【特集】新型コロナ&ワクチン問題の真実と背景

私の言い残したこと、その2―「和食の底力」でワクチン後遺症と闘う―

寺島隆吉

最近は「減塩多酢」「塩分控えめ」ということが声高に叫ばれていますが、これは全くの誤解で、前掲書では、きちんと塩分をとることがいかに大切であるかが丁寧に説明されています。

これは現代の医学が一見すると進歩しているかのように思われますが、実はいかに退歩しているかを示しています。

それは標準血圧の数値をどんどん下げて、少しでもこの標準値を上回ると「高血圧」であると診断し、降圧剤をどんどん処方して、逆に健康悪化を招いているのに似ています。その副作用が次の薬の商法につながり、悪循環になっていくからです。

このことはもちろん先にも紹介した桜沢如一の著書に述べられていることですが、秋月医師は長崎医大付属病院の永井助教授が部長をしていた放射線教室に、1年間、助手として勤務したことがあり、そのとき「レントゲン宿酔」という症状の治療に塩が効果を発揮することを、改めて知ることになったのでした。

それは「当時、レントゲン教室で研究し、働いていた人びとの常識だった」そうです。だから秋月医師は次のように確信したのでした。

「原子爆弾を受けた人には、塩がいいんだ。塩が、効果があるんだ!」(段落7)

このことは秋月さんが『長崎原爆記』の後に書いた『死の同心円』でも次のように書かれています。

また長い引用になりますが、それを次に掲げます。(例によって、あとで説明するときに便利なので、私の方で段落番号を付けておきます。下線は寺島、引用は『同書』134-136頁)

 

爆心地から同心円状に症状が変わる

1)被爆以来、全身火傷やガラス創などの治療に専念してきた私は、8月13日ごろからあたらしい疾病に直面した。

2)あとになって、原爆症とよばれるものである。

3)その症状の患者は十六日をすぎると、にわかに数を増し、数日中に症状が悪化して、バタバタ死んでいく。患者の年齢や抵抗力の強弱によって、死までの時間に多少のズレがあるが、ハッキリいえることは、爆、心地からの距離に比例して照射量に大小があり、それが激症、中等度症、弱症の区別をつけていることであった。

4)つまり、本尾町、橋口町、浦上天主堂付近、上野町の人々は「激症」で、本原町一丁目付近がそれに次ぎ、爆心地からの同心円の直径が伸びるにしたがって、「弱症」になっていくことがわかった。「弱症」の人たちは、一週間ほどのあいだに、じょじょに症状があらわれて死んだ。

5)血球計算器もなく、血球を染色して顕微鏡で見る装置もない。リンゲル注射も、輸血療法もできない。

6)私は想像と推理によってこれを「レントゲン・カーター」に似たものと断定し、私がそれに苦しめられたとき、よく食塩水を飲んだことを思い出した。レントゲン・カーターの患者に、生理的食塩水よりすこしおおく塩分をふくんだ水を飲ませることは、レントゲン教室で働いている者の常識であった。

7)私には原子生物学の知識はなかったが、「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ」と主張し、職員に命じて強引に実行させた。

8)ミネラル栄養論を治療に実践それは、私が信奉しているミネラル栄養論とも一致する考えかたであった。私は石塚左玄氏の桜沢式食養学を学び、自分なりに工夫して食養医学をつくり、みずから秋月式栄養論と名づけた。

9)この考えかたにたてば、食塩のナトリウムイオンは造血細胞に賦活力をあたえるが、砂糖は造血細胞にたいする毒素である。おなじ野菜でも、カボチャはいいが、ナスはよくないということになる。

10)浦上第一病院の患者と職員に、こうして私のミネラル栄養論を実践したが、ついでに死の灰がいっぱい付着したカボチャもずいぶん食べさせてしまった。せっせと味噌汁にいれて食べたので、二次放射能で腸をやられたかもしれない。もっとも、味噌の解毒作用によって、プラスマイナス・ゼロになったと考えられる。

11)原野と化した病院の庭で、ナスはふしぎなほどよくとれた。むかしからナスの花にむだはないというが、それにしても被爆後のナスの実りは異常だった。8月末から10月にかけて、例年にない収穫があり、私たちはそれを味噌漬にして毎日食べた。

12)虚弱体質の私が、1,400mメートルの距離で被爆しながら原爆症にならず、病院の職員や患者全員がレントゲン`カーターに似た自覚症状を感じながら、なんとかそれを克服し、働きつづけることができたのは、私はやはり食塩のおかげであり、秋月式栄養論の成果であったと思う。

13)私の周囲にいた人々は、みなそれを信じている。たとえ学会には認められない説であっても・・・。

 

