秘密漏洩事件を利用し「軍国日本」定着へ:特定秘密保護法と憲法9条自衛隊
社会・経済政治防衛秘密とは何か
特定秘密保護法では、防衛に関する事項を防衛秘密としている。具体的には、次の10の事項である。
イ.自衛隊の運用又はこれに関する見積もり若しくは計画若しくは研究
ロ.防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
ハ.ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ.防衛力の整備に関する見積もり若しくは計画又は研究
ホ.武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物の種類又は数量
ヘ.防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
ト.防衛の用に供する暗号
チ.武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法
リ.武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法
ヌ.防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途
これらの事項は、並べ方から文言まで、すべて当時(2001年に改正)の自衛隊法で定められていた防衛秘密と同一である。特定秘密保護法が成立する12年前に、防衛秘密はそのものとして保護されていたのだ。
防衛秘密のうち、今回のケースに関連するのは、「ロ.防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報」だろう。内閣官房特定秘密保護法施行準備室の逐条解説(2014年12月9日)によれば、「防衛に関し収集した電波情報」とは「防衛に関して収集した通信情報、電子情報及び宇宙飛翔体情報」、「画像情報」とは「防衛に関して、人工衛星、航空機、ヘリコプター等を利用して地表面等の観測や撮像を行った結果として得た画像情報及び当該画像情報を処理・分析して得られる情報をいう」とされている。
ここで注意しなければならないのは、「電波情報」は「通信情報、電子情報及び宇宙飛翔体情報」に限定されているが、「画像情報」については「地表面等の観測や撮像を行った結果として得た画像情報及び当該画像情報を処理・分析して得られる情報」として、画像情報に限定せず、それらを処理・分析して得られる情報も加えられていることである。しかし、画像情報とその結果として得られた情報とは異なるものであり、特定防衛秘密情報とするには別個の情報として指定しなければならないはずだ。
なお、指定される情報は、記録されていることが必要であり、行政文書として存在しなければならない。今回の秘密漏洩事件で井上元1等海佐が漏洩した情報は、「画像そのもの」ではなく、それをもとに「海自がまとめた内容」だった。それは文書化されていると思われ、彼の「頭の中にあった情報」ではないだろう。
国会やマスコミの反応
この海自特定秘密漏洩事件について、国会ではどんな反応が示されたか。
衆議院情報監視審査会は1月20日、「我が国を取り巻く安全保障環境が1層厳しさを増す中、防衛省・自衛隊に対する国民及び同盟国・友好国の信頼を著しく損なう事案が生じたことは極めて遺憾である」として、浜田靖1防衛相に対し、情報保全体制の改善を勧告した。また2月2日には、参議院情報監視審査会も同様の勧告を浜田防衛相に行なった。
この問題を、岸田文雄内閣が推進する「周辺環境の変化」や、安保3文書の改訂に伴う敵基地攻撃能力の付与との関連のみで捉え、憲法論議がなされていないことに、筆者は危惧を覚える。
では、マスコミはどう報じたか。その反応は、いつもの通り2分されている。1つは日本の安全を守るために秘密の管理を徹底すべきという見解であり、もう1つは特定秘密保護法への疑念がさらに強まったという見方だ。
前者の例として最も極端なものは、旧統一教会系の「世界日報」の社説(昨年12月29日付)である。同紙は、「特定秘密漏洩/日本守るため情報管理徹底を」と題し、「特定秘密保護法だけでは情報保全を十分に行うことはできない。今回は漏洩先が海自OBだったが、外国のスパイや工作員であれば極めて深刻な事態となっていた。日本の安全を守るためにも、スパイ防止法の制定を急ぐべきだ」と結論づける。
12月28日付の産経新聞は「特定秘密の漏洩戦う組織に生まれ変われ」と題し、「自衛隊員は、秘密保全を遂行できない軍事組織は国防の務めを全うすることが難しいと肝に銘じるべきだ。(中略)日本を取り巻く安全保障環境が戦後最も厳しくなった今、自衛隊は襟を正す必要がある。これを機に、情報保全を徹底した、戦える組織に生まれ変わってもらいたい。それが平和を保つことに直結する」と、国の安全保障を前面に掲げた自論を展開している。12月27日付の読売新聞は、「政府は、米韓に加え、豪州や英国などとも安全保障分野の連携強化に取り組んでいる。機密情報の漏洩のような事態が繰り返されれば、各国と重要な情報を共有することは難しくなるだろう。(中略)政府は防衛力の強化を急いでおり、防衛費の増額分については増税などで賄う方針だ。危機感を高め、実効性のある対策を講じなければ国民の理解を得られまい」と、政府の政策を全面的に支持する姿勢を明確にした。
他方で、少なくないメディアが、特定秘密保護法の持つ危険性に着目し、国会等のチェック強化を訴えている。朝日新聞は12月29日付の「特定秘密漏洩組織の体質が問われる」と題した社説で、「何が特定秘密に指定されたのか、その妥当性を外から検証する手だてが乏しく、恣意的な運用に歯止めをかけられないという構造的な問題は今も変わらない」「今回、漏洩されたという特定秘密も、防衛省の発表は『我が国周辺の情勢に関し収集した情報等』というだけで、特に秘匿する必要があったのかどうかの判別はできない。特定秘密の運用をチェックするために衆参両院に設けられた『情報監視審査会』の機能強化など、取り組むべきことはあるはずだ」と主張した。
12月29日付の北海道新聞は「特定秘密漏えい法の運用に懸念拭えぬ」と題し、「そもそも秘密保護法は指定される秘密の定義が曖昧だ。政府が恣意的に運用し、秘密の対象を際限なく広げることも可能である」「何が秘密かも秘密になるため、民主主義の土台である国民の『知る権利』を侵害する危険がある」との社説を掲げた。
「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。