【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)
科捜研は123ラダーの不正確さを認めながらも、アレリックラダーの数値に対応するとして対照表を作った。

第18回 発覚したDNA型鑑定の欠陥を認めない科警研の姿勢が悲劇を拡大

梶山天

足利事件の犯人として栃木県足利市内の元幼稚園のバス運転手だった菅家利和さんを取り調べ、自供させて逮捕するというシナリオ遂行のお膳立てになった警察庁の科学警察研究所(科警研)が行ったDNA型鑑定「MCT118法」に欠陥があることが明らかになった。

1992年12月1、2の2日間の日程で東京大学を会場にした第1回「日本DNA多型研究会」初の学術集会でだ。信州大学法医学教室の本田克也助手らグループによって発表された。逮捕直前まで松田真実ちゃん殺害を否認していた菅家さんに栃木県警の刑事たちが絶対的に「真実ちゃんの肌着に付着したDNAと菅家さんがごみとして捨てたティッシュに付着の精液がDNA型鑑定によって16-26型で一致している」と畳みかけるように強引に自供をさせた鑑定そのものが冤罪を生んだ可能性が出てきたのだ。

この国は狂っている。MCT118法欠陥の発表の場には、この鑑定方法を米国・ユタ大学のハワード・ヒューズ医学研究所で開発して持ち帰った科警研の笠井賢太郎技官らの姿があった。すでに足利事件の一審裁判は92年2月13日に初公判が始まって中盤に差し掛かっていたのだ。本来なら科警研が本田助手たちが発表した欠陥について見直しを行い、何らかの措置をしなければいけないのに、なんとダンマリを決め込んで一審では一切、動こうとはしなかった。

ただ、一つには、自分の部下の冤罪を見破るDNA型鑑定の欠陥発見という、かつてない出来事を自分の名誉にしようと部下の本田助手らの発表前に別の議題で発表する予定だった信州大学の福島弘文教授が部下たちに何の断りもなく自分で発表したのだ。しかもその発表は、そもそも本田助手の発見の内容を誤って理解していた可能性が高い。MCT118法に誤差が生じるとすれば、それは123ラダーの問題であると誤解していた。そうではない。マーカー自体は正確だが、他の塩基組成を持つDNA断片と同時にポリアクリルアミドゲル上で流す時に誤差が生じるのだ。それを福島教授はきちんと把握せずに集まった研究者らに説明してしまったみたいだ。

福島教授の発表を聞いた研究者たちは、なかなか理解しにくかったのだろう。このため本田助手は、ことあるごとに研究者たちに繰り返し説明するなど手こずった。ほんとに厄介で無能な指導者としか思えない。

そしてこれこそ地に落ちた一審の宇都宮地方裁判所(久保真人裁判長)の裁判官たち3人の事件に対する真実を探そうという姿勢のなさにはうんざりする。選んだ職を間違っているように思えてならなかった。なぜなのか、と言うと足利事件における裁判は、裁判史上初めてといっていいほど新しい証拠として「DNA型鑑定」が登場したのである。このDNA型鑑定とは何ぞやと興味がわかないものなのか?足利事件裁判が始まった頃には、日本大学の法医学研究室の押田茂實教授らが日本弁護士連合会(日弁連)の弁護士たちにDNA型鑑定などの実践をしながら学ばせていたのだ。

宇都宮地裁の裁判官たちがこのDNA型鑑定を何も学ばず判決を書いたことは93年7月7日の菅家さんに対する判決文を見ると一目瞭然だった。

日本DNA多型研究会という公の場で冤罪の可能性が指摘されたにもかかわらず、自白とともに科警研のDNA鑑定の結果が重要な証拠として採用された。大学の法医学者たちにあれだけ話題になっているのに、科警研が動かなかったこともそうだが、裁判官たちは、世間の状況に耳すら傾けない独りよがりの世界なのか。裁判に対する気持ちの持ちようで、いくらでも何事も吸収できるはずである。

判決文中、この鑑定は、社会的に「歴史は浅く、その信頼性が社会一般により、完全に承認されているとまでは未だ評価できないというほかない」と位置づけた。しかし、証拠能力については次のように認めた。