上記の段落9では「石塚左玄氏の桜沢式食養学を学び」とあります。これは次のことを示しています。

(1)桜沢如一が明治時代の日本の医師・薬剤師であり陸軍薬剤監を勤めた石塚左玄の食養論をさらに発展させた「桜沢式食養学」をつくりあげたこと
(2)それを秋月さんがさらに自分なりに工夫して食養医学をつくり、みずから「秋月式栄養論」と名づけたこと
(3)この考えかたにたてば、「食塩のナトリウムイオンは造血細胞に賦活力をあたえる」が、「砂糖は造血細胞にたいする毒素である」ということ

さらに興味深いのは秋月氏が次のように述べていることです。

「死の灰がいっぱい付着したカボチャもずいぶん食べさせてしまった。せっせと味噌汁にいれて食べたので、二次放射能で腸をやられたかもしれない。もっとも、味噌の解毒作用によって、プラスマイナス・ゼロになったと考えられる」

つまり秋月氏によれば、味噌には「解毒作用」「排毒効果」があるのです。だからこそ私は2月23日の講演で、高橋徳先生に「ワクチン後遺症の治療にも味噌汁をぜひ付け加えてほしい」と御願いしたのでした。

というのは、徳先生の本『ワクチン後遺症』には東洋医学の治療法として漢方薬のことは述べられていても、味噌汁の排毒効果・免疫力増加については全くふれられていなかったからです。

他方、上記の『ワクチン後遺症』には西洋医学によるワクチン後遺症の治療として、まず第1に挙げられているのは「断食」であり、2番目が「イベルメクチン」でした。しかし、イベルメクチンの副作用がその冒頭に述べられているのですから、これを読んだひとはイベルメクチンの服用を躊躇するのではないでしょうか。

しかも「断食」が『ワクチン後遺症』では西洋医学のところで紹介してあるのも少し不思議でした。なぜなら仏陀自身が「1日1食」だったことを最近、発見しましたし、修行の一環として「断食」することは修行の一環として普通のことだったからです。

仏陀が当時としては極めて高齢の80歳で涅槃(ねはん)に入ったことも、「断食効果」ではなかったのかと私には思われてなりません。

他方、イベルメクチンの発明者である大村智博士が、「なぜ新型コロナウイルスにも効くのか」を解説している珍しい動画を見つけました。

*イベルメクチン開発者 大村智博士「なぜイベルメクチンがウイルスに効くのか」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40950398

大村先生いわく「ウイルスに直接作用するということもあるけれども、むしろ身体の免疫力に働きかけて免疫を活性化する」

だとすれば、味噌汁に排毒効果、免疫力増加する力があるとすれば、味噌力もぜひ徳クリニックの治療メニューにぜひ付け加えてほしいと思ったのです。

ところが『長崎原爆記』にも『死の同心円』にも、上記で引用した以外に「味噌汁の免疫力・排毒効果」について述べた箇所はありません。

秋月氏もそのことをたぶん不満に思っておられたのでしょう。寡作(かさく)の氏が最後に『体質と食物』を著すことになったのも、この流れからすると必然だったように私には思われます。

というのは、この60頁足らずの小冊子は、副題が「健康への道」となっていますが、実は、本書は「味噌力」について詳しく展開したものだったからです。

そこで以下では、本書のなかから「味噌」という章のみを引用し、若干の解説を加えて今回のブログを閉じたいと思います。また引用が長くなりますが、どうかお許しください。

(あとで説明するときに便利なので、例によって段落番号を付けておきます。下線は寺島、ゴシックは秋月。引用は『同書』19-32頁)

 

秋月辰一郎『体質と食物――健康への道』
味噌

1)私は、かつて自分が結核を発病し、病床に伏して天井を眺めながら、真剣に自分の身体を改造して出直そうと考えた。そのためには、私自身の食物を改めよう、そうすれば身体が変わると決心した。

2)「悔い改めよ」でなく、「食い改めよ」である。私は、その時までの自分の生活の誤りを反省した。生活の誤り一つまり食物、食生活の誤りのことである。

3)私の両親は純農ではないが、農村出身であった。両親は大人になるまで、麦飯と味噌汁が食生活の基幹であったはずである。その両親は20歳すぎに、長崎市に住みついた。

4)私の記憶では両親はこれといって病気をしなかった。風邪をひいても、頓服の発汗剤でけろりと治る。下痢をしても梅干番茶で治癒していた。それにくらべて私は百日咳から、ヂフテリヤ、肺炎、肺結核と大病にばかりかかった。私はそれらのことを反省した。

