トランプーロシア伝説と米国ジャーナリズムの「デススパイラル」
国際主要メディアのトランプ報道のデタラメ
1976年から2005年まで『ニューヨーク・タイムズ』で勤務したピューリッツァー賞受賞の調査ジャーナリストであるガース氏はその期間の最後の2年間を費やして、トランプ-ロシア伝説の間の報道の組織的失敗を徹底的に検証する記事を書き、コロンビア・ジャーナリズム・レビューから出版された4つのパートから成る24,000語のシリーズ本となっている。(注=インターネットで The press versus the president, part oneという題で公開)その本は憂鬱にさせるが、重要な読み物だ。
彼はその著書で、ニュース配信会社はトランプ大統領の評判を落とすものであればどれほど実証不足であろうともあらゆる記事を繰り返しとらえて伝え、彼らが事実として発表する噂話に疑いを投げかける報道はきまって無視した、と書いている。なお、以下にガース氏との私のインタビュー記事がある(”HOW THE PRESS MISLED THE PUBLIC ON RUSSIAGATE ”URL:https://therealnews.com/how-the-press-misled-the-public-on-russiagate)。
たとえば『ニューヨーク・タイムズ』は2018年1月、FBIの捜査主任が10ヶ月の調査のあとでトランプ大統領とロシアの間での共謀の証拠を見つけ出せなかったことを示す公に入手可能な文書を無視した。故意に省略するその嘘は、トランプ嫌いの読者を満足させることを狙った作り話を売り歩く情報源への依存、そしてロシアに協力したと非難されている者たちへのインタビューを行なわないことに結びついていた。
『ワシントン・ポスト』とナショナル・パブリック・ラジオは誤って、トランプ大統領が党綱領でウクライナに対する共和党の姿勢を弱めたのは、いわゆる「致死的防衛兵器」でウクライナを武装させるという表現に反対したからだと報じたが、これは前任のバラク・オバマ大統領と同じ立場だった。
これらの配信各社は、共和党の方針にある「ウクライナの軍隊への適切な支援および、NATOの防衛計画との一層の連絡調整」への要請、及び対露制裁への支持を無視した。ニュース会社はこの非難を拡大した。
経済学者のポール・クルーグマンは『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで、トランプ大統領を「シベリアの候補者」と呼び、共和党の党方針はその党の大統領によって「薄められ、ごちゃ混ぜになった」と書いた。
『アトランティック』誌の編集者のジェフリー・ゴールドバーグ氏は、トランプ大統領をウラジミール・プーチン大統領の「事実上の代理人」であると描いた。この薄っぺらな記事に非を唱えようとした人々は、ロシア系米国人ジャーナリストでプーチン批判者のマーシャ・ゲッセン氏を含め無視された。
大統領として初めてプーチン大統領と会談したあとトランプ氏は、あたかも会談そのものが、彼がロシアの手先であることを証明しているかのように攻撃された。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストであるロジャー・コーヘン氏は、「米国大統領がヘルシンキでウラジミール・プーチン大統領に頭を下げる、まったく不快な光景」について書いた。
MSNBCで最も人気の高い司会者であるレイチェル・マドー氏は、トランプ・プーチン会談は「全米報道における誰のものよりも」彼女のトランプ—ロシア関係説報道の正当性を証明し、さらに―彼女の番組のツィッターアカウントおよびYouTubeページがはっきりと述べていたように―、米国民は現在「米国大統領が敵対的外国勢力によって妥協させられているという最悪シナリオにはまっている」と、強くほのめかした。
乱用された怪しげな匿名情報
ガース氏が語るところでは、反トランプ報道は 「よく事情に通じている人々(あるいは人)」とされる匿名の情報源という壁の裏に隠れていた。
『ニューヨーク・タイムズ』は2016年からトランプ氏の大統領任期の終わりまでの間に、トランプ氏とロシアに関する記事で匿名の情報源を1000回以上使用したことをガースが見つけた。あらゆる噂や中傷が、特定されないことの多い情報源や実証されていない情報と共に、ニュースの循環サイクルにおいて取り上げられた。