「DNA鑑定に対する専門的な知識と技術及び経験を持った者によって、適切な方法により鑑定が行われたのであれば、鑑定結果が裁判所に対して不当な偏見を与えるおそれはないといってよく、これに証拠能力を認めることができるというべきである」。

「同一DNA出現頻度に関する数値の証明力を、具体的な事実確認においていかに評価するかについては慎重を期する必要がある。しかしながら、この点を念頭に置くにせよ、血液型だけでなく、三百二十五通りという著しい多型性を示すMCT118型が一致したという事実が一つの重要な間接事実となる事は否定できず、これに先に上げた諸事実をも併せ考慮すると、本件においては被告人と犯行の結びつきを強く推認することができる」。

一審判決のこの文章を読むと呆れてしまう。何度でも言いたい。判決の8カ月前に足利事件に使ったDNA型鑑定「MCT118法」には欠陥があり、この鑑定を使えば冤罪の可能性が高いということが信州大学の本田助手らによって公に明らかにされたのだ。どうしてこの問題を裁判で議論しなかったのか。判決文を読むと、DNA鑑定に対する専門的な知識と技術及び経験を持った者によって、適切な方法により鑑定が行われたのであれば、鑑定結果が裁判所に対して不当な偏見を与えるおそれはないといってよいとしている。しかし、専門家らによって欠陥が報告され、冤罪を危惧する意見が出されたのである。

そうなると、裁判ではこの件について審理をしなければいけないはずだ。真実を追求するのは裁判所の役目ではないのか。裁判官たちのとった行動は審理すべきことの怠慢に当たる。本来ならMCT118法の欠陥を発見した本田助手に出廷してもらい、説明を受けたなら、もしかしたら一審で冤罪が明らかになり、無罪判決が出たかもしれない。菅家さんが冤罪で無罪となったのは、2010年3月26日、宇都宮地裁再審判決公判(佐藤正信裁判長)だった。菅家さんに謝ったのは佐藤裁判長だったが、本当は93年7月7日に菅家さんに無期懲役の判決を言い渡した当時の一審宇都宮地裁の久保真人裁判長ら3人の裁判官たちが謝るべきだ。久保裁判長らがきちんとMCT118法の欠陥を問いただしていれば、菅家さんの人生は狂わなかっただろうし、両親の死に目に会えないこともなかっただろう。それくらい一審判決は重要だったのだ。

裁判官たちには、もう一つ注意して見てもらいたいものがあった。というのも、それに気づいていたら、常識的に考えてもどうして菅家さんが犯人と言えるのか、と思うはずである。それは、同一DNA型頻度(頻度)の問題だ。どの型で一致するかによって出現頻度は異なる。例えば、MCT118部位の18型の出現頻度は25%にも達する。さらにサンプルの絶対数が少なすぎることも問題だった。

宇都宮地裁が判決の根拠とした「1000人に1・2人」という出現頻度の確率が、その後大きく変わっていったのだ。具体的には、科警研が同地裁に提出した16-26型の「日本人380人における頻度分布」は、91年9月9日以前では、調査人数が190人(出現頻度=1000人に1・2人)だった。それが92年1月には381人(同2・5人)、93年8月に957人(同5・4人)と増え、98年8月には、調査人数1145人、出現頻度は6・23人になった。当時足利市内の人口は、約17万人で、血液型・DNA型が合う人は900人以上いる計算だ。こんなにいてそのMCT118法での鑑定で犯人であると言えるのか。到底、言えない。

しかし、実際に無実の訴えは届かず、一審は終結した。翌8日、菅家さんは東京高裁に控訴した。一審の弁護人は辞任し、控訴審に向けて新たに弁護団が結成された。

菅家さんに無期懲役の判決が出てから1カ月後のことだ。DNA多型研究会の学術集会でいくつかの問題を指摘されて以来、科警研もMCT118法の欠陥を認めざるをえなくなったのだろう。有罪判決を見計らったように、科警研は修正論文を載せたのである。