5)長崎は魚類の豊富なところで、野菜の良くない土地である。そのためか、私の家族は自然と味噌汁を毎朝食べなくなった。味噌汁を炊いても、子供たちは、魚類か、かまぼこを食べて味噌汁を食べなくなった。従って母も味噌汁を毎朝炊かないようになったのである。

6)しかし、もしその当時、両親に、味噌汁が日本人の食生活の要であるという知識と信念があったなら、味噌汁を必ず毎朝炊いて、必ず私に食べさせたであろう。みな味噌汁は嫌ではなかったはずである。ところが半端な栄養学的知識がかえって災いした。鶏卵や牛乳や牛肉が滋養であるという知識で、そんな物をわざわざ私に食べさせようとして努力した。

7)このことを私は改めた。もちろん病床に伏した当時、味噌汁に対してそれほど信念と知識があったわけではない。ただ私は医学に絶望して、最初から食生活をやり直そうとした。そのため玄米食・野菜食・味噌汁から出発した。ことに揚げ豆腐とわかめとを実とした味噌汁は、日本人の本当の要の食品であると確信した。

8)戦争中であって、国内に医師が不足していたので、私は3ヵ月の安静をしたのみで、病床を脱した。そして医師として働き出した。

9)結核があったにもかかわらず軍隊に入隊したり、原爆に被爆したりした。その間、相当以上の無理をした。病弱であったが、わかめと揚げを実とした味噌汁が私の身体の要であるから、自分の病巣は悪化しないという確信があった。

10)また事実その通りでもあった。

11)昭和20年8月9日の原子爆弾は長崎市内を大半灰儘にし、数万の人々を殺した。爆心地より1.8㎞の私の病院は、死の灰の中に、廃嘘として残った。私と私の病院の仲間は、焼け出された患者を治療しながら働きつづけた。

12)私たちの病院は、長崎市の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらにワカメもたくさん保存していたのである。

13)その時、私といっしょに、患者の救助、付近の人びとの治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出ないのは、その原因の1つは、「わかめの味噌汁」であったと私は確信している。

14)放射能の害を、わかめの味噌汁がどうして防ぐのか、そんな力が味噌汁にどうしてあるのか。私は科学的にその力があると信じている。

15)もし人体実験が許されるのなら、実験してもよろしいとさえ思っている。アメリカで実験されたことであるが、鼠(ねずみ)を飼育してその飼料に脂肪を全然入れない一群、橿(かや)の油を5%混ぜた場合、さらに橿(かや)の油を20%混ぜた場合、この3群に分けて致死量の放射能を照射した。

16)その結果、橿(かや)の油の全然入っていない飼料の鼠(ねずみ)はほとんど死亡した。脂肪の入った飼料の鼠は、5%、20%の場合も死亡は3分の1に減っている。味噌は鼠にとって適当な食物でないから大豆でもよいと思う。

17)人間にとって、日本人にとって、味噌は特に良質の油脂とミネラルの供給源であるから、私たちの放射能の害を一部、防禦してくれたのである。この一部の防禦が人間の生死の境において極めて重要なのである。

18)その後、私は、原爆の跡始末がすみ、また自分自身の健康に自信ができると、いよいよ食物による体質改良に生きようと決心した。農村に移り住んで食養道場を建設しようと計画した。しかし、あまりに自転車で田舎道を往診しすぎて、またまた結核が再燃した。私は、今の聖フランシスコ病院に医長として戻ってきた。

19)私の肺結核の自己療法は、私の食生活の中心に味噌汁があった。玄米食・野菜食或はバターと試みても続かなかった。やはりワカメと揚げの味噌汁だけは続いた。

20)その頃は、戦後の復興期に入って、アメリカならびに西欧の医学が滔々(とうとう)と入りこんできた。しかし私は、たくさんの患者に新しい医学を施しながらも体質という大きな問題から離れなかった。

21)やはり人間の体質を改造しなければ、新薬や手術だけではどうにもならないのではないか。いや、新薬や手術が効果のある体質にならねばならないのではないか。こう考えつつ患者を治療してきた。

22)疾病が軽症ですむか、重症になるか、また治癒するかどうか。全く体質によるのである。ある人の場合、薬が効いて病気はどんどん治ってゆく。他の人の場合、同じ方法をしても治らない。それは薬の使用量の多少、病気の発見と、診断の時期が早いか遅いかにもよるが、実はより多く、その人の体質によっている。その人の生まれながらの体質と、1日1日作り上げてゆく体質によるのである。

23)私は味噌汁を食生活の要において、それで体質を観察している。が、医学の現状はそうではない。牛乳論が活発であったり、鶏卵、トマトジュースとかが栄養品の如く喧伝されている。味噌汁が栄養品として、軽んじられている。