間もなくひとつの決まったパターンがトランプ-ロシア伝説において形作られた。「まず、CIAやFBIのような連邦機関が密かに連邦議会にブリーフをして」、「その後、民主党員か共和党員が選択的に断片情報を漏らす。最後にそのストーリーが、出どころを曖昧にして表面化する」と、ガース氏は書いている。これらの都合良く選び出された断片情報は、ブリーフィングの結論を大きく歪曲する。
トランプ氏がロシアのスパイであるという報告は、元英国情報部員が作成したとされるいわゆる「スティール文書」で始まり、当初はトランプ氏に対抗する共和党員によって、後にヒラリー・クリントン氏の選挙運動によって資金提供された。
その文書における告発は、トランプ氏がモスクワのホテルの一室で売春婦から「ゴールデン・シャワー」を受けたという報告や、およびトランプ氏とロシアには5年前に遡る結びつきがあったという主張が含まれ、FBIによって信用できないものとされた。
ガース氏は自分の記事で、「元『ワシントン・ポスト』記者のボブ・ウッドワード氏がFOXニュースに出て、『スティール文書』を、(議員への)ブリーフィングの一部に『決してするべきではなかった』『くず文書』と呼んだ」と書いた。
さらにガース氏は「後になってウッドワード氏が、私に『ワシントン・ポスト』は『スティール文書』への厳しい批判に関心を持たなかった。FOXニュースでの発言の後、ウッドワード氏はごく一般的に『記者』としか特定しなかったが、なぜ自分がそれほど批判的かを説明するため『この文書を取材した人々に連絡を取った』と語った。彼らの反応を聞かれてウッドワード氏は、『正直なところ、同紙の人々には私が語ったこと、私がそう語った理由について好奇心が欠如しており、それで私はそれを受け入れ、誰にもそれを強いなかった』と答えた」と書いている。
「スティール文書」の捏造を暴露した他の記者たち、例えば『ザ・インターセプト』のグレン・グリーンウォルド氏や『ローリング・ストーン』のマット・タイビ氏、『ザ・ネーション』のアーロン・マテ氏は、自分たちのニュース会社と衝突し、現在は独立したジャーナリストとして働いている。
『ニューヨーク・タイムズ』と『ワシントン・ポスト』は、「2016年大統領選挙へのロシアの干渉、およびトランプ氏の選挙運動、選出された大統領の移行チームと彼の最終的な政権とのロシアの結びつき」に関するそれぞれの報道により、2019年のピューリッツァー賞を共同受賞した。
何年間もこの欺瞞を永続させたニュース会社が沈黙しているのは、不吉である。それは新しいメディアモデル、すなわち信憑性や説明責任がないモデルを定着させる。
『マザー・ジョーンズ』のデイヴィッド・コーン氏のようにガース氏の調査記事に反応した一握りの記者たちは、彼らの報道に信憑性がないことを示す大半がFBIと長官だったロバート・モラー氏の報告書由来の証拠の山が、あたかも存在していないかのように従来の嘘をさらに大きく吹聴した。
ひとたび事実が意見と交換できるものになれば、ひとたび真実が的外れとなれば、ひとたび人々が自分の聞きたいことだけを聞かされるようになれば、ジャーナリズムはジャーナリズムであることをやめ、プロパガンダとなる。
(翻訳:レンゲ・メレンゲ)
原題「The Trump-Russia Saga and the Death Spiral of American Journalism」(URL:https://scheerpost.com/2023/02/26/chris-hedges-the-trump-russia-saga-and-the-death-spiral-of-american-journalism/).
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米国を代表するフリージャーナリストの一人。2002年にピューリッツァー賞を受賞。『クリスチャン・サイエンス・モニター』等で中米をはじめ海外特派員として15年間活動後、1990年から2005年まで『ニューヨーク・タイムズ』に記者として勤務。中東支局長やバルカン支局長を歴任した。著書に 『American Fascists: The Christian Right and the War on America』(2007)、『Death of the Liberal Class』 (2010)等。現在は、インターネットメディアを中心に執筆活動を続けている。