その中で、正確にバンドを測れるように電気泳動時のDNA断片のバンドパターンの型判定に使った「物差し」を変更したと明らかにした。

『MCT118型の判定において、繰り返し数を直接読み取る(新しく販売されたシータス・アレリックラダーマーカー)の方が型番号と繰り返し数が一致し、型分類も細分化されることから、より望ましい方法であると考えられた。シータス・アレリックラダーにおいては型判定が難しい場合があるが、この問題は、DNA解析装置の応用により容易に解決されるものと判断される』(笠井賢太郎・坂井活子技官ほか「123塩基ラダーとシータス・アレリックラダーとの比較」『科学警察研究所報告 法科学編』科学警察研究所、1993年8月)。

科警研は菅家さんのMCT118部位のDNA型を16-26型と判定し、被害者の肌着に残っていた精液と一致したと判断した。ところが現実には、科警研はこの部位が何回配列を繰り返しているのか正確に調べる技術を持っていなかったのだ。16塩基の配列の反復数を調べるのだから大きくて16塩基、できれば半分の8塩基の配列まで測ることができる物差しがなかったことが問題とされがちである。しかし、123ラダーとMCT118のバンドの流れ方に誤差が生じる以上、物差しの目盛りが大きかったことは誤判定の本質的原因ではない。

科捜研は123ラダーの不正確さを認めながらも、アレリックラダーの数値に対応するとして対照表を作った。

科捜研は123ラダーの不正確さを認めながらも、アレリックラダーの数値に対応するとして対照表を作った。

 

論文はさらに、上段がアレリックラダー、下段が123ラダーの型の数値を書いた表を掲載していた。そして科警研は、「123塩基ラダーとシータス・アレリックラダーとは、ポリアクリルアミドゲル上での移動に規則的な対応が認められることから、従前からの123塩基ラダーによるMCT118部位DNA型の型番号とシータス・アレリックラダーによる型番号の相互の対応は可能」であると結論付けた。

しかし、ゲルの濃度や泳動条件によって型の位置は変わる。型も1対1で対応していない。例えば、型番号を新旧比較すると、123ラダーで「17型」と判定されるものは、アレリックラダーでは「19型あるいは20型」であるなど、型番号の誤差を許している。ところが、MCT118部位で一つの型がずれるということは、16塩基もの違いに相当する。他にも、123ラダーによる「18型」「24型」「30型」などにも不確実な対応関係があった。アレリックラダーの側から見ても、「20型」は123ラダーで「17型」「18型」と、二つに対応していた。いずれにしても不規則な対応の仕方であり、科警研の論文は、従来の数値に誤りがあったことを認めたばかりか、大きな誤差をもってしか対応できないという限界を示すものだった。

それにもかかわらず、過去の鑑定結果については、おおよそ2~3を加えた大きい数値の型に置き換えられる、対照表で換算すればすむと安易な結論付けだった。直接的な表現こそないものの、鑑定に誤りはないとしたのである。(なお、この論文では足利事件の鑑定については一切触れていないが、元鑑定の16-26型は、18型のいずれか「18-29、30、31」になると読み取れる。ここでは26型は曖昧にも三つの型に対応させている)。

そして、この頃から科警研は、「DNA鑑定」ではなく、「DNA型鑑定」だと主張し始めた。つまり、型が合っていればそれで十分でそれ以上ではない、ということを流布し始めたのだ。こうして型を誤って判定していたことを認めたにもかかわらず、後に法廷でも証言されたように16-26型は18-30型へと何事もなかったように書き換えられてしまったのである。

だが前述の通り、MCT118部位の16型と18型とでは意味が違う。A型とB型の血液型が異なるのと同じことだ。誤った判定なのだ。科警研の主張を分かりやすく例えると、実際の身長は165cmなのに物差しが狂っていて150cmと測定した、けれど誤った物差しではそうなるのだから判定自体は誤りではない。150㎝を165㎝と表現が異なっただけで、誤ったわけではないねとミスを隠ぺいしているのである。あくまで誤りを認めようとしない、あるいは認めたくてもできない科警研の体質が論文には現れていた。そしてこの誤りを認めない欠陥が菅家さんらの悲劇を拡大していったのである。

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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