24)これは、栄養学や医学の分野で、日本の本来のものに対する研究が遅れていることから起った欠陥で、人びとの責任ではない。

25)私は患者に接するたびに、味噌汁のことを問診する。食物のことを尋ねる。なかなか興味深い。

26)たいていの人が「味噌汁は食べたり、食べなかったり」という。子供たちがよく病気がちな家庭、あるいは奥さんが始終「あそこがわるい、ここがわるい」と訴える人に、「味噌汁は毎朝食べますか」と問うと、「さあ別に」と味噌汁なんか極めて冷淡に考えている。

27)味噌汁を食べない理由に、味噌汁は嫌いだというのは極めて少ない。だが、やはり味噌汁を軽視して、牛乳・バター・鶏卵を栄養品と考えて、味噌汁は大したものではないと思っている。そしてこのことは、知識人・文化人と称する人びと、比較的よい生活の人びとに案外多い。

28)それにひきかえて、病気はほとんどしない、また、たまたま病気をしてもほんの軽くて治ってしまうという人は、理屈ぬきで毎日味噌汁を食べる。習慣からか、味噌汁を食べずにおられない人びとである。

29)厳密にいうと、味噌汁を毎日食べるから健康なのか、健康だから味噌汁が好きなのか、原因と結果の論争になるのである。それでも、味噌汁を毎朝食べているということが、病気にかからない、病気にかかっても治り易いということと、重大な因果関係があることは信じてよいであろう。(中略)

30)古くから医学の先哲が養生説に説いている。すなわち薬物は「上、中、下薬」に分かたれる。

31) 「下薬」とは服用すると、立ち所に効果のあるような薬物であるが、副作用があるものである。「中薬」というのは、効果はあるが、連用していると身体に害が出てくるものである。「上薬」とは、長く続けても、害の出て来ない、ますます身体の良くなる薬物のことである。

32)現代は何と、「下薬」の多いことか。また「中薬」の多いことか。そして現代人は速効でないと納得しない。いま薬を服用して、今すぐに効かないと承知しない。だからモルヒネとか、サリドマイド・皮質ホルモン等が普及する。「上薬」は影をひそめる。

33)味噌は「上薬」に類するものとさえ考える。私自身の家庭でも、よく熟成された味噌を毎朝炊く。必ず家中みな1杯ずつは食べることを、もう十数年来、絶対に守っている。この毎朝必ず食べるということが大切である。道は須臾(しゅゆ)も離れるべからずである。

34)そのために私は、結核と、ぜんそくの宿痾がいつの間にか、苦しむことが少なくなった。すっかり治ったとはいわない。しかしいつの間にか、忘れ勝ちになった。(中略)

35)子供の学校の父兄の集りで、学校医としてでなく父として、虚弱児をどうするか、子供の偏食をどう指導するか、これは大きな問題であった。私は発言を求められて、「毎朝、わかめ、野菜、油揚げの味噌汁を、必ずきびしく食べさせる。その他のことは、あまりやかましくしつけない」と意見を述べた。味噌汁を毎日欠かさないことは親の義務とさえ考えている。

 

上記の段落4)で秋月さんは、「麦飯と味噌汁が食生活の基幹であった」両親がほとんど病気をしないのに、自分は「百日咳から、ヂフテリヤ、肺炎、肺結核と大病にばかりかかった」と言っています。

その原因は「半端な栄養学的知識がかえって災いした。鶏卵や牛乳や牛肉が滋養であるという知識で、そんな物をわざわざ私に食べさせようとして努力した」ことにあったのではないかと反省しています。
そこで「悔い改め」て、「食い改め」に向かったのです。

ところが、「鶏卵や牛乳や牛肉が滋養であるという知識で、そんな物をわざわざ私に食べさせようとして努力した」両親の善意が、かえって秋月さんの体を壊したのでした。

桜沢如一も同じことを述べています。同志社大学で学んだ母親が洋食中心の食事を桜沢に勧めたことが、如一の健康を壊し、それが石塚左玄の唱道する「食養論」に向かわせたのでした。

この「洋食は健康食である」という考えは、いまだに日本人の頭を強く占領しています。これは明治政府の鹿鳴館外交以来、一貫していますが、戦後アメリカによって日本が占領されてから、その傾向はいっそう強くなりました。

秋月氏も段落23、27)で、次のように述べています。

23) 私は味噌汁を食生活の要において、それで体質を観察している。が、医学の現状はそうではない。牛乳論が活発であったり、鶏卵、トマトジュースとかが栄養品の如く喧伝されている。味噌汁が栄養品として、軽んじられている。

