秘密漏洩事件を利用し「軍国日本」定着へ:特定秘密保護法と憲法9条自衛隊
社会・経済政治情報統括責任者による特定秘密漏洩事件
昨年12月26日、防衛省は、「海上自衛隊における特定秘密等漏えい事案」についての報告を行なった。その概要は次のとおりである。
2020年3月19日、海上自衛隊情報業務群司令・井上高志1等海佐は、自衛艦隊司令官を務めた元海将(すでに退職)に対し、横須賀の艦隊司令部庁舎内で安保情勢のブリーフィングをした際、「特定秘密」を漏洩した。
漏洩された秘密とは、報告書によれば、①我が国周辺の情勢に関し収集した情報等に関する特定秘密②自衛隊の運用状況に関する秘密③自衛隊の訓練等に関する取扱い上の注意を要する情報である。具体的な内容については言及されていないが、1月19日付の朝日新聞によれば、「中国海軍の艦艇の動きに関するもので、人工衛星が捉えた画像に基づく内容を含んでいた。米軍が宇宙から監視している軍事衛星の情報として米軍から提供を受けたものもあり、特定秘密保護法が『電波・画像情報』として指定していた」という。
漏洩は、「元海将に画像そのものを閲覧させたわけではないが、データの分析結果に基づき、中国海軍の艦艇が東シナ海といった日本周辺海域でどう動き、どんな意図があるのかについて海自がまとめた内容を口頭で伝える」という形で行なわれた。
自衛艦隊司令部情報主任幕僚は、自衛艦隊司令官から、元海将からのブリーフィングの依頼には公開情報で、部外者に話せる範囲で対応することを指示されていたが、これを情報業務群司令に伝えていなかった。また、井上1等海佐から、事後にブリーフィングの実施状況について報告を受けたが、自衛艦隊司令官に報告していなかったとされる。
彼が所属していた情報業務群(現在は改編され「艦隊情報群」)は、海上自衛隊唯一の情報専門部隊で、日本周辺海域や重要な海上輸送路、現在海賊対処が行なわれているアフリカ東部・アデン湾等の海外において海上自衛隊の艦艇や航空機が活動するために必要な情報支援を行なっているという。
その情報業務群を指揮するのは「司令」であり、1等海佐が務めるとされている(自衛隊法施行令18条の9)。まさに井上1等海佐は、海上自衛隊の情報を統括する部署の総責任者だったのである。
このような事実を確定した防衛省は、漏洩事件を公表した当日、井上1等海佐を情報保全に関する違反・秘密漏えい等により懲戒免職とした。
特定秘密保護法下の「特定秘密」
昨年以来、社会問題となっている旧統一教会が自民党に働きかけたスパイ防止法案は、1985年に国会に提出されたが審議未了。その後の2011年には秘密保全法が検討されたものの、法案にはならなかった。
特にスパイ防止法案については、国民各層から大きな反対の声が上げられ、その危険性が指摘されていた。1986年10月12日から21日にかけて、朝日新聞で「スパイ防止ってなんだ」が連載されている。副題の一部を挙げると、「記念写真、史跡パチリ・警官に連行。スパイ容疑9千人取り調べ」「自分の〝庭〟、漁師たちは知っていた。『島に大砲』つい口の端に」「空想、映画主人公まねた少年。面白半分軍用列車数える」「速報競争、出征名簿を取材の記者に」……。当時は、このように戦前の事例を紹介しながら、スパイ防止法を制定する危険性が指摘されていたのである。
ところで、国家主義的色彩を強めた第2次安倍晋三内閣の下で検討され、野党の反対を押し切り、強行採決の末2013年12月6日に成立したのが特定秘密保護法である。翌年12月10日に施行されている。
特定秘密保護法では、秘密を「公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」と定義し(3条1項)、具体的には防衛秘密・外交秘密・特定有害活動防止秘密及びテロ防止秘密が「特定秘密」とされ、戦前における秘密保護法制と比較すると、秘密の範囲ははるかに拡大された。
また、秘密を取り扱うことのできる者は「適性評価により特定秘密を漏らすおそれがないと認められた職員等」に限定され、秘密を取り扱う適性があるか否かを判断し(適正評価の実施)、基準としての要件(適正評価の対象事項)が定められた。井上元1等海佐は海上自衛隊の秘密事項を取り扱う業務の最高責任者であった。当然、適正評価事項をクリアしていたであろう。その彼が防衛秘密を元海将に漏洩した。
特定秘密保護法23条1項は特定秘密漏洩罪を規定し、10年以下の懲役または情状により10年以下の懲役および千万円以下の罰金と定めている。ここでの要件は秘密を「漏らした」ことであるが、それは「特定秘密たる情報を口頭、電話、放送等により告知し、若しくは文書、図画、電信等によって伝達し、又は特定秘密たる情報を含む文書、図画、物件を交付すること」である。
このように定義した場合、一度漏洩された特定秘密はもはや「公になっていないもの」という秘密性を失い、特定秘密の要件を欠くことになる。裁判になった場合には、この点も明らかにされるであろう。
「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。