は「戦争を始めた」ことになります。2013年、当時のウクライナのヤヌコヴィチ大統領が、それまで進めてきたEU加盟を目指した話し合いを中断したことに、親EU派の住民たちが反発。首都キーウで住民たちの抗議行動を政府が力で抑えようとしたために暴動となり、翌年ヤヌコヴィチ大統領はロシアに亡命してしまいました。
これ以降、ウクライナでは五月に新たに大統領選挙が実施され、親EU派の大統領が誕生しました。これをプーチン大統領は「クーデター」と断じ、東部で起きた親ロシア派武装蜂起を支援しました。親EU派の大統領を認めず、これは「西側諸国による攻撃だ」というのです。」
池上氏の偏見
まず、プーチン大統領の「戦争を始めたのは彼らだ」という発言は決して荒唐無稽なものではない。私は拙著『ウクライナ戦争をどうみるか:「情報リテラシー」の視点から読み解くロシア・ウクライナの実態』のなかで、つぎのように記した。
「ストックホルム東欧研究センターのアンドレアス・ウムランド研究員は、同年10月3日にハーバード大学のサイトに公開した記事のなかで、『8年半前にはじまった戦争は、ロシアが大量破壊兵器をもち、ウクライナがもっていないために、このような形で進行している』と書いている。ウクライナ戦争が2014年にはじまったとみなしているのだ。
もっとも、彼はその「はじまり」においても『ロシア悪人説』をとっているのだが、それについては、彼は明らかに間違っている。本書で説明してきたような米国によるウクライナのナショナリスト支援という事実を知らないか、無視しているのである」。
つまり、専門家と称せられる者のなかにも、戦争が2014年からはじまったと考える者がいる。その意味で、プーチン大統領の主張は決して荒唐無稽ではない。ただ、ウムランド研究員の場合には、2014年にはじまった戦争の主因をプーチン大統領に見ている。これは明らかに間違いだ。2014年のウクライナ危機を招いたのは、当時のヴィクトリア・ヌーランド国務次官補らによるウクライナのナショナリストへの支援・煽動であった。ウクライナ西部で仕事がなくくすぶっている若者らをけしかけて「吠えさせた」のである。
それについては、拙著『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』に詳しく論じたが、製作・総指揮にオリバー・ストーン監督が関わり、2016年に制作されたドキュメンタリー映画「ウクライナ・オン・ファイヤー」を学生や生徒にみせればいい。あるいは、BBCが2014年春にウクライナに誕生した新政権下での様子を撮影した「ニュースナイト:新しいウクライナにおけるネオナチの脅威」をみてもらうことを推奨する。
池上氏は嘘つきだ!?
池上氏は、明白な嘘を書いている。プーチン大統領がいう「クーデター」とは、2014年2月21日から22日に起きた暴力によるヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領の追い落としをいうのであって、「親EU派の大統領が誕生」したことをいっているのではない。これはまったくの出鱈目である。たとえば、前述の拙著のなかで、私はつぎのように書いておいた。やや長い引用になるが、お付き合い願いたい。
「ここで、プーチン大統領自身の言い分を紹介しよう。プーチン大統領は2022年6月17日、サンクトペテルブルクで開催中の国際経済フォーラムの全体会議に参加した。そのなかの質疑応答部分で、きわめて興味深い発言をした。
「2014年のウクライナで、なぜクーデター(госпереворот)を行う必要があったのか。そこがすべてのはじまりだった。ドイツ、フランス、ポーランドの欧州三カ国の外務大臣が来て、当時のヤヌコヴィッチ大統領と野党の合意の保証人として同席していた。
オバマ大統領から「向こうの状況を落ち着かせよう」と電話があった。その1日後、クーデターが起きた。なぜかというと、野党はどうせ民主的な方法で政権を取り、投票に行き、勝つだろうから…いや、クーデターを起こす必要があった、それも血みどろのクーデターを。それがすべてのはじまりだった」。
ウクライナ戦争をはじめたきっかけが2014年2月に起きた「クーデター」であったと、プーチンは2回にわたって明確に述べたのである(さらに2022年9月1日、プーチンは「実際に戦争を始めたのは彼らだ。彼らは8年間、それを繰り広げてきたのだ」と、2014年のクーデターを戦争勃発とする見方をロシアの若者らの前で話した)。
なお、正確に言うと、欧州三カ国が保証人として同席した会議は2014年2月21日に開催されたもので、そこで重要な協定が締結された。拙著『ウクライナ2.0』では、つぎのように書いておいた。
「2月21日、ヤヌコヴィッチ、ヴィタリー・クリチコ(「改革をめざすウクライナ民主主義連合」、UDAR)、アルセニー・ヤツェニューク(「祖国」)、オレグ・チャグニボク(「自由」)は、ドイツのフランク・シュタインマイエル外相、ポーランドのラドスラフ・シコルスキー外相、エリック・フルニエ・フランス外務省ヨーロッパ大陸部長、ウラジミル・ルキーンロシア特別使節の出席のもとで和解協定に署名したとされる」。
その内容は重大であった。第1項で、協定署名後、48時間以内に、これまでの修正付の2004年憲法に復帰する特別法を採択・署名・公布することが規定されていた。第3項では、大統領選が新憲法採択後、2014年12月に遅れることなく速やかに実施されるとされた。にもかかわらず、この協定は結果的に反故にされ、ヤヌコヴィッチは国外脱出を余儀なくされるに至るのだ。
プーチン大統領が語ったオバマからの電話の話は有名で、拙著『プーチン2.0』にも紹介しておいた。オバマ大統領はプーチン大統領を安心させるような電話をかけてきながら、その実、過激なナショナリストがヤヌコヴィッチ氏を追い出したのだ。「ウクライナ・オン・ファイヤー」では、この協定締結とは無関係に、ヤヌコヴィッチ氏を武力で追い落とす「クーデター」計画が進んでいたとの見方が示されている」。
このように、クーデターがあったのは、2014年2月21日から22日にかけてであったのだ。これについては、私だけでなく、ジョン・ミアシャイマー氏も同じ意見であることは過去に何度も紹介した。
池上氏に問いたい。「いったい、いつどこでプーチン大統領がウクライナでの親EU派大統領の誕生をクーデターと呼んだというのか」をだ。証拠をみせてほしい。ついでに、なぜこんな「嘘」を書いたのかをぜひとも説明してほしい。単に勘違いなのか。そうであれば、訂正してほしい。
1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。