27) 味噌汁を食べない理由に、味噌汁は嫌いだというのは極めて少ない。だが、やはり味噌汁を軽視して、牛乳・バター・鶏卵を栄養品と考えて、味噌汁は大したものではないと思っている。そしてこのことは、知識人・文化人と称する人びと、比較的よい生活の人びとに案外多い。

秋月氏は特に27)で、「牛乳・バター・鶏卵を栄養品と考えて、味噌汁は大したものではないと思っている。そしてこのことは、知識人・文化人と称する人びと、比較的よい生活の人びとに案外多い」と述べています。

が、これは現在もまったく変わっていません。

私の近所に「ショパン」という店があるのですが、私は初め「これはショパンの曲を聴かせながら食事を出す」ことを売り物にしているのだとばかり思っていました。

ところが店頭にある看板を覗いてみると、なんと!朝食として「色彩豊かで、かつボリュームたっぷり」の「食パン」を出すのを売り物にしている店でした。

しかも、この店は毎日、駐車場に車が駐車できないほどの盛況ぶりなのですから、驚いてしまいました。

この「食パン」には必ずバターが塗られていて、ハムエッグが添えられています。それを牛乳と一緒に食べるのですから、桜沢如一の言う「食用学」からすれば、「不健康の極致」なのですが、これが日本の現状なのです。

これでは感染力はあっても致死力の極めて低い「コロナ」に簡単にやられてしまいます。ましてワクチンは、ADE「抗体依存性感染増強」という悪魔力をもっていますから、感染を止めるどころか逆に広めることになっているのですから、まさに悲劇です。

まさに「医療は病いをつくる」のです。

安保徹『医療が病いをつくる、免疫学からの警鐘』(岩波文庫)には、他にも多くの「医療が病いをつくる」の事例が載っています)

ところが他方、秋月氏によれば、「上薬、中薬、下薬」の3つに分かられる薬のなかで、味噌は「上薬」に類するものなのです。

氏いわく。「病気はほとんどしない、また、たまたま病気をしてもほんの軽くて治ってしまうという人は、理屈ぬきで毎日味噌汁を食べる」

それどころか、「味噌汁を毎日欠かさないことは親の義務」とすら言っているのです。

つまり西洋薬は「化学薬品」「石油製品」ですから、飲めば飲むほど体内に化学物質が蓄積され、それが病気の原因になります。それがきちんと排泄されないと「死に至る病」になることは、水俣病が典型例と示しています。

まして風邪やインフルエンザは、風邪薬も要りませんし、ワクチンも有害無用です。私の主宰する研究所の「冬の宿泊セミナー」に宮城県から来た参加者は、インフルエンザで高熱を出して苦しんでいたのですが、「梅干しの黒焼き」をスプーン3杯、飲んだだけで翌朝は見事に熱も下がり、本人も黒焼きの威力に驚いていました。

黒焼きは、味噌にも劣らぬ、解毒作用が大きい「上薬」だったのです。

アメリカでは、CDC(アメリカ疾病管理予防センター)すら、「新型コロナウイルスとインフルエンザはPCR検査では区別できない」という理由で、2022年12月末でPCR検査を廃止しました(『謎解き物語3』100~103頁)。

だとすれば、今度のコロナの場合も、ワクチンは全く必要なかったのです。本人の免疫力を高めるだけよかったのです。

先述の動画でも紹介したように、大村智先生自身が「イベルメクチンが効果を発揮するのは、それがコロナを殺すからではなく、免疫力を高めるからだ」と言っているのです。

だとすれば、私たちはもっと味噌や黒焼きなどの「和食の底力」を信じて良いのではないでしょうか。

そうすれば「化学薬品の副作用」で苦しむことから逃れることができますし、お金もかかりません。最近、私たち夫婦が「自然農法・自然医食」に精力を注ぐようになった理由も、ここにありました。

<追記>

秋月氏は『体質と食物』の段落17)で次のように書いていました。

「人間にとって、日本人にとって、味噌は特に良質の油脂とミネラルの供給源であるから、私たちの放射能の害を一部、防禦してくれたのである。この一部の防禦が人間の生死の境において極めて重要なのである」

上の「味噌は特に良質の油脂とミネラルの供給源」という点については、本書の「味噌」という章のあとに詳しい説明がありますから、関心のある方は、そこもぜひ読んでみてください。

 

※この記事は、「百々峰だより」(2023年3月10日)からの転載です。

原文はコチラ→私の言い残したこと、その2――「和食の底力」でワクチン後遺症と闘う 

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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